354 久々の妖精さん



「――魔力の花を咲かせる水?」

「うん。妖精さんはそれを欲しがってるみたい」


 なんでも少し遠くにある花園と呼ばれている場所に、妖精さんたちは最近になって移住したらしいのだが、少し前から花園の花が萎れてきているのだという。

 原因は花園を流れる川にあった。

 川を流れる水に宿っている魔力の濃度が、どういうわけか薄まってしまっており、それが花園周辺に悪い影響を及ぼしてしまっていることが判明。しかし妖精たちにはどうしようもなく、せめて魔力の込められた水を撒いて、花園だけでも蘇らせたいというのが、妖精さんの願いなのだそうだ。


「なんていうか……大変だったな」

「(コクコク)」

「こんなことならお引越しするんじゃなかったー、って言ってる」


 いい場所を見つけて移り住んだ矢先に、その場所でトラブルが発生する。リアルでも珍しくない『お引越しあるある』の一つではあるが、まさかそれを妖精さんから聞くことになろうとはな。

 いや、実際には妖精の言葉は分からないので、デイジーに通訳してもらっている状態ではあるのだが――まぁ、それはともかくとしてだ。


「だったら恐らく、これが使えそうだな」


 俺はストレージから取り出したものを、妖精さんとデイジーに見せる。


「神秘のマーメイドクリスタル。これにウチの湖の水をたっぷりと仕込んである」

「あ、それ!」

「デイジーはよく知っているよな?」

「うん!」


 満面の笑みで頷くデイジー。自分が正式に蘇るキーカードとなったアイテムだからだろうか、俺が出してきたアイテムに比べると、特に反応が違う気がする。

 そんなことよりも、一つ言っておかなければならない。


「あくまで一時しのぎにしかならないけど、それでもいいのか?」

「(コクコク!)」

「自分たちだけじゃ、その一時しのぎすらできないから全然助かるよ――だって」


 俺には妖精さんが必死に頷いているだけにしか見えなかったんだが、結構ちゃんとしたセリフを喋っていたみたいだ。

 まぁ、よくよく考えてみれば驚くようなことでもない。

 基本的に鳴き声でしか展開されないモンスターが、字幕とかで人間の言葉に通訳されて表示される際もこんな感じだもんな。


「分かった。じゃあ早速、その花園とやらに行ってみよう。場所はどこなんだ?」

「(ワタワタワタ)」

「連れていくからジッとしていて、だって」

「へっ?」


 なんかよく分からないが、とりあえずジッとしておけばいいのか? そして俺にくっつきながら、デイジーもジッと立ち止まった。

 すると――


「え?」

「おーっ♪」


 妖精さんが両手を広げると同時に、ぼんやりと体が光り出す。その光景に、俺とデイジーは思わず声が出てしまう。

 そしてその光はどんどん強さを増していき、あたり一面が真っ白になる。

 数秒ほどで、周りの景色が見えるようになった、そこには――


「え? あれ? ここは……」

「お花畑だね」


 デイジーの言うとおり、確かにそこは広い花畑だった。どうやら小さな森に囲まれているようで、ちょっとした隠れ里のようである

 しかしその花たちは、お世辞にも綺麗に咲いているとは言い難かった。


「むー……なんかお花さんたちの元気、全然なさそうだよー?」

「つまりここが、その花園ってことなんだろうな」


 恐らく妖精さんの魔法か何かで、俺たちはワープでもしてきたのだろう。マップを確認してみると、さっきの町から結構遠くの場所にいるようだ。

 ふむ――ここはフィーレイクの湖の、更に下流あたりか。

 傍に流れている川も、湖から流れ出ているらしい。特に川がせき止められているわけではなさそうだ。


「(ワタワタワタ!)」

「パパ。お花さんたちの元気を取り戻してあげて!」


 おっと、そうだったな。水の魔力についてはとりあえず置いといて、まずはこの状況をどうにかしなければなるまい。

 俺は改めて、ストレージから神秘のマーメイドクリスタルを取り出した。

 そしてそれをすかさず発動。


 ――シャアアアアァァァーーーーッ!!


 最大出力にして、花園に魔力の水の雨を降らせる。できる限りの広範囲に水が行き渡るようにはしたつもりだが――


「あっ! クタクタになっていたお花がシャキンってしてきた!」


 デイジーの上げた声を合図に、俺も慌てて周囲を見渡してみると、確かにあちこちで花が元気になっている。

 このまま枯れるのは時間の問題的な状態だったのが、とりあえずの花園らしい煌びやかさを取り戻すことはできたようだった。

 すると――


「(パタパタパタ♪)」

「あっ、妖精さんたちだーっ♪」


 隠れて見ていたらしい他の妖精さんたちも、一斉に俺たちの元へ飛び出してくる。デイジーだけでなく、俺のほうにも飛んで来ており、その表情は揃ってフレンドリー全開な笑顔を浮かべていた。

 花園を蘇らせてくれてありがとう、と言ってくれているのかもしれない。

 それは確かに光栄だが、これで終了というわけにもいかないよなぁ。


「とりあえず、川の水をちょっと調べてみるか……」


 妖精さんが言うには、川の水に含まれている魔力が減っているらしい。その原因を解明しなければ、また同じことが繰り返されてしまうだろう。

 とりあえずここは、魔力を持つ我が娘の力に期待するしかないか。


「デイジー。ちょっと川の水を調べるから、こっちに――」

「あらー、随分と元気になったわねー♪」


 娘を呼ぼうとしたその時、女性らしき第三者の声が響き渡る。ザバッという水飛沫が上がる音も含めて。何事かと思いながら振り向くと、そこにはまたしても見覚えのある存在が、川の淵に座っていた。


「……ねぇパパ。あの人魚さん、デイジー見覚えあるんだけど」

「やっぱりそうだよなぁ」


 我が娘の言葉で、俺もほぼ確信させられる。それはかつて、わらしべチャレンジで出くわした『はぐれ人魚』であると。



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