341 SIDE運営~その21



「うーむ……これは由々しき事態と言わざるを得ないな……」


 開発ルームにて、チーフこと紅月吉行が腕を組み、唸り声を出していた。


「アップデートは無事に行われたが、それによってランダムクエストが一切出ないようになってしまうとは」

「しかもこれ、ある意味で凄いことっスよ」


 検証作業を進めていた金髪の彼もまた、張り付いていたモニターからようやく顔を放しつつ、深いため息をつく。


「単体だと確かに問題はないんス。でも組み込んだことによって、奇跡的な連鎖反応を起こしちまって、このようなバグが成立した感じッスねぇ」

「更にある意味で厄介なのが、この対象がランダムクエストだという点だ」


 彼は眼鏡を外しつつ、すっかり冷めたコーヒーをグイっと飲み干す。


「ランダムクエストのプログラムは、微妙な形で独立している。他のシステムには、面白いレベルで何の影響も出ていないんだ」

「そうっスよねぇ。これから開催されるイベントとか、実装される予定の新フィールドとかにも、特に影響はないっスよ」

「小さな不具合の報告こそ出続けてはいるが、件のバグとは無関係ときている」

「言ってしまえば……プレイヤーへの影響はないも同然ッスよね」

「あぁ。今回ばかりは、俺でもそう判断できてしまうな」


 とどのつまり、気にしないという選択肢も十分に取れるというわけだ。流石にバグである以上、これを放っておくわけにはいかないが、少なくとも急を要する事態には程遠いのも事実である。

 だから優先度を下げてもいい――それがスタッフたちの総意となりつつあった。


「――何を言ってるんだ? 冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」


 しかし約一名、それを許さない男がいた。

 眼鏡の彼も金髪の彼も、うんざりしたような表情を隠そうともせず、白衣姿で腕を組んだままの吉行をジッと睨みつける。


「そうは言ってもチーフ……実際、エタラフに影響は何も出てないんスけど……」

「影響がなければいいというものではない。バグはバグだ。見つけた以上、対策を施して然るべきだろう」

「……正論だから困るッスね」

「全くだ」


 二人の声はあくまで小さい。だがその雰囲気は隠そうともしていないせいなのか、周りのスタッフたちも、しっかりと頷いていた。

 無論、目の前にいる吉行もそれはちゃんと見えているはずなのだが、気にしていないのかいないのか――それについて言及する様子は全くなく、華麗にスルーを決め込む形で表情を引き締めてくる。


「検証はできたんだよな? どこを直せば解決できそうだ?」

「……無理ッス」

「何?」

「これまでみたく、ピンポイントで修正すれば直るレベルじゃないってことッスよ」


 険しい表情を浮かべてくる吉行に対し、金髪の彼は肩をすくめて苦笑する。


「ソースが複雑過ぎるんスよ。宇田島さんが作ったものッスから」

「宇田島……そうか、彼のソースコードが……」


 険しかった吉行の表情が和らいだ。直したくても直せないという言い訳に、納得できる理由が分かったからだ。


「参考までに教えてくれ。キミたちが彼のソースコードを修正するのは……」

「だから無理っスよ」

「今回ばかりは、自分も同じ意見ですね」


 眼鏡の彼もまた、改めて深いため息をついてきた。


「宇田島さんのプログラム能力は、この中の誰よりも凄い……凄過ぎるが故に、誰もその中身を理解できることはありませんでした」

「誰かが見ることなんざ、二の次三の次って感じだったッスからね」

「しかも当の本人は、もうこの会社にはいないからな」

「体ボロボロにしちまったって聞いた時は、正直全く驚かなかったッスよ」

「良くも悪くもプログラム一筋っていう人だった……それが思いっきり悪い方向に傾いてしまった結果だ」

「……連絡取れたりしないッスよね?」

「可能ならとっくにやってる」

「ですよねー」


 ずば抜けた能力は確かに凄い。しかしそこに安心という二文字の保証は、必ずしもあるとは限らない。

 宇田島と呼ばれる男も、まさにその一人だったのだ。

 プログラミングに関することであれば、誰も彼の右を出るものはいなかった。しかし他の部分は、色々と致命的なレベルだったと言わざるを得ない。普通の人間が身に着けている社会的な才能を、全てプログラミングに振っていたのではと――割と多くのスタッフたちが本気で思ってきたものだった。

 無論、ここにいる彼らも同じくである。


「――そこまでにしておこう。ないものねだりをしても仕方がない」


 妙に静かとなった開発ルームに、吉行の声が響き渡る。


「キミたちは宇田島くんのソースコードの解析を……」

「しました」

「そうか。してくれたか……えっ?」


 反射的に頷いた吉行は、それが予想していなかった返答であることに気づいた。

 眼鏡の彼と金髪の彼も目を丸くする中、声の主である長い黒髪の彼は、未だ隣でモニターと睨めっこを継続していた。


「先輩の手伝いで、ぼくもそのウダジマさんとやらのソースコードを拝見しました。結構手ごわいものでしたけど、なんとか読めそうだったんで……わっ!?」

「でかしたぞ!!」


 いきなり両肩に走った大きめの衝撃。そして大きめの声。そのコンボは、長い黒髪の彼は驚かせるには十分であった。

 無論、その張本人であるチーフ的な存在は、全く気付く様子もないが。


「まさかあのソースコードを読める人物がいたとは……どうやら僕はキミの能力を、少しばかり見誤っていたようだ」

「あ、いえ、それは別にいいんですけど……続けてもいいですか?」

「無論だ。それで、キミの分析結果は?」

「はい――」


 長い黒髪の彼は改めて目の前のモニターに視線を戻す。


「結論から言えば、わらしべチャレンジですね。前のアプデでファストタウンに仕込んだそれをクリアできれば、ランダムクエストも再び登場するんじゃないかと」

「そこまで読み取ってくれたのか! キミは実に素晴らしいよ!」

「はぁ、どうも……」


 チーフから褒められたことは理解しているが、長い黒髪の彼からすれば、ドン引き以外の何物でもなかった。

 それほどまでに、吉行のテンションがおかしいレベルだったからだ。

 しかし彼がそんな反応をするのも、彼がまだ入社して日が浅めというのが大きい。現に隣の先輩二人は、上司の様子など気にも留めておらず、一筋の光が見えたと言わんばかりに表情を輝かせている。


「だったら話は早いッスね! これから緊急メンテナンスと称して、そのわらしべチャレンジを凍結させちまいましょうよ!」

「そうだな。あのチャレンジは解放条件が難しいからな」

「……そんなに難しいんですか?」

「勿論だ」


 長い黒髪の彼の質問に、眼鏡の彼は大きく頷く。


「あれは俺が寝る間を惜しんで考えた厳しい条件となっている。路地裏に新しく仕込んだNPCの老人からの注文を、短時間でコンプリートさせた場合のみ、チャレンジが発生する仕組みだ! 流石にアレをこなすプレイヤーは……」

「いますよ。もうそのわらしべチャレンジは、しっかりと実行されてますね」

「――なんだと!?」


 サラリと明かされた事実に、眼鏡の彼もまたモニターに食いつく。

 確かにそのとおりだと認めざるを得ない状況が分かるだけに、本人の心は受け入れられない気持ちで埋め尽くされてゆく。

 それは間違いなかった。彼の震える唇が証明していた。


「あの条件を突破したというのか? 一体どこのプレイヤーがそんなことを!」

「シン、ですね。チーフの息子さんでもある彼です」

「…………ま・た・か!!」


 眼鏡の彼が叫ぶ。まるで神に向かって言葉を放つかの如く、両手を広げるポーズを披露しており、完全にそのキャラは崩壊している。


「またヤツがしれっと引き当てたというのか!? こ、この俺が寝る間も惜しんで必死に考えた難関条件を、そんなにサラッと乗り越えただとおぉーーっ!?」

「先輩、どんまいッス」

「ふぬおおおおおぉぉぉぉーーーーーっ!!」


 もはや恒例と化してきているせいだろうか――周りのスタッフたちは気まずそうな表情を浮かべるばかりであり、信じられないような驚きは特に示していない。

 そんな中、吉行だけが笑っていた。これは面白いと言わんばかりに。


「このタイミングで息子が引き当てるとはな。マイペースなくせに悪運が強く、周りが騒いでいるなど知る由もない……全く誰に似たのやら」

(((((……いや、絶対に父親であるアンタしかいないだろ)))))


 運営たちの心が一つとなった瞬間であった。



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