334 パパの軌跡を辿りたい!



 クランハウスの傍にある湖は、今日も穏やかであった。


 すぐ傍で人魚のジュリアが日光浴を楽しんでおり、フローズンも小さくなったレイアとレウスを背中に乗せて、遊覧船の如くすいすいと湖を泳いでいる。

 ちなみにスノウは俺とデイジーの傍で、絶賛お昼寝タイムだ。

 フカフカな毛並みを背もたれにした状態で座り、娘と一緒に並んで湖を眺めるこの時間もまた、実に最高でございます。


「へぇ、じゃあ今日はパパだけなんだねー」

「そういうことだな」


 遠くでぱしゃんっと魚が跳ねるのを、俺はぼんやりと見つめていた。


「まぁでも、たまにはこういうのも悪くないさ」

「寂しくないの?」

「ちょっとは思ってるかもだけど、案外そうでもないよ。魔物たちもいるし……」


 そして俺は、隣に座っている娘の頭に、ポンと優しく手を乗せる。


「デイジーもいるからな」

「――ホント!?」


 するとデイジーもまた、きょとんとしていた表情がパアッと輝きを放つ。


「ねぇねぇ、今のホントに? デイジーのおかげで寂しくない?」

「あぁ。そうだよ」

「わっふー♪」


 喜びの声を上げながらデイジーは抱き着いてきた。

 ていうか、何故に犬? ここは『わーい♪』とかじゃないのか? まぁ別にどっちでもいいっちゃいいんだけどさ。


「デイジーもママがいなくてちょっと寂しかったけど、パパがいるからいいや♪」

「ハハッ。そりゃ光栄だな」


 最近はミリアもといエミリアも、資格試験の講習で忙しくしているからな。昨日もログインはしていたけど、かなり無理して時間を作っている感じだった。

 その様子はデイジーも感じていたのだろう。


 ――ママ。無理に毎日来なくても、デイジーは大丈夫だよ?


 こんな感じで心配されたら、ママとしても頷かないわけにはいかなかったらしく、今日は御覧のとおりだ。

 それでもエミリアが大学に出かける前に、念は押されたんだけどな。


 ――いいですか? 私がいない分、パパとしての務めを果たしてくださいね!


 わざわざそこまで言わなくても、という気持ちはあったが、どうにもその圧が凄すぎたからだろうか。

 『はい、分かりました』の一言しか出なかったよ。

 なんかその時、後ろから弟や妹の生暖かい視線を感じたような気はするが、恐らく気のせいじゃないと思う。


「それで? 今日はなにするのー?」

「……どうしような」


 正直言って、全く何も考えていないんだよなぁ、これが。

 スノウたちがいるから、別に遠出に対する心配はないっちゃない。もしも出かけた先で凶悪な大型モンスターに出くわしても、対処する手段はそこそこある。

 いざとなれば『リターンボール』なんてアイテムもあるからな。

 使えば一瞬で、このクランハウスにワープして戻ってくることができる代物だ。今の俺ならそれを錬金して、簡単に量産することも可能。その他にもレア度の高い消費アイテムは、色々と常備してある。

 備えあれば患いなしとは、本当によく言ったもんですよ、まったくね。


「またスノウに乗って適当にフィールドを走るか?」

「それもう飽きた」

「……だよな」


 デイジーがビシッと言い放つのも無理はない。ここ最近というもの、デイジーとのお出かけパターンの一つがそれなのだ。

 あまりにも同じことを繰り返せば、子供じゃなくても飽きの一つや二つは来る。

 それはよく分かるのだが――


「そもそもパパって、前はこーゆー時どんなことしてたの?」

「前ねぇ」


 デイジーに問いかけられた俺は、軽く思い返してみる。


「特になんかしてたわけじゃないかな。それこそこうしてまったりしている時に、いきなり……あっ」

「どしたの、パパ?」


 コテンと首を傾げてくるデイジーの前で、俺は思わず呆然としてしまう。


「そういえば最近、ランダムクエストがちっとも出てこないな」

「ランダムクエスト?」

「あぁ。特に何の前触れもなく発生するんだよ。前は割とポンポン出てきたりしていたもんなんだが……」

「へぇー。そんなにたくさん出てたの?」

「まぁね」


 珍しそうな顔をしてくるデイジーに、俺は少し得意げな気持ちになる。特に凄いというわけではないと思うが、それでも気分はいい。


「パパがこの世界に初めて降り立った直後に、それが発生してな。そこで特別な称号をもらったんだよ」

「特別な称号?」

「あぁ。その名も【ブリリアント・マイペース】ってヤツさ」


 あの時は本当に、エタラフどころかVRMMOを始めたばかりだったからな。まさに右も左も分からないことだらけだったもんだ。


「それからふとしたキッカケでママと出会って……色々あって、このクランハウスを手に入れたって感じだな」

「色々って?」

「うーん。それを簡単に話すのは、ちょっと難しいかもしれない」


 話せないわけではないが、それをデイジーに理解してもらうとなると、少しばかり難易度が上がってしまうような気がする。

 かといって、ここでこの話を打ち切ろうとすれば、十中八九デイジーは不満な表情を見せてくるだろう。ムスッとジト目をしてくる姿が目に浮かぶし、それを洗いざらいママに話す可能性も極めて高い。

 そうなればママからパパである俺に、盛大な文句が降り注いでくることは、もはや考えるまでもないわな。

 故にここで下手に誤魔化すという選択肢は、まずあり得ない。

 となれば――


「実際にその場所を歩きながらであれば、分かりやすく説明できるんだがな」

「じゃあ、そうしようよ」

「……えっ?」


 あっけらかんと放たれた言葉に俺が目を見開くと、デイジーが純粋な笑顔で見上げてきていた。


「パパが今までに、この世界でどんなことをしてきたのか――パパがどんな道を歩いてきたのかをデイジーも知りたい! 実際に歩いて見てみたいの!」

「実際に……ねぇ」


 改めてザッと考えてみたけど、悪くはない気はしている。俺としても、断る理由は全くない。デイジーがここまで乗り気であれば、尚更ってもんだ。


「分かった。じゃあ今日は、パパが歩いてきた道を、一緒に歩いてみようか」

「わーい、やったーっ♪」


 こうして思わぬ形で、今回の俺たちの予定が決まったのであった。

 ほんの軽い散歩のつもりだったそれが、妙な展開に繋がっていくことになるのを、この時の俺はまだ知る由もない――



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