330 SIDE吉行~誰も知らない暗躍
「……エタラフのテスターに?」
「えぇ。おにーさん……吉行さんのご子息に、是非ともと思いまして」
町中のとある喫茶店。人気もない隠れ家のようなその店の、そのまた隅っこの席に二人は向かい合って座っていた。
五十代に入った中年男性と、十代後半の少年。
年齢差だけで見れば親子そのものだが、どう見ても二人は似ていない。それ以前に様子からして、とてもじゃないが親子とは思われないだろう。
明らかに戸惑いを浮かべている男性に対し、少年はどこまでも得意げであった。
「キミなら既に調べていると思うが、我が社のテスターは全て、社内の人間で行うと決めているんだ。外部から募集するつもりはないよ」
「はい、存じております。ボクが言いたいのはそういうことではありません」
ビシッと決めたつもりの男性こと吉行だったが、相手の少年こと歩のしれっとした態度に、改めてきょとんとしてしまう。
実のところ、吉行のこういった姿はとても珍しかった。
普段からマイペースで周りに流されず、むしろ飄々と周りを振り回すその男が、このような年端も行かぬ少女と間違えてしまいそうな少年を相手に、落ち着かない様子を見せているなど、職場の人間が見ればビックリ仰天もいいところだ。
つまりそれだけ歩が、この時点で完全に仕掛けた効果が出ているということを意味している。
大人を相手に自分のペースを持ち込みつつ――
「ボクが持ち掛けたいお話はただ一つ……ご子息の誕生日についてです」
真剣な話を始めるのであった。それがよく分かるだけに、吉行も改めてポカンとしてしまう。
「誕生日? 息子の?」
「はい。もうすぐですよね?」
「そうだが……」
吉行は一瞬、自分の息子の誕生日について相談しに来たのかと思った。しかしその考えはすぐに撤回する。もしそうだとしたら、スマホでメッセージを一本送れば済む話だからだ。少なくともこうしてわざわざアポを取り、時間を調整して顔を合わせるようなことはないだろう。
「風のウワサで聞いたんですが――」
ブラックコーヒーを一口飲んだところで、歩は改めて切り出す。
「あなたは誕生日に合わせて、とある秘密のクエストを宛がおうとしてますね? 開発スタッフさんたちは誰も知らない、あなた一人で作り上げたとっておきのスペシャルクエストを……」
「……どんな方法を使ってそれを知ったのかを聞くのは、この際止めておくよ」
「お話が早くなりそうで助かります♪」
ニッコリと笑う歩。傍から見れば少年の笑顔というだけのはずなのに、何故か油断してはいけないという気持ちにさせられる。
ましてや彼は、自分が雇っている家政婦の息子でもある。更にその家政婦は、かつては自分の妻だった人であり、大切な息子の実母――つまり息子と彼は、半分は血の繋がった兄弟ということになるのだ。
一人の親として、その部分を見過ごすことは、どうしてもできなかった。
(いや……この子の場合、それも織り込み済みという可能性大だな)
確証はないが、何故かそれで正解に思えてならない。
歩が何をしようとしているのかは知っている。息子や娘、そして息子の婚約者をも抱き込んで、新たなる家族四人で動き出そうとしているその姿は、純粋にワクワクさせてくれるほどであった。
思えば、こうなる予感はしていたのかもしれない。
話を切り出してきた瞬間こそ驚いたが、意外とすぐに冷静さを取り戻せたのも、また確かであった。
単なる子供のお遊びとは違う。
少年は少年なりに、ちゃんと下調べを念入りに行った上で自分のところに来ているのだと、吉行は理屈抜きに認めていた。
そうさせるだけのオーラが、桜小路歩という少年には備わっている。
流石は桜小路グループの直系だっただけのことはあると――吉行もまた、コーヒーを飲みながら改めて思うのだった。
「そのスペシャルクエストに……少し『追加』してみるのはどうでしょうか?」
歩はトートバッグから、ファイリングされた資料を提示する。
「リアルのイベントや書籍などで小出しにしてきた情報を元に分析した、エタラフでこれから実装されるであろうフィールド……それを小規模ずつ繋ぎ合わせて、一つの大きなステージに仕立て上げるんです」
「……ほう」
吉行は一言だけ呟いた。それが興味を示している証拠だと、歩も見抜いていた。
「一見するとバラバラなフィールド同士。普通のプレイヤーであれば、途中で詰んでしまう可能性もありますが……」
「息子の力ならば、これらを全てすり抜けられる可能性が高い、か」
「そういうことです」
ニッと笑みを深めながら歩が頷いた。
「恐らく近々エタラフに、エンドコンテンツを設けようとしているのでしょう。そのためのテストを『何も知らない』プレイヤーが行えば、それも良きデータとして吸収する価値はあると、ボクは思うのですが?」
「ふむ……それは一理あるな」
「ボクらは息子さんの誕生日当日、朝から家族でエタラフにログインします。そこで誕生日記念の特別アナウンスを流した上で、スペシャルクエストと称した未実装のフィールドをテストさせる。無論ボクは真実を伏せておきますので、当の本人たちは純粋にクエストに挑む形となるわけです」
「なるほどね」
「フィールドの内容や、クリア条件などはボクも聞かないでおきます。あくまでボクも一人のプレイヤーとして挑む所存ですので……」
歩は吉行の目をジッと見つめた。
「ここは一つ……考えてもらえませんでしょうか?」
「あぁ、実に面白そうだ。キミの提案を参考にさせてもらうよ」
「……えっ?」
ここでポカンと呆けてしまう歩に、吉行は苦笑する。
「なんだね? キミはこの僕に、提案を売り込んでいたんじゃなかったのか?」
「いえ、確かにそのとおりなんですけど……まさかこんな簡単にいくとは、正直思っていなかったもので……」
「はっはっはっ♪ どうやらそこらへんは、まだまだ若過ぎるようだな」
どこか安心するように笑う吉行。さっきまで得体のしれない少年だったのが、急に年相応の表情を見せてきたことを嬉しく思ったのだ。
吉行はコーヒーを飲み、改めて気持ちを落ち着けた上で語り出す。
「面白いゲームを作るために、利用できるものはなんでも利用する。僕としても、いいチャンスが転がり込んできてくれたと思っている」
「――ありがとうございます!」
「なに。こちらこそ、いいネタを提供してくれて感謝するよ」
表面上は穏やかな笑みを浮かべている。しかしその内心では、歩に対する驚きを改めて感じずにはいられなかった。
(僕も少々、彼のことを侮り過ぎていたらしい……全く油断ならない少年だ)
本来であれば、学校に通いながら遊ぶことだけを考える――そんな年頃だろう。しかし歩は、自分自身で社会を渡り歩く基盤を作り上げようとしている。
無論それは、流石に彼一人だけの力ではないだろう。
彼に協力する人物がいることは確実だ。もっとも吉行からすれば、それを想像することしかできないため、これ以上の考えは不毛だとも思った。
それよりも考えるべきは、これからのこと――そう改めて認識していた。
(――こうなったら僕が温めていたネタを、放り込めるだけ放り込んでみるのも悪くないかもしれんな! 真一人ならまだしも家族全員となれば……うむ、ありとあらゆる可能性が生まれるだろう)
生まれる――そのキーワードに、吉行は更なるアイディアが浮かんだ。
(プレゼントが決まったな。大人の仲間入りをしようとしているあの子たちには、むしろピッタリだ)
かつて息子が、一人の小さな『娘』と出会い、大きな経験をした。あの時は別れも同然の形となってしまったが、その続きがあってもいい――吉行は不意に、そんなことを考えついていた。
(あの子が晴れて『パパ』となる姿を、楽しみにさせてもらおうじゃないか♪)
吉行の頭の中は、アイディアの整理とカスタマイズの計画で埋め尽くされていた。それからノリノリで数日間、開発ルームに泊まりこむことになるのだが、もはやそれについて指摘する者は、誰もいないのであった。
その後――歩とは『仕事』の意味でも、深い関係を築き上げることとなる。
しかしそれはあくまで、もう少し先の話なのだった。
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