289 GWも終わる頃



 それから後日――GWも終わる頃に、その連絡は来た。


 ミリアのバイト先のオーナーである耕治さんが、俺たち家族四人をレストランに招待してきたのだった。

 あまりにも突然のことであり、ミリアも意味が分からない様子。

 幸い彩音のバイトも終了したばかりであり、歩もやっと時間が空いたとのことで、四人で行く分には何の問題もなかった。

 というわけで俺たちは、現在レストランに向かって歩いているところだ。


「うーん! 日差しの下なら半袖でもいいくらいだねー」


 そう言って元気いっぱいな彩音は、しっかりと半袖姿だった。

 白いプリントシャツに青いジーンズという、至ってシンプルなもの。一応、長袖の上着を腰に巻いているが、この調子だと出番があるかどうか――まぁ用心するに越したことはないだろう。


「風はまだ少し冷たいし、あたしはむしろ快適って感じだけど」

「……ボク的には、ただ暑いだけだけどね」

「それなら半袖にしとけば良かったじゃん。そんな長袖のパーカーじゃなくてさ」

「肌が弱いの! でも……やっぱちょっとミスったかも」


 でも確かに歩の言うとおり、今日は妙に暑いんだよなぁ。天気予報では、昨日と変わらない気温となっていたはずだが――


「今日は雲一つないからな。お日様の威力も存分に発揮されるってわけだ」

「日差しの有無で、体感温度も違ってきますからね」


 ちなみに俺は高校時代から着古している長袖のTシャツ。ミリアはノースリーブのワンピースに薄手で短いカーディガンを羽織っている。

 まさに庶民とお嬢さまって感じだな。いや、庶民同士でもこんなもんか?

 正直、そこまで服にこだわったこともないから、よく分からんです。


「そういえば彩音のほうは、バイトどうだったんだ?」

「あー、そうそう! ちょっと聞いてよ!」


 急に声を荒らげてくる我が妹に、俺は思わず背筋が伸びてしまう。ミリアと歩も目を見開いていた。

 軽く話題を変えるだけのつもりだったんだが――ちょっと早まったかな?


「イベントスタッフに行ってきたけど、もう大変だったんだからー!」

「設営とか色々こき使われたか?」

「それもあるけど……まぁ、それ自体は別にいいんだよ。イベントスタッフの仕事が大変だっていう話は聞いてたし、あたしもある程度の覚悟はしてたもん」

「じゃあ、何が?」


 俺が首を傾げると、彩音は苛立ちながら頭をガシガシと掻きむしる。


「イベントの日数自体が急に減っちゃったんだよ。ホントはGWの終わりまでやる予定だったらしいけど」

「日数が……普通はないことだよな?」

「あたしもビックリだよ。なんかメインスポンサーが急に撤退したとかどうとかで、イベントのメイン会社もてんやわんやだったんだよねー!」


 メインスポンサーが撤退――そういえばネットニュースでそんな記事があったな。つい最近、別の場所で似たような話があったから注目していたんだが、まさか彩音がバイトで行ってたところだったとは。


「そりゃまた大変だったな」

「あたしは別に臨時バイトのお手伝い的存在だったから、そこまで物理的に騒ぐことにはならなかったけどね。ただ……」

「ただ?」

「……日数が減った分、バイト代が大幅に下がっちゃったんだよ~!」

「そういうことか」


 嘆く妹に、俺は思わず苦笑してしまった。


「割のいいバイトとか言ってたもんな。気持ちは分からんでもないが……」

「結局あと何日か残して早めの解散になっちゃったし、バイト代も半分どころか三分の一近くまで減らされちゃって……予定よりも全然稼げなかったし」

「……それ、普通に訴えてもいいレベルじゃないか?」

「うん。それは他のバイトさんとも話したけど……やるだけ無駄になりそうだって話でまとまったよ」

「それはそれは……頑張りましたね、彩音さん」

「うぅ~」


 ミリアに頭を撫でてもらい、少しは落ち着いたらしい我が妹。俺たちがエタラフでスイーツの町を駆けずり回っている間に、そんなことがあったとはなぁ。

 ていうかその『急に撤退したスポンサー』ってのは――


「多分、今おにーさんの予想しているとおりだと思うよ?」


 視線を向けてみると、分かってますよと言わんばかりに歩が肩をすくめた。


「ボクも昨日調べてみたけど、案の定だったさ」

「……その割には随分と落ち着いてるな?」

「想定の範囲内だからだよ。大企業であればあるほど、崩れ出したらホントあっという間だからねー」


 どこまでも軽く言ってのける歩だが、その心中は俺には計り知れない。仮にも生まれ育った家の会社だろうに――けど本人の経緯次第じゃ、こんなもんだったりするのかもしれないな。

 まぁ、あまり詮索するのも野暮ってものだろうけど。


「それよりもさー。早くレストランに行こうよ! お腹空いたし!」

「はいはい。分かったって」


 確かに今はレストランに向かうのが先決だわな。ここは気持ちを切り替えて、美味しいご飯を楽しみにするとしましょうかね。

 大通りから路地裏に入ると、相変わらず店の周りはとても静かであった。

 そのまま何事もなく店に到着したのだが――


「あれ? 貸切ってなってる……」


 一瞬、見間違えたかと思ったのだが、扉のプレートには確かに『本日貸切』という文字があった。

 流石に気になるので、ちょっとミリアに尋ねてみよう。


「オーナーさんから言われたの、本当に今日でいいんだよな?」

「えぇ……私も貸切とまでは聞いてないんですが、今日この時間なのは確かですね」

「じゃあ今日って、ボクたちだけ? 見た感じ他のお客さんいないっぽいし……」

「あー、ホントだねー」


 後ろから歩や彩音も覗き込んでくる。果たして入っていいものかどうか、少し迷ってしまうところだ。

 そんなことを思っていたところに、彩音が袖を引っ張ってくる。


「とりあえず入っちゃおうよ。違ってたらゴメンナサイすればいいんだしさ」

「……それもそうだな」


 確かに彩音の言うとおりである。何事も行動あるのみとは、よく言ったものだ。

 というわけで俺は、意を決して店の扉を開ける。


「こんにちはー」

「やぁ、よく来てくれたね!」


 思わず控えめな声になってしまったが、出迎えてくれたオーナーさんの明るい声に救われた。


「外の看板を見てもらったとおり、今日はキミたちの貸切だよ♪」

「あ、俺たちの勘違いとかじゃなかったんだ」

「良かったね、お兄ちゃん」


 いやー本当に安心したよ。勘違いっていざすると恥ずかしいものだからな。

 それにしても、どうして今日は貸切なんだろうか? 何の理由もなく、ってことは流石にないだろうけど――


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 と、思っていたそこに、オーナーさんの後ろから女性がスッと現れた。


「わたしはここのオーナーの幼なじみで、柳美枝子と申します。今日は皆さまに、私たちからの話を聞いてほしくて、お呼びいたしました」


 新しいウェイトレスさんでも雇ったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。そしてこの直後に、俺たちは驚きの事実を聞かされる。


 オーナーさんがこの柳さんと結婚するので、お店を閉めることに決めた――と。



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