172 謎の蕾



「また妙なもんが出てきたな……」


 俺はフローズンの背から、巨大な蕾を垂らした大木のある陸地に飛び降りる。

 軽く見上げてみるが、気が生い茂っていて空は見えない。なのに青白い光が差し込んできており、それがその広場の中心部をぼんやりと照らしている。

 有り体に言って神秘的だった。

 近くで見ても、明らかに他の木々とは決定的に何かが違うと思わされる。具体的にどこがと言われると全く分からないのだが、それでも何故かそう断言できてしまうから不思議だった。

 まぁ、そもそもこの空間自体が、不思議なものだという気もしているが。


「気をつけてくださいね、シンさん」


 エミリアもフローズンから颯爽と飛び降り、俺の隣に立つ。


「あの蕾、開いたらきっと何かが飛び出してきますよ」

「でっかい花……とかじゃないんだろうな」

「可能性は高いでしょうね。凶悪な大型モンスターが関の山ではないかと」

「……やっぱそんな感じだよなぁ」


 無論、確証があるわけではない。しかし用心するに越したことはないだろう。


「出来れば念のために、スノウも呼び出したいところではあるが……」

「流石にちょっと陸地が狭いですからね。でも、私とフローズンがいますから」

「グルルゥッ!」

「あぁ、頼りにしてるよ」


 実際エミリアからそう言われて、少し安心感を覚えていた。フローズンとエミリアだけでも、戦力はかなり大きいと言える。スノウも呼び出したかったのも、万全を期したいというだけの話だ。

 戦力過多も程々にしろと言われるかもしれないが、下手に力を出し惜しみした結果負けるよりかは、何倍もマシってもんだ。


「にしても……ホント何なんだろうな、このでっかい蕾は?」


 改めて見上げてみると、やはり現実感というものがなさ過ぎる。いや、この世界はゲームなのだから、ファンタジー要素が満載なのは、一向に構わんのだけどね。


「仮に大型モンスターが出てくるとしたら、やっぱり花関連の魔物か?」

「そう考えるのが自然ですよね。お花の妖精さんとか」

「……いるのか?」

「一度だけ、イベントの時にボスで出てきました」

「ソイツはまた……ファンタジーでファンシーなもんだな」


 妖精と聞けば小さくて可愛い姿を思い浮かべるが、その実態は計り知れない。どのゲームでも、妖精のプレイアブルキャラは割と侮れないからな。どんな能力を使ってくるか想像してもしきれない。

 あるいは花の形をした爆弾とか? いやいやこんな森の中で流石にそれはないか。


「――グルルッ!」


 するとここで、フローズンの唸り声が聞こえた。視線を向けてみると、なにやら蕾をジッと見つめている。

 そしてその視線は俺に向けられつつ、首を左右に振り出す。


「グルルッ、グルグルグルゥ!」

「……危険性はないって?」

「グルッ」


 フローズンは首を縦に振る。どうやら正解らしい。


「つまりあれは、魔物の類ではないってことか……でも、絶対何かはあるよな?」

「えぇ。こんなあからさま過ぎるものに、何もないとは思えません」

「とはいえ、このまま黙って見てるだけってのもなぁ……」


 何もしなければ何も起きない――言ってしまえば当たり前の話だ。この場に来て既に数分が経過しているが、何も起きそうにない。それも、俺たちが蕾に近づこうとしていないからではという想像はつく。

 ならば――


「え、シンさん!?」


 後ろからエミリアの驚く声が聞こえてくる。俺が突然、蕾に向かって歩き出したからだろう。


「こういう如何にも怪しいものは、ちゃんと近づいて調べてみてこそ、だろ?」


 蕾を見上げたまま、俺はそう答えた。これも言ってしまえば、ファンタジーゲームにおける『あるある』の一種だ。

 場面次第では、こういった怪しげな場所に来た瞬間、何かが自動で飛び出してくる仕様もある。しかし大半は、操作しているキャラクターを動かして、その怪しい部分に直接触れて調べて、初めて何かが起こるものだ。

 というわけで、いざ! このでっかい蕾に触れてみます!


「お、結構ザラザラしてる……」


 我ながら呑気なことを口走ったと思った、まさにその時だった。


「シンさん!?」

「グルッ!」


 後ろからエミリアとフローズンの驚く声が聞こえる。無理もない。俺がそっと触れた瞬間、巨大な蕾が光り出したのだ。

 俺も慌てて離れつつ、蕾の様子を観察する。

 光はすぐに収まることなく、眩さを保ったまま、蕾がゆっくりと開き出した。

 花でも咲くのかと思った俺の予想は、すぐさま覆される。中から『それ』が現れ、光に包まれたままゆっくりと俺の目の前に降りてくる。


 俺はそれを反射的に両手で受け止めた。


 ふんわりと温かく、じんわりとした重みを両手で感じている。そこには単純な重量とはまた違うものを意識せずにはいられなかった。

 やがて光が収まり、改めてその存在がハッキリと確認できた。


「こ、子供?」


 というより赤ん坊に近いかもしれない。恐らく一歳くらいだろうか。男の子か女の子かは分からないが、とても可愛らしくスヤスヤと眠っている。

 そして注目してしまうのは、その子の頭だった。


「花が咲いてるな……コスモスか、これって?」


 巨大な一輪の花が頭の上に咲いていた。しかし何故かその姿は自然に感じており、違和感の欠片もない。

 すると隣から、エミリアが目を見開きながら一歩前に出てきた。


「この子……もしかしてドリアードではないでしょうか?」

「ドリアード?」


 なんか聞いたことがあるな。樹木の精霊みたいなのだっけ? モンスターだったり隠れ里の住人だったり、色々なパターンのキャラクターがいた気がするけど。


「簡単に言えば樹木の精霊さんですね」


 あ、それで正解だったか。記憶違いでなくてなにより。


「この手のファンタジーゲームでは、ほぼ確実に出てくるタイプですね。私もこの目で見たのは初めてです」

「ふーん。そんなに珍しいのか?」

「そうなりますね。一瞬だけ目撃したというプレイヤーの声も出てましたけど、掲示板の発言だけでしたからね。どこまで本当なのかは……」

「普通にガセネタ扱いされてそうだな」

「えぇ。大体そうです」


 だろうなぁ。スクショなどの証拠がなければそんなもんだろう。珍しいものが対象であれば尚更というものだ。


「まさかここで本物に巡り会えるとは、私も思ってみませんでしたけど」

「……まだ、確証が得られたってわけでもないよな?」

「それはそうですが、ほぼ当たりを引いたといっても過言ではありませんよ。状況的に見ても、違うと説明するほうが難しいです」

「確かにな」


 巨大な蕾から出てきた赤子同然の子供、そして頭に花を咲かせている――明らかに普通の人間とは言えないわな。むしろ精霊だと言われたほうが、普通に納得できてしまうというものだ。

 すると――


「んぅ」


 胸元から小さな声が聞こえた。同時に幼子の目が、薄っすらと開いてくる。

 小さなあくびとともに目を覚まし、その視線は俺に気づき、パチクリとしながらまっすぐ見上げてくる。


「えっと……」


 我ながら表情が引きつっているのが分かる。正直言って、こんな時どんな顔をしたらいいのか分からないのだ。

 笑えばいいという問題でもないだろうし――


「……ぱ」

「ん?」


 また何か声を発した。すると幼子は、その小さな両手を俺に向けて目いっぱい伸ばしながら――


「ぱぱっ!」


 と、ハッキリ言ってきたのだった。

 俺は表情を通り越して、全身そのものが硬直してしまう。隣からはエミリアが、わずかに喉を鳴らす音が聞こえた。

 そして――


≪特別限定クエスト『掴め!たった一つのハートで』を開始します≫


 そんなアナウンスウィンドウが表示されたのだった。



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