134 SIDEショコラ



「ねぇ、エミリア……シンさんって、いつもあんな感じなの?」


 クランハウスのリビング――そこのテーブル席に対面する形で座り、ショコラが神妙な表情で尋ねる。


「まさかあんなアッサリ加入を許してもらえるなんて、流石に予想外なんだけど?」

「……まぁ、正直シンさんだからとしか、言いようがないんですけどね」


 エミリアも困ったような笑みしか浮かべられなかった。らしいといえばらしいが、大いに戸惑うショコラの気持ちも、よく分かると思っていたのだ。


「でも、結果的には良かったじゃないですか。このクランにいる限り、イベントに煩わされることはありませんし、各々好き勝手に動いていいルールですから、ショコラの自由に動けますよ」

「確かにすっごくありがたいけどさー! それでも思うところはあるんだよー!」

「あはは……」


 バンバンとテーブルを両手で叩くショコラに対し、エミリアが苦笑する。それはもはや姉妹の姿そのものであり、なんとも言えない自然な雰囲気を醸し出していた。

 やがてショコラは深い溜め息をつき、テーブルに突っ伏す。


「てゆーかさぁ、復帰してからというもの、信じられないことの連続だよ」

「ランダムクエストですか?」

「うん」


 エミリアの問いかけにショコラが突っ伏したまま頷く。


「さっき受けたヤツの報酬も、かなりレアな素材だったし……これ、一個手に入れるのも割と大変だった気がするんだけど?」

「えぇ。お店では売ってませんし、そこらへんのフィールドで簡単に発見できるようなものでもないはずです」

「けどさぁ……やっぱグレイシャークの卵には負けるってもんだよねぇ」

「ホントですよね」


 深いため息をつくショコラに、エミリアが苦笑する。もう何度同じ反応を示したか分からないくらいだったが、むしろ何回でも繰り返したくなるほど、二人の心境は複雑なものだった。


「そりゃー確かにさ? クエストで魔物の卵が拾えること自体はあるよ? でもそれだって確率的に数%あるかないかだし、たとえゲットできたとしても、スライムみたいな低ランクモンスターが関の山……なハズなのに」

「赤ちゃんとはいえ、最高クラスのモンスターを引き当てちゃってましたものね」

「ホント一体、シンさんって何者なのさー? とてもエタラフ初めて半年も経ってないとは思えないんだけどー!?」

「……それに関しては、私も同感です」


 流石のエミリアも、笑顔が少し重々しくなってくる。

 ショコラに負けないくらい、エタラフをやり込んでいる自負はあった。それなのにこの夏から参戦してきたばかりのシンに、幾度となく驚かされ続けてきている。まだ彼が、駆け出しから一歩踏み出した程度のプレイヤーだということを、自然と忘れてしまうほどに。

 改めて思い返してみると、確かにシンは色々な意味で凄いと言わざるを得ない。

 だからこそ、ショコラの言葉が身に沁みて仕方がなかった。


「ランダムクエストだけでなく、それ以外でも相当ですからね。昔から良くも悪くも強運の持ち主だと、カノンさんから少しだけ聞いたことはありますが……」

「カノンって……あのトッププレイヤーの?」

「はい。シンさんの妹さんなんです」

「……マジで?」


 唖然とするショコラに、エミリアは真顔で頷いた。つまり嘘ではない――それが理解できるがゆえに、ショコラは深いため息をつく。


「そんな偶然ってあるの? てゆーかもうそれ、運がいいとかを通り越してない?」

「私もそれ、薄々と思ってました……やはりあのマイペースさに、なにか秘密でもあるのでしょうか?」

「シンさんって普段でもマイペースなの?」

「えぇ。周りのことも気にしないことが多いんです。今のところはそれがいい方向に転がってくれている感じですかね」

「ふーん……」


 ようやく突っ伏していた体制から顔を上げ、ショコラは頬杖をつく。それでも表情は浮かないままだった。

 ここでエミリアは、何かを思い立ったように目を見開く。


「一応言っておきますけど、シンさんは不正なんて全くしてませんからね?」

「あ、うん。それはなんとなく分かるけど……てゆーかボクたちが気づかなくても、運営が気づかないのは絶対ありえないし」

「……言われてみればそうですね」


 慌てて弁解してみたエミリアだったが、ショコラの冷静な指摘を受け、逆に少しだけ恥ずかしくなってきた。そんな彼女に対し、なんとなく面白い気分が湧き上がるのをショコラは感じる。


「なによりあの人、不正ができるほどの知識持ってないでしょ? だからそこに関しては安心……ってあの、エミリア?」


 しかしその気分もすぐに収まる。目の前のエミリアが不機嫌そうになっており、今度は別の意味で戸惑いの気持ちを抱いたからだ。

 そんなショコラに対し、エミリアは据わった目つきを真っ直ぐ向ける。


「……それはつまり、シンさんの頭がよろしくないと?」

「違う違う。それだけ純粋にゲームを楽しんでるんだよね、って言いたいの!」

「そんなの当たり前じゃないですか!」


 慌てて弁解したショコラだったが、突然気合いの込められた口調で返され、思わず圧倒されてしまう。

 それに気づくこともなく、エミリアは続けた。


「シンさんほどまっすぐにエタラフを楽しんでいる人はいないんじゃないかと、私もずっと思ってきましたから。おかげで私も隠居することなくエタラフを継続して楽しめていますし、シンさんがいない日なんて考えられないくらいですよ♪」


 流暢に語るエミリアに、ショコラは呆然としていた。これを聞くと完全に話がそちらの方向に行くことは分かっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。


「エミリアってさ……」

「はい?」

「そんなにシンさんのことを、特別な感じで想っているの?」

「……へっ?」


 またしても目を丸くするエミリアに対し、ショコラは呆れた視線から一点、ニンマリとした笑みに切り替わった。


「いや、さっきの言葉を聞く限り、そうとしか思えないんだけど? シンさんがいない日なんて考えられないとか……マジでそれじゃない?」

「え、あの……いやいや! それはその、えっと、あのその……あうぅ……」


 顔を真っ赤にしてエミリアが俯く。プシューと頭から湯気が吹き出す勢いであり、これ以上の言葉は望めないと、ショコラも察していた。


「まぁ、うん。それは別に今はいいや。深くは聞かないでおくよ」

「……あい」


 無理に聞き出すつもりはない――それは確かだ。けれどエミリアの反応を見れば、もはや聞かなくてもなんとなく分かる。

 そう思いながらショコラは、窓のほうに視線を向けた。

 正確に言えば、湖の畔でフローズンやスノウと遊んでいるであろう、ここのクランマスターの姿を浮かべて。


(全く……隠居から復帰してすぐに、とんでもない人と出会っちゃったもんだなぁ)


 ストロング・ホワイト・タイガーにグレイシャークと言った大型モンスター。広大な土地付きのクランハウスに居候している人魚。

 その姿はとてもNPCとは思えないと、驚愕したものだった。

 同時に少しだけ嫉妬も覚えていた。

 知らず知らずのうちに掲示板で話題をかっさらいながらも、その正体は未だ不明のままとなっているシンが、妙に格好いいとすら思えてしまう自分がいる。

 なんやかんやで、謎の存在というものを憧れる子供っぽさも、ショコラの中には秘めていたりするのだった。


(あくまで結果論にはなるけど、シンさんがいなければ、間違いなくエミリアもエタラフを隠居していた……そうなったらこの人、リアルでもどうなっていたか)


 そう考えつつ、ショコラはこうも思った。逃げ出さずにもう少し続けていれば、もう少し早くシンとエタラフを楽しくできていたのではと。

 そんな『もしたられば』を浮かべたが、それはすぐに脳裏から消し去った。

 それよりも言いたいことが、ショコラの中にあったからだ。


(ありがとうシンさん。エミリアを……ミリア姉さんを助けてくれて)


 今はまだ思うだけの言葉だが、いつかちゃんと言える日が来たら――そんなことを考えながら、ショコラは笑みを深めるのだった。



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