065 人魚が告げる新たな始まり
「今すぐって……」
とりあえず俺は、そう答えるのが精一杯だった。
「そりゃー、ジュリアから言われて日は経っているけど……特別なことなんて、何も起こらないかもしれないぞ?」
「それならそれで全然構いません! 私はただ、おじいさんと人魚さんがひとときを過ごした場所を、この目でしっかり見てみたいだけなんです!」
両手の拳をグッと握り締めている点から、エミリアの中で相当なまでに強い気持ちが働いていることが分かる。
そもそも口調からして、ガラリと変わっているレベルだからな。仮にカノンがこの場にいたとしたら、恐らくドン引きに近い反応を示していたことだろう。
い、いつものエミリアさんじゃない――みたいな感じでさ。
「今日は久々に、何の予定もありませんから……これはチャンスなんです!」
「まぁ……俺は別に構わんけど」
もはや断るという選択肢はなかった。頷いたほうが身の為だと、俺の体中にある細胞全てがささやいた気がした。
にしても、エミリアの気合いの入れようったら半端ないな。
そんなにロマンティックなスポットを見ておきたいということなのかね? 年頃の女の子の考えることは、本当によく分からんわ。
とりあえず頷いた以上は、俺も動かなければなるまい。
「スノウのヤツ、起きてくれるかなー」
俺が立ち上がると、エミリアはコテンと首を傾げる。
「どうしてスノウちゃんも? クランハウスからだったら、直接ポートセイレンに転移できますよ?」
「町中からは直接入り江に行けないからな。それに今は、ワールドアナウンスとやらの影響で、ちょっとした騒ぎになってるんだろ? だったら色々な意味で、スノウに乗ってったほうが早い」
「あ、そういえばそうでしたね」
テヘッ、と言わんばかりに舌を出すエミリア。確かに可愛いかもしれないが、俺から言わせれば『ベタな姿を見せてくるもんだなぁ』の一言に尽きる。
まぁ、そんなことより、問題はスノウだ。
スノウに乗って走るとあっという間ではあるけど、あれは恐らく徒歩で行くと微妙に遠い距離だと思う。
特に険しい道とかはないが、単純に面倒さを感じてならなくなるだろう。
というわけで、スノウの力を借りるのが最善というわけだ。しかし今は恐らく絶賛お昼寝中。普段は言うことを素直に聞くスノウだが、昼寝しているときは微妙に反応してくれなくなるのだ。
そこらへんもまた、リアルな作りをしているんだよな、このゲームってさ。
昼寝中のペットを無理やり起こすなんざ、普通にやっちゃいけないこと。それを分からずに叩き起こして、従えている魔物との関係がこじれることもあるから気をつけろという情報は、俺もしっかりチェックしているのだ。
要するにスノウも例外ではないとな。
「だったら今回は、スノウちゃんはお留守番で……」
「いや、そうしたらしたで、多分……いや、ほぼ確実に機嫌が悪くなる」
「あー確かに……」
エミリアも思い立ったのか、苦笑を浮かべている。
「スノウちゃん、シンさんのこと本当に大好きですもんねぇ」
「……まぁな」
そうとしか言えないレベルだからこそ、俺も自画自賛めいた反応ができる。懐かれていることは素直に嬉しいため、なんとも言えないのが辛いところだ。
かわいいペットを持つ飼い主の気持ちってのが、少しだけ分かる気がしている。
そんなこんなで、部屋から直接庭に出ると――
「ガウッ♪」
スノウがすぐさま起きてきた。そして俺たちの元へやってきて、少しかがめる。
乗ってくれ、という合図であった。
「私たちが出かけることを、恐らく察したのでしょうね」
「動物の勘って、やっぱり凄いもんなんだな」
とにかく好都合なのに代わりはない。俺とエミリアはすぐさまそのフカフカな白い背中に乗ると、スノウは勢いよく立ち上がる。
「ガアアアァァーーーウッ!!」
気合を込めた雄叫びを放ち、スノウが勢いよく走り出した。どうやら昼寝をしたおかげで体も心も元気いっぱいのようである。
「スノウ。こないだの入り江だ」
「ガウッ!」
フィールドに飛び出したスノウは、そのままポートセイレンに向けて走り出す。そんなに遠いわけでもないし、平原の爽やかな空気をのんびりと味わうのも、悪くはないってもんだろう。
「んふふ~♪」
なんか俺の後ろから、妙にご機嫌な声が聞こえてくる。そんなにスノウに乗れるのが嬉しいのかね、エミリアさんってば。
まぁ、機嫌が悪いよりかは、全然マシだけどさ。
そしてスノウも――
「がうがーう♪」
あからさまに楽しそうであり、心なしか走りの快調さも何割か増しているようにさえ感じさせる。これはこれでいいことだから、俺も普通に嬉しい。
そんなこんなで俺たちは平原の空気を存分に満喫する。
そしてあっという間に海が見えてきて、例の入り江に到着したのだった。
「よーし着いたぞ。ありがとうな、スノウ」
「ガウッ!」
スノウの背中を撫でつつ、入り江の周囲を見渡してみる。
やはりプレイヤーどころか他のNPCもいない。いつもはここで爺さんを待ち続けていたジュリアも、今日はいなさそうだ。
おかげで聞こえてくるのは波の音と木々の音だけ。まるでここだけ、微妙に世界から切り離されたような感覚にさえなってくる。
「――ここが、人魚さんのいた入り江なんですね」
スノウから降りたエミリアが、確認するように砂浜を少し歩く。
「まるで隠れ家みたいです。おじいさんと人魚さんが秘密裏に会いたくなるのも、なんだか分かるような気がします」
「ハハッ、そーかい」
エミリアのコメントに思わず苦笑してしまう。ここにカノンがいたら、どんな反応をしていただろうか。小さな子供みたく「わーい♪」とか叫びながら走り出していたかもしれないな。
なんとなくそんなことを考えていたその時だった。
≪エクストラクエストの条件を満たしました! すぐに受けられます!≫
え? クエスト? しかも今度は『エクストラ』だって?
そろそろ久々にランダムのほうを見れるかと思っていたんだが――また始めて見るクエストが現れたもんだ。
「どうかしましたか、シンさん?」
エミリアも気づいたらしく、俺のところに歩いてくる。特に隠すようなことでもないため、俺もそのまま応えることに。
「エクストラクエストが出た」
「えっ? あの……それ、なんですか?」
エミリアも知らないのか? どうやら本気で驚いているようだが――
「ほら、これ」
「えっと……あ、本当にエクストラって出てますね」
どうやら本気で知らないらしい。じゃなければ、こんなマジマジとウィンドウを見つめることはないだろう。
当然ながら、俺もこんな種類のクエストがあったことは知らなかった。
「よく分からんが、とりあえず受けるぞ?」
少なくとも受けるだけで損するクエストはあるまい。そう思った俺は、ウィンドウに表示されている『受ける』をタップした。
すると――
――ざばぁんっ!
突然、目の前で大きな水飛沫が発生した。当然俺やエミリアは勿論のこと、スノウもすぐさま反応し、俺たちを庇うように前に出てくれる。
そこに飛び出してきたのは――
「どうも――こんにちは、シンさん♪」
「ジュリア!?」
すっかり顔見知りとなっていた人魚そのものだった。
「その節は、本当にお世話になりました。おかげで私も、止まっていた時間がようやく動き出せたと思います」
「そうか……それはなによりだな」
「はい♪ 私からも、是非ともお礼がしたいと思いまして……」
ジュリアは満面の笑みを浮かべ、俺たちに言った。
「私たち人魚が暮らしている海底の集落に、皆さまをご招待させていただきます♪」
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