023 お約束は必ず起こるもの



「ランダムクエスト……また急に現れますね」


 表示されたウィンドウを覗き込んでくるエミリアも、驚いている様子だった。


「でも、掲示板で見たことはあります。傷ついた魔物を治療した際、特殊なクエストが出現したと」

「それがこれってことか」

「最初はデタラメかと思われてたんですけどね。実際に見た人を突き止めることもできませんでしたし」


 デタラメと思うのも無理はないだろう。掲示板の情報が全て正しいとは限らない。最近じゃガセネタの削除も迅速化されてきているらしいが、それでも引っかかる人はそれなりにいるという話だ。

 ましてや傷ついた魔物がいる、なんて普通じゃ分からないものだろうしな。仮にいたとしても『誰かが仕留め損なった』と判断するのが関の山だ。

 まぁ、そもそもゲームのシステム的に、仕留め損なった魔物がどうなるのかは、俺も見たことないけど。


「まさか本当だとは思いませんでした」

「……案外、逆かもしれないな」

「といいますと?」


 コテンと首を傾げてくるエミリアに、俺は苦笑する。


「エミリアが見た情報は、本当にただのデタラメだったかもしれないってことさ。それが実は、こうしてちゃんと実装されている真実そのものだったとしたら?」

「デタラメが本当に……そんな偶然あるんでしょうかね?」

「さぁな。あくまで俺の勘だよ」


 ただ俺個人としては、割といい線いってるんじゃないかとは思っている。見た感じ馬鹿げているものが実は本当だったというのは、意外とあることだ。

 いずれにせよ、ランダムクエストが発生した以上、受けるか否かの選択肢を選ばないといけないわけなのだが――


「クエスト受けるぞ」

「はーい」


 もはやここは一択だろう。受けないを選ぶ理由がどこにもないからな。


「楽しみですねー。もし今までみたいにイベントに参加してたら、こんな出来事に出会えることなんて絶対ありませんでしたよー♪」


 その踊るような声からして、エミリアが心の底からワクワクしているのが分かる。確かに今までとは状況が大いに違うことだろう。イベント時はランキング争いばかりしていたらしいからな。そう思いたくなるのも頷ける気はする。


「ハハッ。奇跡っていう点で言えば、俺も同じだけどな」


 普通に俺の本心だ。町からこんなに離れた場所までくるなんざ、今の俺じゃほぼ間違いなくできっこなかったし。

 それこそエミリアがいたから、奇跡に立ち会えたようなものなんだよな。


≪ランダムクエスト『魔物と心を通わせるとき!』を開始します。≫


 おっ、いよいよクエストスタートか。

 そして俺たちの目の前に、このクエストの制限時間とクリア条件が記されたウィンドウがパッと出てくる。

 さてさて? 一体どのような条件なんでしょうかねぇ――


「えっと……『制限時間まで、保護した魔物と一緒に過ごす』か」

「それだけですか?」

「らしいな」


 エミリアは割と驚いているようだったが、俺はというと別にそうでもない。何せ最初のランダムクエストが、まさにこんな感じだったからな。ただ時間を費やすだけのクエストなど、今更驚く理由がないってもんですよ。


「けど、この白猫が何かしらの理由でやられたら、失敗するっぽいな」

「ならば気をつけないとですね。この猫ちゃんはまだ野生の魔物……言ってしまえばNPC扱いであって、私たちの仲間にはなってませんから」

「そっか。そういうことになるのか」


 エミリアに指摘されて、改めて白猫に注目していると――


「みゃーっ!」


 どこからか飛んできた蝶につられて、大はしゃぎを始めてしまう。怪我の具合はもうすっかり良くなったらしい。

 しかしそれ故に、子猫らしく全力で動き回るようにもなってしまった。

 野生の魔物は自由奔放ということか。ちょっと目を離した隙に何かが起こったとしても不思議ではないな。

 とはいえ――


「まぁ、幸いここは特に危険な場所でもなさそうだし、大丈夫じゃないか?」

「それはどうでしょうね」


 俺が軽く笑ってみせたところで、エミリアが神妙な表情を見せる。


「これはあくまでクエスト……普通ならいない魔物などが出てくるかもしれません」

「魔物、など?」

「例えば悪者役のNPCとかですよ。流石にプレイヤーはないでしょうけどね」


 なるほど。そういうパターンもあるのか。

 確かにファンタジー世界ともなれば、レアな魔物を狙う盗賊とかが出てきても何らおかしくはない。むしろテンプレとすら言えるわな。

 ましてやここは森の中だからな。

 物陰からその手の連中が出てきたとしても、何ら不自然ではない。まぁ仮にここが平原だったとしても、普通にわらわら出てくるんだろうけどな。ゲームなんだから多少の不自然さはご愛嬌ってもんだろう。


「――ほう? こりゃまたレアな魔物がいるじゃねぇかよ」


 そんなことを思っていた矢先に、茂みの奥から『ソイツら』は現れた。視線を向けてみると、まさしく今考えていたとおりの男たちがいたのだった。


「ありゃ確かに『ストロング・ホワイト・タイガー』の子供ですぜ、親分」

「裏ルートで売れば、しばらく生活に困らない金になるッスよ!」

「あぁ。いいお宝に出会えたもんだぜ……とゆーわけだ、そこのガキんちょども!」


 見るからに荒くれ――恐らく盗賊の類であろう男たち三人のリーダーっぽい奴がニヤリと笑い、いかにも切れ味の良さそうなナイフを突きつけてくる。

 そして――


「悪いことは言わねぇからよ。大人しくソイツをよこしな!」


 まさにテンプレとも言えるセリフを、ニヤニヤしながら放ってきたのだった。


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