第21話 帰宅

3人で家に帰り着いて、佳澄には気分を落ち着かせるためにまずお風呂に入ることを勧める。その間に、真依と2人で昨日まで真依が使っていた布団のカバーを替えて、即席で佳澄の泊まれる場所を作る。


元々柚羽が泊まることがあるかもしれないと買っておいた布団は、先日真依が使うまで一度も使ったことはなかった。それでも真依は定期的に布団を干して、いつでも柚羽が泊まれるようにしていた。


そこに佳澄が泊まることになんて、世の中何があるかわからない。


真依は佳澄の着替えになりそうなものを探してくれていて、そちらは真依に任せた方が良さそうだった。


佳澄がお風呂から上がってリビングに姿を現すと、固かった表情が多少和らいでいるようには感じた。


「寝られそう?」


「今週ずっと寝られてないし、今日は泣き疲れちゃったから多分寝られるんじゃないかな」


「じゃあ、佳澄はこの部屋を使って。ワタシと真依は奥の寝室にいるから、何かあったら声を掛けてくれればいいよ」


リビングから繋がっている1室に佳澄を案内する。部屋の片隅に本棚と折りたたみも可能な机とイスがあるだけで、布団だけが存在を示している。


「ありがとう、葵。本当に巻き込んじゃってごめん」


「体だってまだ調子が戻ってない状態でしょう? 無理しないで。できる範囲でワタシもサポートはするから」


「うん。わたしのことで真依さんと拗れそうになるくらいなら放り出してくれていいからね」


もう実は一度拗れた後だとは流石に言えない。でも、今日は真依も一緒にいたからこそ、泊まってと言えたのは確かだった。


「大丈夫。ワタシがこってり絞られるだけだから」


「じゃあ、これから反省会しようか、葵」


真依の言葉に佳澄が笑いを見せる。


笑えるということは、それだけ佳澄が落ち着きを取り戻している証だろう。


ほどほどにしてあげて、と佳澄に言われながらワタシと真依は佳澄にお休みを告げて寝室に向かった。




寝室に戻ると、久々に真依の姿がベッドの上にある。


独り寝の辛さに毎晩その姿を妄想していたワタシは、それだけで感動してしまった。


「佳澄さん、一人にして大丈夫かな?」


飛びつきたい思いを必死に堪えて、真依と視線を合わせる。


ワタシが言うのもだけど、どんな人にも優しいのは真依の魅力の一つだった。


「今日は寝られそうって言ってたし、多分体も限界だろうから大丈夫じゃない?」


「なら良かった」


「真依がうちにって提案してくれて助かった。ありがとう」


「佳澄さん一人でも大丈夫なのかもしれないけど、まだ立ち直るきっかけができただけで、立ち直るまでは行ってないと思うんだよね。そういう時、一人になるのは良くないから」


「そうだね。佳澄に明日は会社を休むことを勧めようと思うんだけど、ワタシが付き添ってもいい?」


もう3時で会社に行くとなれば4時間も寝られない。心も体も傷ついている今の佳澄に大事なのは休息で、一人の恐怖があるなら誰かがつきそうしかない。


駄目元で真依に提案をしてみる。


しばらく口元に手を当てて考え込んでいた真依は、


「…………それはちょっと嫌かな。何も起きそうにない関係だろうって感じてるけど、葵にそういう信頼はゼロだから」


「返す言葉もありません」


今の傷ついた佳澄と何かがあるなんて真依も思ってはいないだろう。でも、こういうことは頭より体が答を示す。真依が嫌なら諦めるしかないだろう。


「私が休んで一緒にいるはどう? 私は木崎さんが休みさえしなければ、有休いっぱい余ってるし休んでも問題ないから。明日の朝に一回確認してみるけど、お子さんが急に熱出したとかじゃなければ、大丈夫だと思う」


一人で居て貰うしかないかと思っていたところに、真依からの提案がある。


その提案には流石に驚いた。見ず知らずの他人に近い佳澄を真依が見ないといけない理由なんてない。


「真依が大変じゃないの?」


「その方がまだマシかなってだけ」


「でも、真依は佳澄と2人で大丈夫?」


「大変なことがあった後だけど、無茶苦茶なことを言う人じゃないって感じてるし、葵と私のことは受け入れてくれてるみたいだから」


「そこは心配しなくていいよ。もし佳澄が休むになったらお願いしていい?」


「うん」


「じゃあ、明日のことも決まったし、夜も遅いから、ワタシたちも寝ようか」


並んで真依とベッドに横になる。


横を向くと真依がいる。


やっと、そこに戻れたことが嬉しくて仕方がなかった。


「何で、こっち見るの」


首だけをワタシに向けて真依が聞いてくる。


「真依がいてくれることが嬉しいから」


ワタシの答えに背を背けてしまった真依の体を両手で引き寄せる。


真依の温もりが匂いが懐かしくて、今日はこのまま寝たいくらいだった。


「佳澄さんがいるんだから駄目だからね」


「脱がしはしないから真依を感じさせて」


「もう……」


真依を強引にワタシの方に向かせて、唇にキスをする。軽くのつもりだったけど、つい舌を入れてしまった。


「脱がさないって言いながら、なんでそんなキスするの」


「真依が足りてないんだもん」


「今日はキスまでだからね」


「うん。真依、愛してる。今日は本当にありがとう」


ここまで関係を戻せたのも、佳澄を今日助けられたのも全部真依のお陰だった。その感謝を言葉にしてワタシは目を閉じた。




翌朝、佳澄は少しは寝られたようで、出勤すると言うのを押しとどめた。


今日休めば、土日になるので、せめて今日だけは休みなさいと言うと大人しく従ってくれた。


真依も木崎さんに確認をして有休が取れるとなったので、真依と佳澄に見送られてワタシは出勤することになった。


でも、いつもの癖で真依に言ってきますのキスをしようとして、佳澄の前だと真依に朝から怒られてしまった。

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