第19話 佳澄からの電話

「出ないの?」


真依もスマートフォンに視線をやったので、佳澄の文字は読み取れているはずたった。


「……でも」


ワタシは佳澄じゃなくて、真依を選んでいる。なら、プライベートに佳澄を入れるべきじゃない。


「こんな夜遅くに電話してくるくらいだから、何かあったんじゃない? 関わって欲しくないけど、佳澄さんが葵しか頼れないことがあるなら、状況が状況だし放置できないよ」


「分かった。ちゃんと何を話したかは後で話すから」


そう言ってワタシは恐る恐るスマートフォンを手に取った。


「もしもし」


「葵? ごめんなさい、こんな遅くに……」


スマートフォンから聞こえてきた佳澄の声は、いつもの張りがない。震えているようにも聞こえて、泣いた後かもしれない。


「どうしたの?」


「ちょっとこれから連絡する場所に来てくれない? タクシー代は後で渡すから」


「今、外にいるの?」


普通であればもう終電に近くて、家にいるはずの時間だった。でも、佳澄の来て欲しい場所は佳澄の家じゃない気がした。


それでいて佳澄は動けなくなっているからワタシを呼んでいる。


「……うん」


「何かあったの?」


「………………うん。ごめん、巻き込んじゃって」


謝る佳澄からは言葉が続かない。電話でこれ以上事情を聞くのは諦めた方がよさそうだった。


「佳澄が来て欲しいって言うんだから、よっぽどのことがあったんだと思ってる。ちょっとだけ待って」


そう言ってワタシはスマートフォンを耳から外して、スピーカの部分を手で覆ってから真依を見る。


「真依、佳澄に何かトラブルがあったみたいで、来て欲しいって言われてる。多分佳澄は家を飛び出してる。流石に放っておけないって思ってるんだけど、真依も一緒に来てくれない?」


佳澄はこのまま放っておくと取り返しのつかないことになるかもしれない。でもワタシはこれ以上真依を不安にさせないと決めている。その上で取れる手段は一つしか思いつかなかった。


「私がそんな場に行くのは佳澄さんを余計に不安にさせるだけじゃないの?」


「そういう意味で佳澄がワタシを求めることはないから大丈夫。不安を抱えながら一人で家で待ってるよりも、一緒に行った方が安心でしょう?」


「そうだね」


真依の了承を得たことでワタシは再びスマートフォンを耳に戻した。


「佳澄、これから向かうから場所を教えて。それと、夜も遅いし、ワタシのパートナーと一緒に行くでもいい?」


「うん。ほんとに、ごめん……」


佳澄との電話を切ったすぐ後に、佳澄から場所がメッセージで送られてくる。


佳澄が住んでいると言っていた街の近くだった。


「終電も微妙だし、車で行こうか。ごめんね、真依」


「流石に放っておける状況じゃなさそうだから。それに、行かなくて佳澄さんに何かあったら葵は後悔するでしょう?」


「うん。今の佳澄は何をしでかしてもおかしくなさそうな気がした。でも、佳澄を放っておけない理由は佳澄のことがまだ好きだからじゃないからね」


はいはい、と真依は呆れ声を上げながらも出かける準備を始めてくれる。


アプリでカーシェアの予約をしてから揃って家を出る。


マンションから数分の場所にあるコインパーキングの一角にカーシェアの駐車場がある。


「こんな夜遅くに付き合わせちゃって、ごめん。途中で寝てても良いからね」


「葵が一人で出かけるって言ったら、やっぱり引きこもってたから、それに比べればまだマシかな」


「分かってます。ワタシが佳澄を放っておけないのは、佳澄が危なっかしくて、放っておけないだけだからね」


「危なっかしい人にそれを言われてもね」


「それは分かってマス」


真依はどうしようもない状況だから、一緒に行くことを承諾してくれた。それに胡坐をかいては駄目なことくらいはワタシも理解していた。


駐車場に着くとアプリで車を解錠して、揃って車に乗り込む。


真依は免許を持っていないので、助手席が定位置だった。


佳澄からの情報を元にナビに地名をセットしてから、ワタシは車を発進させる。


佳澄のいる場所までの到着予定時刻は30分後で、真依にスマートフォンを預けて佳澄への連絡は任せた。


それは真依にタイムラインを見せるということになるけど、見せて困るような話はしていないつもりだった。


「佳澄さん、路面のファストフード店にいるって。着いたら出るから声掛けてって」


「分かった」


佳澄は少なくとも身の安全は確保できそうな人のいる場所にいるようで、ひとまず安堵する。


「ねぇ、葵はどうして佳澄さんを好きになったの?」


「それ、今聞くの?」


「聞く権利はあるでしょ?」


元カノの話なんか聞いても楽しいものじゃないだろうけど、真依が知りたいならワタシには話す責務がある。


「ワタシが高校時代は髪も短かったって話は前にしたよね? 女子校でバスケしてて、それなりに背も高くて、ってなると女の子に持て囃されたんだよね。なんか、特別扱いっていうか女子扱いされなくて、それに馴染めなかった。多分、その子たちは何かの偶像を求めているだけなんだろう、ワタシじゃなくてもいいんだろうなって思ってた。

そんな中で、佳澄はワタシをワタシとして扱ってくれたんだよね。ワタシがどうあろうとしても、ワタシが決めたことならそれでいいよって言ってくれた。あの頃の佳澄は落ち着いた委員長タイプだったけど、自分を持ってるってところに惹かれたんだと思う」


「今の葵は自分の好きなことしかしないけど、そんな頃もあったんだ」


「ワタシだって繊細な思春期の頃はあります」


信号待ちで停止して電動パーキングブレーキのPボタンを押してから、真依に文句を言う。


「繊細? どう考えても鈍感でしょう?」


真依に笑われて、文句の代わりに首を伸ばして唇を奪う。


「どさくさ紛れに何するの」


真依の声はそれでも怒ってはいない。


「真依が可愛かったから」


「言い訳になってない、それ」


「言い訳じゃなくて本心なんだけど」


「そういうのいいから、運転に集中して」


真依にそうやって怒られることが嬉しい。佳澄が大変な状況だって分かっているけど、真依との関係が安定しないと、ワタシに佳澄を見る余裕も生まれないのは確かだった。


「ワタシが世界で一番愛してるのは真依だからね」


「分かったから、信号変わったよ」


真依の言葉に視線を戻して、再びワタシはアクセルを踏んだ。

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