第17話 柚羽の恋人
柚羽と会うために出かけていた真依が帰ってきてから、少しだけ柚羽の恋人の件は話を聞けた。
柚羽が同棲を始めた恋人は、バツイチの女性で、幼い子供が一人いるという。
先日サービスエリアで見かけた3人にぴったり当てはまって、やっぱりあれは柚羽だったらしい。
その人といる時の柚羽は、ワタシたちといる時の柚羽とは全然違って、心を許し合った関係に見えたと真依から聞いた。
柚羽が真依に恋人を紹介できるようになったということは、柚羽の真依への恋心は過去のものになったということだ。
過去のワタシは妹に真依を取られたくなくて必死だった。傷つけるかもしれないと分かっていても、柚羽なら大丈夫だと思い込んでもいた。
それが結果的に今の柚羽とワタシの溝に繋がっている。
薄皮一枚のままの関係は、もう修復できないかもしれないと半分諦めている。でも、柚羽が違う場所でワタシたち以外の存在との新しい道を見つけたのなら、それは応援したい。
これから先ワタシにできるとしたら、何かあった時に力になることくらいだろう。
「真依、柚羽はワタシにはもう何も言ってこないと思うから、柚羽の様子がおかしかったら教えて」
「分かった。でも、柚羽は幸せそうで、羨ましくなっちゃった。柚羽は誰にでも優しいけど、子供も柚羽にすごく懐いているし、なんか最近は母親っぽさもあるんだよね」
「……ワタシはできてなさすぎて、ごめんなさい」
「自覚はあるんだ」
真依の声は淡々としている分、重い。
「はい……」
「悪いことは根本的にはしてないけど、やり方がまずいのが葵だからね」
「そうデス」
「私じゃないと付き合いきれないって思ってるから」
溜息を吐きながら言ってくれた真依に抱きつきたい思いは必死に堪えた。
翌週、いつも通りにワタシは会社に出勤をした。
会社を辞めるかどうかについては結論を急ぎすぎていると言われて保留になっている。佳澄とは会社で同僚として接するだけならOK、もし2人で外で合う場合は、真依に相談をした上で判断を委ねるになった。
トラブルの日のビジネスホテルの領収書を預かったままだから、どこかで取りに来てと佳澄から社内でやりとりをしているチャットにメッセージが入る。
2つに分けて領収書は発行してもらったけど、チェックアウトをした佳澄がまだ持ったままだった。
早めに申請しろと上司にも言われていることもあって、ワタシは午後からカスタマーサービス部に足を向けた。同じ部なら一緒に経費申請を上げられるけど、佳澄とワタシは部が違うので、それぞれで申請処理が必要になる。
「大西さん」
声を掛けると佳澄は手を止めてワタシの方に視線を向けてくる。
「領収書?」
それに頷くと、佳澄が鞄から財布を取り出して領収書らしい紙を引き出してくる。2枚重なった内の一方を渡してくれる。
「ありがとう。寝られてないの?」
佳澄を正面から見て、すぐに違和感には気づいた。目元には隈のようなものがうっすらある。
「ちょっと寝付けなかっただけなので、お気遣いは不要です」
その理由に興味はあったものの、今は業務時間中だし、ワタシは個人的に佳澄と関わるのは極力止めようと誓ったばかりだった。
「寝られてないなら、無理せず休みなよ……って言うと無責任に言うなって言われるかもしれないけど」
「そうですね」
踏み込まれたくないという佳澄の意思も感じて、深い追求は止めた。
「先週のトラブルの後、システムはどう? 週末も何も連絡は来てないって聞いてるけど、問題なさそう?」
「いつも通りです。トラブルの時のデータも無事最後の処理まで終わっています。原因は分かったんですか?」
「問題箇所までは突き止めたけど、それがどうして引き起こされたかは、インフラ側の問題も絡んでいそうで、今外部に問い合わせを掛けてる」
「じゃあ、再発するかどうかは、まだ何とも言えないなんですね」
「うん。システム稼働してから1年以上何もなかったから、そう頻発する問題じゃないと思うんだけど、原因が分かり次第、再発防止策は検討します」
「それはお願いします。深夜対応は堪える年なので、しょっちゅうは勘弁して欲しいですしね」
佳澄の言葉にはワタシも同意だった。
本当にもう泊まりなんて勘弁して欲しい。
次にトラブルで終電を逃すことがあっても、幾ら掛かってでもワタシは家に帰ると決意していた。
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