三物語『父と娘』冨田栄太
「
よく通る抜けのある声に
はいはいと加奈江刑事は歩を速め、今日、定年退職を迎える刑事、
小木野の背中を見て、加奈江はふと、子供の頃に見た父親の背中を思い出した。いや、そもそも記憶の中の父親はいつも後ろ姿で、その広い背中しか覚えていなかった。
——中学生の時両親が離婚して、加奈江は母方の姓になっている。
仕事一筋で家庭を
この事件の親娘も上手くいっていなかったようだ。
加奈江は生活安全組織犯罪対策課の
今もこうして、もう終わった事件の捜査を続け、靴底を減らしている。
「小木野さん、何が引っかかるんです?」
加奈江はため息まじりに聞く。
「事件を振り返ってみろ。声を出してな」
「え? ……はい。害者は
加奈江は、『事件は解決』の部分を強調して言った。
「動機は?」
「……寺灘は複数の女性と交際しており、当時も女と同棲していました。町井田の娘である、十七歳学生の
「被疑者の所持品は?」
所持品? さすがにメモ帳を取り出し、加奈江は確認をする。
「所持品、所持品……財布に携帯。腕時計と三十八センチのアクセサリー、メモ帳。凶器の刃渡り百二十ミリの果物ナイフは殺害目的で、常に所持していたようですが、当日は寺灘の胸に刺さったまま、指紋は町井田のものだけでした。手首に巻いているアクセサリーはビーズで作られた手作りのもので、知恵子が小学生の頃にプレゼントしたものですね。他、ナイフ以外の所持品も妻の
「ここまでで、お前の見解は?
特には……そう答えたかったが、
「まず知恵子ですが、事件当夜バイトをしていてアリバイは成立しています。親子関係は母親とは良好でしたが、被疑者である父親とは、五年近く挨拶を交わす程度で会話もなく、関係は希薄だったようです。で、父親……町井田自身も中絶の話は妻から聞いたそうで、娘に対する想いはどうだったのか? 果たして殺しまでやるのか? とは思います。しかし、あったのでしょう、状況証拠も本人の供述も町井田が犯人であると裏づけています」
うかがうように加奈江は小木野を見た。
少しの沈黙のあと、「アクセサリー、長すぎやしないか?」と、ようやく先ほどの加奈江の質問に答えた。
「は?」
アクセサリーは、青いビーズが並んだ部分と水色のビーズが並んだ部分の二色に分かれたもので、町井田はそれを右手首に巻いていた。
知恵子もお揃いで、ビーズが赤いものを持っている。
先ほど行ったタクシー会社の同僚からも、いつも青色っぽいのを手首に巻いていたと証言を得ている。
小木野の言う長さに関しては詳しく覚えている者はいなかった。
確かに自分も幼い頃に父に作ってあげたことがあり、ピタリと手首の太さに合わせて作ったと加奈江は思い出していたが、しかし、そんなのは人それぞれだ。長い、というだけでそんなに気になるのか?
「お前は、娘の気持ちしか考えていないよなぁ」
「え?」
いつまでもそんなオモチャを巻いているのは何故だ? 小木野は父親の想いを言っているのだろうが、それなら、やはり殺したのは町井田だ。何も変わらないじゃないか、そう反撃の言葉を頭の中で考えた時、突然繋がった。
小木野の引っかかっているもの、父と娘の関係、その想い——「あれ? もしかして」
そう言った加奈江を見て小木野がニヤリと笑う。
「そいつを確かめるには、何をすれば良い?」
「
「急げよ。俺にはもう、今日しかない。俺は勝清と害者の交際相手のところに向かう」
「はい!」
町井田宅の居間で知恵子と母親を前に、加奈江は緊張していた。ほとんど勢いで来た。よくよく考えれば、自分の行きついた答えが、小木野のそれと合っているかどうかも分からない。
でも、やるしかない。毎日のように小木野の言う——刑事の勘で。
送られた画像を知恵子に見せる。
不機嫌そうにそっぽを向いていた知恵子がそれを見るなり言った。
「何これ? 何で繋がってるの? やっぱり、あいつが殺して、奪ったわけだ」
——やはり、そういうことだった。加奈江はそれは違うと答えた。その逆だ。
奪ったのではなく、回収して証拠を隠滅した。
加奈江の携帯が鳴る。小木野からだ。
電話を切った加奈江が真犯人が捕まったと伝える。同棲相手の女だった。女遊びの激しい寺灘なら、よっぽどこちらの方が可能性はあった。
別れ話で口論になり、逃げるように買い物に出た寺灘を女が追い、刺殺した。よくある話だった。
身を乗り出す二人に加奈江は、推測ですがと前置き、説明をする。
あの日、町井田は帰宅途中、すでに殺害された寺灘を発見した。見てすぐに寺灘だと気づいたのだろう。そして、かたわらに落ちていた自分の持つものと色違いの、お揃いのアクセサリーにも。
知恵子は当時、家庭教師だった寺灘にもこの色違いのアクセサリーをあげていたのだ。そして智恵子と会うときだけ、それを手首に巻いていたらしい。
襲われた時に落としたのだろう。
しかし町井田はそれを知らず、落ちていたのが娘のアクセサリーだと勘違いした。殺したのは娘だと。
だからそれを自分のアクセサリーと繋げて証拠を隠し、胸に刺さったままの凶器の指紋を拭き取り、自分の指紋を付けて身代わりになったのだ……。
この時、一つ連絡を入れていれば、父と娘の関係が良好ならば、こうはならなかっただろう。
会話をしてさえいれば——。
加奈江が町井田宅を出ると、小木野が一人待っていた。
「すいません、小木野さん。事件は解決していなかったんですね」
これで、本当に事件が解決したと、加奈江は深々と頭を下げた。
「ふん! ひよっこが。これから最後の講義をしてやる。飲みに行くぞ」
「え? 今からですか?」
「まだあと五時間、俺はお前の上司だ」
いや、それはパワハラでは? 加奈江は思いつつも—— 会話をすることで、何かが変わるのだろうか、わからないが、笑顔で答えた。
数年ぶりに言う言葉だ——、
「はいはい。お付き合いしますよ、お父さん」
「ば、ばかやろう。言っただろ。俺はまだ、五時間はお前の上司だ」
おしまい
そして、つ・づ・く
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