第18話 初めての感情
「シロ、本当にありがとう」
「(構わん、ニコラが心配するから早く家に帰りなさい)」
「うん、ありがとう。風邪ひいちゃだめだよ」
「(魔獣が風邪など引くか)」
「もう、強がっちゃって……」
そんなたわいもない話をしながらリーズは久々に会ったシロとの話を楽しむ。
と同時に、すぐに来てしまう別れに寂しさも感じていた──
その晩のこと、リーズは人さらい犯の男たちを王国警備隊に引き渡したニコラと温かい紅茶を飲みながら話をしていた。
「怖かっただろう」
「いいえ、だってシロとニコラが来てくれたもの……!」
リーズは紅茶を一口飲むと目の前から視線を感じて顔をあげる。
すると、ニコラの顔が目の前にあり、驚いて目をまんまるくした。
「──っ!!!」
「本当は?」
「え?」
「本当は怖かったんじゃないの?」
そう言われてリーズは少し目を泳がせた後で、俯きながら小声で呟く。
「……かった……」
「ん?」
「怖かったわ。すごく、もうニコラに会えないんじゃないかって」
「シロじゃなくて?」
「え?」
「さっき来てくれたって言った時に、俺より先に『シロ』って言った」
見ると、ニコラは少し口をとがらせて目を逸らしている。
そんな様子を見たリーズをニコラの顔を無理矢理に自分のほうへと向けた。
「──っ!!」
「もうっ! 私の中ではニコラもシロも大事なの! でも……」
少しそこまで言っていて自分の中に沸いてくる感情に少し戸惑った。
(あれ……この間まで二人とも大事って思ってたのに、なんだか変……。だって、ニコラのことを優先に考えちゃう)
「リーズ?」
「なんでもないっ! ニコラ、今日は助けてくれて本当にありがとう。来てくれて嬉しかった。それにかっこよかった」
「初めてリーズにかっこいいって言われた気がする」
「そうかしら?」
二人は目を合わせて笑いあいながら紅茶を飲んで夜通し話をした──
翌日、ニコラが仕事に出た後のこと。
リーズはお鍋のスープの表面に映る自分の顔を眺めながら、ぼうっと考えていた。
(なんかざわざわする……今までニコラが仕事に出たときも何とも思わなくて送り出してたのに、なんだか……)
「寂しい……」
スープに塩を入れた後、また手が止まって考え込んでしまう。
「──っ!!」
スープのぐつぐつと煮えたぎる音でリーズは我に返って慌てて火を止める。
煮込みすぎたスープはなんだか水分がなくなり、ドロドロ状態になっていた。
鍋の縁にある焦げつきがスープの減り具合を表している──
(ダメだ、キャシーさんに相談してみよう。同じ女性ならわかるかもしれない……)
リーズはエプロンを脱いで椅子にかけると、軽く髪を整えてキャシーの元へと向かった。
「恋だよ」
「へ?」
リーズの悩みはいとも簡単に解決した。
その答えに最初は頭が追いつかないリーズだったが、次第に脳内がクリアになってきたようで、顔を赤くして目をぱちくりさせている。
ハーブティーを用意しながらキャシーは端的にそう答えたが、リーズのあまりの固まりぶりにちょっといきなりすぎたかしらと口元を抑えた。
テーブルに二人ともつくと、リーズは口をパクパクさせながらキャシーに問いかける。
「その……恋ってその、あの」
「う~ん、まだ愛って感じじゃないだろうね~恋だね。うん」
まさか自分が恋を今更自覚しているとは思わず捲し立てるように話す。
「でも! ニコラとはその……曲がりなりにも夫婦で、その愛情はあって、今までも大事に思ってたというか」
「まあ、おそらくニコラは愛だろうね。リーズもニコラの事を大事に思っているのは間違いないと思うよ。でも、たぶん二人はすっ飛ばしたんだよ。『恋』の過程を」
「恋の過程……?」
「ああ、記憶が戻らないまま夫婦になって、一目惚れでもない人間と家族になった。家族としては好きだろうけど、恋人として意識してなかったんだよ」
そこまで言われてリーズには思い当たる節がいくつかあった。
昔は思わなかったのに、最近はニコラに可愛く思われたいと思う。
昔は思わなかったのに、昨日は近づけられた顔を見て心臓が止まりそうになった。
今まで感じていたふわっとした家族愛のようなものとは別の、なんだかときめくようなそんな気持ち。
「そっか、恋……」
リーズの頭の中にたくさんのニコラの笑顔と声が思い浮かばれる。
(ああ、早く会いたい。会ってその声を聞きたい)
キャシーはもう何も言う必要ないね、と心の中で思いそっとリーズを、二人を見守ることにした。
リーズは自分を助けてくれた騎士に恋をした──
◇◆◇
リーズは村の畑仕事を終えて家路につこうとしていた時に、森の方に人影が見えた。
(ん……? こんな時間にどうしたんだろう)
そこには二コラが誰かと話す姿があった。
ニコラっ!と声をかけようと近づいた時にもう一人の人影が見えて、思わず反射的に木の陰に隠れた。
「これでいいんだよな?」
「ああ、これでうまくいくはずだ」
(なんだか怖い顔……とても近づけない……)
会話はそこまでで途切れてしまい、あとの声は聞こえない。
二人は何かを手渡した後、そのまま森の奥に行ってしまった──
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