第16話 雪の日の記憶

 翌朝、リーズはふとまだ日が昇って間もない時間に目が覚めた。

 隣にはすやすやと眠るニコラの姿があった。


(昨日、あれからうっかり寝てしまったのね……)


 と心の中で思ったところでぶわっと顔が赤くなる。

 昨日は結局ニコラが嫉妬に駆られて抱き着いて離さず、何度も甘く優しく撫でてはリーズの反応を見て楽しんでいた。


(もう……いくらなんでもやりすぎよ)


 そう言いながらざっとカーテンを開くと、後ろから大きな声が聞こえる。


「うわっ! まぶしっ!」

「ニコラ、起きなさい!」


 昨日の仕返しとでもいうように彼女はカーテンを大きく開けて、布団を剥ぐ。

 段々朝は冷えてきたこともあり、ニコラは剥がれた布団をいそいそと引き上げてぐるぐると自分に巻き付ける。

 そんな様子を見てリーズは、大声でわざとらしく言った。


「布団から出ない寝坊助には朝ごはんはないわね!」

「えっ!」


 ふふ、効果抜群と小さな声で呟くとそのままキッチンのほうへと向かってスープを温めた──



 テーブルの上には温かいコーンとブロッコリーのスープ、それからバゲットがあった。

 リーズは最初はあまり朝食は量が食べられなかったのだが、ニコラに合わせて食べていたら少しずつ食べるようになっていった。

 しかも、ニコラはかなり食べる方で朝もしっかりと食べて仕事に向かう。


「ねえ、ニコラ」

「ん?」

「さっきパンを下にこぼしたでしょ」

「え? ほんと? ごめん」


 そう言ってテーブルの下を見て拾う。そうすると、近くにあった小さなカゴにポンと入れる。


「そろそろパンくずも溜まって来たわね」

「ああ、フランソワーズ家で飼ってる鳥にあげるの?」

「そう! パンくずをつまんで食べるの、可愛いわよ!」

「ふふ、ずいぶん仲良くなったね」

「ん? 鳥さん?」

「鳥もだけど、フランソワーズ。ほら、あの子は人見知りなところもあるからさ」


 そう言ってパンを口に運んで、スープを飲む。

 フランソワーズは母親の死のショックで声が出なくなってしまい、なかなか人と交流を持つことが苦手だった。

 初対面の人間には特に人見知りを発揮して、父親の陰に隠れてしまう。

 リーズにも例外ではなくなかなか心を開かなかったが、それでも少しずつ通って遊んだり読み書きを教えるようになって、少しずつ彼女は笑顔を見せるようになった。


 そしてリーズ、ビル、フランソワーズの三人で近くの森にハイキングに出かけたときに巣から落ちてしまって、育児放棄された小鳥を見つけて連れ帰った。

 フランソワーズが面倒を見たいと言い、二人はそのサポートをすることにした──


 朝食を終えたリーズとニコラは食後のお茶で少し話をした。

 ニコラはこの後仕事だったために挨拶をして家を出る。


「しっかり戸締りするんだよ?」

「わかってるわよ」

「……浮気は」

「しないっ!!」

「ふふ、じゃあ、行ってくるね」


 リーズの額に唇をちゅっとすると、コートを羽織って家を後にした。


 ニコラを見送った後、リーズは二階に言って掃除をしようと雑巾で窓を拭き始めた頃、ふと外に目を移すと雪がちらついているのが見えた。


(もう、雪が……まだ冬の初めなのに……)


 例年よりも早くに振り始めた雪は、ふんわりと地面に落ちていく──



 その瞬間、リーズの身体にビリリと衝撃が走った。


「──っ!!」


 思わずその場にしゃがみ込んで息を荒くする。


「なにこれ……!」


 強烈な頭の痛みと激しいめまい、そしてリーズの視界は暗くなった──



 リーズにとっては一瞬の出来事だった。

 事実、時間にして数十秒という時間だったであろう。

 彼女は床に座り込んでぼうっと外を見ていた。


 そして、思い出した、自分が誰であるのかを──



「リーズ……リーズ・フルーリー……私は、私は、思い出した」


 父親であるフルーリー伯爵のこと、そして兄の事。

 母親はすでにリーズが幼い頃に亡くなっていた。


「そっか、お母様はもう……」


 優しい母親のあたたかいぬくもりを思い出して自分の手のひらを見つめる。


 でも一つ気になったことがあった──


「雪……」


 もう一つ今までの記憶喪失より前にも思い出せていなかった幼い頃の記憶が突然思い浮かんだ。

 真っ白な雪の日、冷たい手母の手がリーズを捕らえていた。


 いつも明るく笑顔だった母親の初めて見る様子。


「どうして、泣いているの……?」


 リーズの中で忘れていた記憶の欠片が彼女の心に刺さる──

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