第32話



 収穫祭当日。


 レンブラントはティアナを迎えにフレミー家の屋敷を訪れた。暫くロビーで待っていると、おずおずとしながら彼女がやって来た。


「お待たせしました」


 予想通り、いやそれ以上に可愛い。長い銀色の美しい髪は後頭部の高い位置で一つに縛り上げられ、膝丈の簡素な町娘のワンピースや靴。恰好はどこからどう見ても平民の娘にしか見えないが、品の良さが漂いお忍びで来ている貴族のお嬢様だと直ぐに分かってしまう。だがまあ、薄暗い中なら幾らでも誤魔化せるだろう。


「今日は随分と愛らしいね」


「ありがとうございます……」


 素直な感想を述べると、彼女は頬を染めてモジモジとする。


 はぁ……控えめに言って、世界で一番可愛い。


 レンブラントは冷静を装っているが、内心激しく動揺していた。

 待たせていた馬車に二人は乗り込むと、先に行っているクラウディウス達との合流場所へと向かった。




 レンブラント達は、街に入る少し手前で馬車を降りた。今日は何処もかしこも人で溢れ返っており、これ以上は馬車で進むのは難しい。レンブラントは逸れないようにと理由をつけて、ちゃっかりとティアナの手を取り歩き出す。レンブラントが彼女の手を握ると握り返してくれる……こんな些細な事が嬉しくて仕方がない。


「お、レンブラント! こっちだ!」


 街の広場にある噴水前には既にクラウディウス達の姿があった。ヘンリックが手を上げ、レンブラントを呼んでいる。


「遅かったな」


「すまない。思いの外、人が凄くてね」


 日は大分傾き、そろそろ日没だ。辺りは夕闇に包まれていく。周囲を見渡すと、徐々にランプや松明といった明かりに灯がともる。何処からともなく軽快な音楽が聞こえて来た。


「さて、じゃあ揃った事だし行こうか」


 クラウディウスの言葉を受け、皆移動しようとするがティアナがそれを止めた。


「あ、あの! 待って下さい」


「どうしたの、ティアナ」


「あー……そのですね……実は、もう一人来るんです」


「もう一人来るって……」


 予想外の言葉にレンブラントもクラウディウス達も首を傾げた、その時だった。


「おい、銀髪。お前何処に……」


 口悪く人の婚約者を呼びながら現れたのは、ミハエルだった。






「ミハエル、幾ら何でも、婚約者のいる女性をデートに誘うのは頂けないな」


「デートではありません」


 場所を人気の少ない路地に移動した。クラウディウスはミハエルを嗜めるが、肝心の彼は不貞腐れた顔をしている。


「女性と二人きりで出掛けるのに、デートじゃなくて何だと言うんだ」


「それは……社会見学、的な」


 かなり苦しい言い訳だ。クラウディウスもレンブラント達もこれには苦笑せざるを得なかった。


「まあ今回は仕方ないと目を瞑ろう。ただこれを教訓として、今後紳士として確りとした振る舞いを覚えるんだよ」

「……はい」

「さて、説教は此処までにしよう。さあ折角の祭りの夜だ。君も一緒に来なさい」


 レンブラント達は、気を取り直して祭りを満喫した。屋台でソーセージや串焼、チーズなどのつまみを調達する。勿論肝心の酒を忘れてはいけない。酒はヘンリックが酒屋から沢山買って担いで来た。準備万端で、今度は適当な場所を探す。運良く簡易的に設置されている古びたテーブルと椅子が五人分は確保出来たが、残り二人は適当に座るしかない。


「何だか凄く新鮮で、胸がドキドキしてます」


 ティアナは、はにかみながら木苺のジュースに口を付ける。お酒はまだ飲んだ事がないと言われたので、先程レンブラントがティアナにと買って来た物だ。因みにエルヴィーラの分はない。何故なら彼女は見掛けによらず男顔負けのかなりの酒豪であり、酒を水の如く飲むので必要などない。


「孤児院の子供達が毎年愉しみにしているのを見てて、私も一度来てみたいなって思っていたんです」


 収穫祭の日は、朝早くから始まり日付が変わるまで行われる。明るい内は名前の通り、その年に収穫した野菜を並べて重さを競ったり、また収穫された葡萄を大きな桶に入れワインを作る為に女性達が踊るようにして足で踏む作業を見る事も出来る。また日が暮れれば今度はレンブラント達の様に酒盛りをする。老若男女問わず誰もが愉しめるのがこの収穫祭だ。


「此奴、頭良いからさぁ〜本当ズルいよなぁ。毎回学年一位だったんだぞ」


 大分酔いが回ってきたヘンリックは、何時もにも増して饒舌になっている。どうやら自分達が学生だった時の話をしているらしい。


「でも剣術は毎回二位! だったけどな。あはは! でさ、その毎回剣術一位の奴が、勉強では毎回二位でさ〜、何つうかぁ好敵手? みたいなさ〜」


 何が可笑しいのかさっぱりだが一人愉しそうだ。完璧に出来上がってしまっている。彼の足元に大量に転がっている酒瓶を見て納得をした。テオフィルから事前に釘を刺されていたにも関わらずかなりの量を飲んだらしい。


「やっぱり、レンブラント様は凄いんですね」


「いや、そんな事ないよ。結局、剣術では彼に敵わなくてね」


 ティアナから褒められ舞い上がりそうになるが、此処は年上で余裕のある大人の男として冷静且つ謙虚な姿勢を見せたい。そう思いながらもかなり上機嫌になってしまい、レンブラントも調子に乗ってつい酒瓶に手が伸びてしまう。


「レンブラント様、飲み過ぎは身体に毒ですよ」


 不意にまだ飲んでいた酒瓶が宙に浮いた。酔いが回っていた事もあり、反応が少し遅れ手を離してしまう。酒瓶の行方を確認すると、それはティアナの手の中あった。


「ティアナは、意外と厳しいね」


「すみません、差し出がましい事を言ってしまいました」


 どうして君は、一々可愛いんだ……。


 ティアナは萎れた花の様にしゅんとなり、小さくなる。それを見て頬がダラシなく緩むのが抑えられない。


「ただ、レンブラント様が体調を崩されたらと思うと心配で……」


 無意識な上目遣いでそんな事を言われ理性が吹っ飛びそうだったが、何とかグッと堪えた。


「ならさ、もし僕が身体を壊したら君が看病してくれる?」


 自分でも酔いが回っているのを自覚しながら、それに託けてレンブラントは此処ぞとばかりにティアナに甘える。テーブルに突っ伏し彼女へと手伸ばす。そのまま柔らかな頬を撫でると恥ずかしそうにするが、彼女はされるがままだった。


「勿論です。でも、そうなる前に私がレンブラント様を止めますから心配無用です」


 花が綻ぶ様なティアナの眩しい笑顔に、レンブラントは目を細めた。


「約束、だからね」



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