第23話


 この半月、息つく暇もない程に忙しかった。


 あの日、ティアナが結婚すると聞いた時、居ても立っても居られなかった。レンブラントは決して衝動的な性格ではないが、あの時ばかりは気が付けば勝手に身体が動いていた。


 先ずはティアナの結婚相手が誰なのかを調べなくてはならない。それと同時に、ティアナについても詳しく調べた。家族構成から始まり両親、兄、弟、使用人各個人の情報に至るまでだ。更に結婚相手を特定した後は、交渉に移った。幸い相手はティアナを迎えに遠路遥々近くの街まで既に来ており、直ぐに会う事が出来た。見るからに冴えない田舎者で、容姿も悪く頭も悪い。対面した時、話をしていて正直苛ついてしまった。こんな男が彼女より三十歳以上年上の癖に、厚かましくも彼女と結婚しようとするなど身の程を弁えろ! と思った。ただ正式な手続きはしているので、相手からしたら理不尽な感情だとは分かっている。これはただの嫉妬だ。

 多少渋りはしたが、相手の男は大金を積み少し脅してやったら逃げ帰って行った。たわいもないと鼻で笑ったのも束の間、この時点で十日経過していた。笑っている場合ではなかったと反省する。

 次に向かった先は、ティアナの父親のアルナルディ侯爵の所だ。この時程緊張した事はない。表面上淡々とティアナと結婚したいと交渉をしていたが、内心かなり緊張していた。心臓は早鐘の様に脈打ち、全身に汗をかいていた。らしくない。だがそんなレンブラントを他所に、意外にもアルナルディ侯爵は二つ返事で了承した後「ロートレック公爵家との繋がりが出来るなど、光栄の極みです」と喜んでいた。


 話を聞いてみて分かったが、ティアナを子爵へと嫁がせ様としていたのは、彼女の母であるアルナルディ夫人だった。これはモニカから聞いた話だが、ティアナを幼い頃から嫌い息子達を使い家庭内で虐めをしていたそうだ。その理由は実に下らなく、哀れなものだった。ティアナの母マルグリットは、伯爵家の出身だ。更にマルグリットの母ロミルダは子爵家の出身で、自身の生まれに酷いコンプレックスを抱えていたらしい。マルグリットは娘に嫉妬していた、ただそれだけだった。侯爵令嬢に生まれた娘が羨ましくて狡い憎いとなったみたいだが、正直レンブラントには理解出来ない感情だった。ティアナを利害の有無関係なく子爵に嫁がせ様と考えたのは、彼女を幸せにさせない為なのだろか。マルグリットをそうまでして突き動かす根源は知らないが、何にしても親として侯爵家の女主人として失格である事に違いない。

 

 その後レンブラントは、自分の父ランドルフと母のテレジアに報告をした。元々余り息子に関心の薄い両親は、やはり興味のない態度だった。そして最後に祖父のダーヴィットへと報告を済ませたのが昨夜だ。本当にギリギリで、間に合って良かったと胸を撫で下ろした。


『そうか』


 予想通り祖父もたった一言しか言葉を掛けてくれなかったが、代わりに笑ってくれた。それだけで十分だった。



「と言う訳だよ」


 不都合な所は伏せつつ、レンブラントはティアナへと説明を終える。


「でも勘違いしないで欲しいんだ。これは君に本当の結婚相手が見つかるまでの仮の関係に過ぎない」


「仮の、関係ですか」


「僕は知ってのとおり女性からモテる。だがまだ結婚する気がなくてね。最近少々煩わしいと感じているんだ。だから君は、謂わば女性避けだ」


「女性、避け……」


「そうだよ。でもって、君は今回子爵へとは嫁ぎたくない。だが結婚が破談になれば、また君の母君は同じ事をするだろう。だからその為には、婚約者が必要になる。完全に利害関係が一致していると思わないかい?」


 もっともらしく淡々と話しているが、自分でもかなり強引な理由付けだと自覚している。本当は「君が他の男に奪われるのが耐えられない」というのが本音だが、何しろ幼い頃から培わられた無駄に高い自尊心が邪魔をしてそんな事は言えない。それにもし拒否されたら……そう思うと怖気付いてしまい、彼女が断れない様に気が付けば適当な理由を口先だけで並べ立てていた。


「そうだったんですね」


 彼女が純粋で良かった様な悲しい様な複雑な気持ちになるが、取り敢えず納得して貰えたので内心胸を撫で下ろす。まあティアナとの婚約は書面上成立はしているので、これから少しずつ時間を掛けて彼女との距離を縮めていけば良いだろう。


「レンブラント様。仮とはいえ至らない婚約者ですが、これから宜しくお願いします」


 彼女は席を立ちレンブラントを真っ直ぐに見ると、丁寧にお辞儀をした。そして、はにかむ。


 可愛い過ぎる……。


「あぁ、ティアナ嬢、宜しくね」

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