第9話




 レンブラントにダーヴィットに会わせる事が出来ないと言われ、その理由も聞かされたティアナは酷く落胆はしたが納得をした。確かに彼の言う通りだ。彼にとって自分は不審者でしかない。


 本当は理由を説明しようかとも思った。だがそれは躊躇わられた。貴方の祖父の昔の恋人が、祖父に会いたがっているなどと言われて気分が良い筈もない。しかも、もう四十年以上も前の話だ、今更何なんだと思うだろう。とても理解して貰えるとは思えない。やはり何か裏があるのではと思われるだけだろう。


 そもそも彼は祖母の事を覚えているのだろうか……。


 此処に来て急に冷静になり、そんな事が頭を過ぎった。ロミルダの心の中にはずっと彼が居た。だから彼もまたそうなのだと勝手に思い込んでいた。

 だが普通に考えれば、四十年以上も前の恋人の存在など忘れているに決まっている。ダーヴィット本人に直接会えた所で、彼が態々ロミルダに会いに来てくれるかも分からない。


 一人意気込んで、莫迦みたい……。


 祖母の余命宣告と自分の急な結婚が重なり、半ばパニック状態になっていたのかも知れない。色んな人に迷惑を掛けて、本当に自分は莫迦だ。


「ロミルダ・フレミーが貴方に会いたがっています、そうお伝え下さい」


 ただせめて、祖母の想いだけでも届けられたら……そんな思いでレンブラントに言伝を託した。

 踵を返し彼等に背を向けたティアナは、その場を後にした。




 気落ちしながら帰路についたティアナは部屋に引き籠った。

 翌日、ロミルダに会いに行く予定だったが、彼女に合わせる顔がないと結局行けず仕舞いになってしまった。

 モニカ達はそんなティアナを心配そうに見ていたが、一人になりたくて部屋から出て行って貰った。少し自暴自棄になっていた。


 更にその翌日ー。


 アルナルディ家の屋敷にまさかの人物が訪ねて来た。 

 モニカは慌てた様子で部屋に入って来ると、ティアナに来客だと告げる。ティアナは相手の名前を聞いて驚きながらも、彼の待つ客間へと急いだ。


「レンブラント様……」


 客間の扉を開ける前に一度深呼吸をして自分を落ち着かせた。ティアナが中へと入ると、長椅子に座る彼がいた。


「急に来てしまって、すまない」


「い、いえ……。こちらこそ先日は不躾に、申し訳ありませんでした」


 ティアナは軽く会釈をしてレンブラントの正面へと腰を下ろした。


「あのそれで、私に何か御用でしょうか……」


 もしかして先日のティアナの言動に対して、苦情を言いに来たのだろうか?一瞬そう思ったが、忙しいであろう彼が自らそんな理由で態々来訪しないだろうと考え直した。でも、なら一体何しに来たのか分からない。


「君、変わってるって言われるだろう」


「え……」


 出されたお茶を優雅に啜るレンブラントに、そう言って苦笑された。ティアナは意味が分からず、思わず間の抜けた声が洩れてしまう。


「先日、君の方から態々僕に会いに来た筈だ。本来なら用があるのは君の方だろう」


「……確かにそうですが、私の要件は断られてしまったので」


 レンブラントが何を言いたいのかがさっぱり分からずティアナは困惑し眉根を寄せた。


「ロミルダ・フレミーが貴方に会いたがっている、約束通り君からの言伝は伝えたよ」


「……」


「祖父に話したよ、君の事も」


 心臓が脈打ち緊張をする。彼がカップを受け皿に置く音が嫌に耳についた。


「支度をしておいで。祖父が、ダーヴィット・ロートレックが、是非君に会いたいと言っている」


 





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