第47話……鶏肋、そして移譲。

「そろそろ、フランツのことが気にかかるわ! 惑星アーバレストに戻ってちょうだい!」


 クリシュナに戻ると、休む間もなくセーラさんにせっつかれた。

 確かに、そろそろアーバレストを離れて三か月だ。


 私もアーバレストの戦況が気になってきた。

 レイやトムはどうしているのだろうかと……。



「わかりました! 未開星系の開拓は切り上げて、一旦惑星アーバレストへ向かいますね!」


「そうして頂戴」


 こうしてクリシュナは、機械生命体が棲む惑星から離れ、惑星アーバレストがあるユーストフ星系めがけてワープ航法を準備したのだった。




☆★☆★☆


『長距離ワープ成功しました!』


「了解!」


 クリシュナは数度のワープで、無事にユーストフ星系外縁に到達。

 さらに、細かい小惑星とガス雲の中へと艦を進めた。



「こちらクリシュナ、A-22基地、聞こえるか!?」


『感度良好、聞こえますよ!』


 超光速通信の通信モニターに出てくるのは、トムの笑った顔だった。

 心なしか皺が少し増えた気がする。



「そちらの戦況はどうだ!?」


『3日前には激しい攻撃を受けましたが、今は膠着状態です!』


 モニターにはレイが変わって応答してくれた。

 どうやらフランツさんや他のメンバーも無事らしい。


 ちなみに、A-22基地には敵が攻めてくることを見越して、偽物のクリシュナの張りぼてを置いておいた。

 クーデター側の基地を徹底的に叩いたクリシュナの姿があれば、敵の攻撃も鈍ると考えてのことだった。


 実際レイに聞くと、A-22基地は包囲されるも、相手の攻撃はさほどでもないらしい。

 ある程度、牽制効果があったとみるべきだろう。



『カーヴ殿、お嬢様は無事か!?』


「無事ですよ!」


 大きな声でフランツさんがレイを押しのけ画面に割り込んでくる。



「今、セーラさんにかわりますね!」


 私はそう言ってセーラさんを通信モニターの前に招いたあと、ブルーと共に艦橋を後にした。


 きっと主人と家宰の間で、込み入った密談もあろう。

 そういったことを考え、遠慮して席を外し食堂へと向かったのだった。



「旦那、アーバレストをどうするんですかい?」


 クリシュナの食堂でブルーに聞かれる。


 今日の昼食はデミグラスハンバーグだった。

 人造タンパク質製ではあったが……。



「……うーん、A-22基地は惜しいよなぁ……」


 もはや、惑星アーバレストを実質的に支配しているのはクーデター側。

 セーラさん側の勢力は、A-22基地だけになっていたのだ。


 占領された地域を取り返すにしても、地上兵力が足らない。

 クリシュナには陸上部隊はいないし、A-22基地にいるのは3000名。

 それに対して、敵は5万人からの陸上部隊がいた。



「鶏肋ですな……」


 ブルーが聞きなれない言葉を発する。



「ケイロクってなんだ?」


「昔の偉い将軍が使った言葉だそうですよ」


 私は『鶏肋』という言葉をタブレットで調べる。

 『食べるのは面倒だが、捨てるには惜しい』という意味らしい。

 つまり、惑星アーバレストの処遇のことをブルーは言っていたのだった。




☆★☆★☆


――ライス伯爵領。

 惑星アーバレスト。


 ライス家の十何世代か前の当主が、簡易なテラフォーミングを施して植民したらしい。


 現在の確認できる人口は約600万人強。

 その多くが、有害な細菌や厳しい環境を避け、半円状のドームの中でつつましやかに暮らしていた。


 資源としては、古代の超文明の遺跡がチラホラとあるくらいで、目立った産業もない。

 さらに言えば、乾燥した砂漠の惑星であるために、水資源が枯渇していたのは致命的だった……。


 つまり、セーラさんやフランツさんが内政に精を出したとて、大きな発展は望めない惑星だったのだ。



「……そのことからも、私は惑星アーバレストを放棄。他の惑星にて再出発をすることを提案します!」


 私はセーラさんにそのように提案してみた。

 人類王家を超える勢力になるには、惑星アーバレストの地の利はあまりにも小さかったのだ。

 むしろ、惑星アーバレストはセーラさん達の足かせになる気がしたのだ。



「わかったわ……、あとでフランツとも相談してみるけど、カーヴの言っていることが正しそうな気がするわね……」


 セーラさんは私の意見に納得する一方、少し悲しそうな顔をした。

 確かに先祖伝来の土地を手放すのだ。

 嬉しいはずはなかった……。



――翌日。


 ライス家の方針としては、正式に惑星アーバレストから撤退するという方針に決まった。




☆★☆★☆


 クリシュナは3か月ぶりにA-22基地に入港。

 味方の歓声に包まれた。



――二週間後。

 ライス家側とクーデター側は一旦停戦し、私はフランツさんとともに、正式な停戦交渉に臨んだ。



 ……その結果。


 ライス家は、クーデター派に99年間の惑星アーバレストの租借権を与えるという実質的な政権移譲を行う。

 その見返りとして、A-22基地周辺だけは正式にライス家の自治領として残った。

 この要因としてはクーデター側の政策上、惑星アーバレストにいる反クーデター派を押し込めていく地域が必要だったのだ。

 そのために、A-22基地のそばに新規で居住コロニーの建設が決定した。


 惑星アーバレストの新旧いずれの権力者たちも矛を収め、各々が目指す未来へめがけて準備をしたのだった……。

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