喚ばれた先は異世界で…!? ~天涯孤独となったが、実は俺には娘がいたようです~

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

【前編】

「あぁ……ついに俺も、一人ぼっちか…………」


 雪のチラつく寒空の下、カイロ代わりに買ったペットボトルの温かい紅茶を啜りながら駅から自宅への道を足早に歩いていた。

 日本へ大寒波が押し寄せ、俺の今住んでいる地域には珍しく降った雪が視覚的にも寒さと寂しさを煽り、それが俺の気持ちを感傷的に沈ませる。

 40歳過ぎの男で、結婚をしたいと思ったこともあったがタイミングを逃したりなんやかんやあって未だに独身……。

 大学生の頃に早くに亡くなった母、そしてつい先日父も亡くなってしまい実家に行っていた。

 俺は一人っ子であり、疎遠となっている遠い親戚がいるぐらいで葬式も呆気なく終わってしまったのだった。

 長いこと父しか住んでいなかった実家は物も少なくがらんどうで……母が居なくなった後の父が抱えていた寂しさを物語っているようであった。


「結婚もせず、子供も作らず……」


 両親が死んでしまえば本当に天涯孤独というやつで、若い頃の俺は年を取った俺がまさかこんな風になっているとは夢にも思っていなかったものだ。


「それなりに何度か彼女はいたこともあったが……。あの時に結婚していれば、違ったのかな~」


 20代の頃なんかまだまだ遊びたいという欲求ばかりで彼女を怒らせることも多くあり、子供を考えていた彼女の方がもういい年だからとおそらく俺からのプロポーズを待っていたであろう節はあった。

 だけど俺はそれに気付かないフリをして……待つことに疲れた彼女がいつの間にか俺のもとから去っていった。


「あの娘には悪いことを……いや、あれで良かったのか……」


 風の噂で、あの娘はその後すぐに婚活パーティーで知り合った男と結婚して幸せにやっていると聞いた。


「俺なんかと一緒になっちゃ苦労続きだったろうしな~……ハハッ……」


 時折りピューと吹く冷たい風が頬へと当たり、俺の思考を鈍らせる。

 やっと着いた自宅のドアに鍵を差し、カチャリと冷たい金属音を鳴らして開けると誰も居ない家の中に向かってポツリと呟く。


「ただいま……」


 返事なんて返ってくるはずもなくシーンと静まり返っており、数日ぶりに帰ってきた自分の家は誰か別の人の家のように感じられた。


「本来ならここで『おかえりなさい』って、奥さんと子供の声がするのかな……」


 なんとなく思ってしまったそんなことに自分自身、酷く落ち込んでしまう。


「俺の家って……こんなに広かったっけ? なにも……なかったっけ?」


 共に暮らす家族がいれば感じられるはずの温もりや安心感の全くない家の中は、今朝見た実家と同じ様にも感じられた。

 流石にこの年齢にもなれば、若い頃のように遊ぶことのできる友達もおらずに俺は一人で過ごす時間が多かった。

 大出世……なんて凄いのはする事がなかったが仕事はそれなりに忙しく、リビングには休日にやりこむゲームソフトが溢れていた。


「なんだかなぁ…………」


 心の奥にズシリときた何か重たいものを外へと吐き出す様にしてフウーと溜め息を吐く。

 エアコンのスイッチを押し、暖房をつけると俺は振り向いてボーっと背後にあったキッチンを眺める。


「こんな年の男にまだチャンスはあるのかな……。子作りは……自身が無いな~。いや、もう無理か…………」


 今日はより一層、どうしても弱気になってしまう。

 俺はただ結婚したいわけじゃなくて子供が欲しい!

 天涯孤独だからこそ、自分の血を引いた子供が……。


「もっと若ければなぁ…………。こんな風に思う様になったのが遅すぎたな……」


 部屋も温まってきたからとネクタイを緩め、冷蔵庫から缶ビールと1つ取り出す。

 リビングに置かれたソファに俺はドカリと座り、プシュッと開けた缶ビールをゴクゴクゴクと呷る。

 一気に飲んだ缶ビールを口から離すとプハァーとお決まりの呼吸をし、空となった缶を上へと掲げる。


「独身貴族に、カンパイ!」


 自分自身に向け、厭味ったらしく言ってみた。

 この後の残された人生に待ち構える避けようのない孤独に対し、どうしようもなく嫌な気持ちになった。


「自業自得とはいえ、辛いものだな……」


 持っていた空になった缶ビールを思わず片手でグシャリと潰す。


「俺に息子……いや、娘がいたらなぁ…………」


 そんな妄想をしている途中でウトウトと意識が途切れていく。

 新幹線で行く距離の実家の往復に、一人で葬式に実家の掃除と、自分でも気付かぬ内にだいぶ疲れていたのだろう。

 普段ではなんでもない量のビール1缶で完全に酔っ払ってしまい、着替えもしないままにソファに持たれた状態で寝てしまっていた。


「……パ。…………パパ。――ねぇ、パパったら!」


 耳元に響く子供の声に煩いなと、イラっとして目を覚まして起き上がる。


「うるっさい!」


「パパぁ!」


 目覚めてすぐ、俺の目の前には両手を上げて喜ぶ中学校一年生程度の少女の姿があった。


「――――?」


 何のことか分からない俺はただ茫然とその少女を見つめていた。

 少女は俺のこと『パパ』と呼び、しきりに喜んでいるが……。


「いや、人違い…………」


 訂正しようと口を開くが全く俺の話を聞いてはくれない。

 そこへ、カツコツと音を鳴らしながら誰かが近づいてくる音がした。

 ギーと軋む音を鳴らしながら、目の前にある木製のドアが開いた。


「マリア! 下の部屋まで騒ぐ声が聞こえていたわよ。それで……召喚は上手くいったの?」


「ママ! ほらっ! ねっ!!」


「まぁ!!」


 入ってきた女は少女から「ママ」と呼ばれ、少女に指し示された俺の存在を確認するとポッと頬を赤らめて嬉しそうに微笑みかけてきた。


「あの……」


 少女はママと呼んでいた女と二人して手を繋ぎ、キャアキャアと喜んでこっちの反応などきにしちゃいない。


「あのー!」


「あっ! あら……ごめんなさいね」


 大きな声で何度か呼びかけるとやっと気が付いたようで、申し訳なさげに俺に返事を返した。


「あの、なんなんですか? これはいったい……」


 キョロキョロと見渡しながら周りを確認してみたがどこかの建物の屋上に居るのかって感じで、屋根を支える柱と空しか見えずに俺は不安になった。


「えっと……まずはいきなりの事で驚かれたでしょう? ごめんなさい」


 床に座ったままの俺に向かって女はペコリと頭を下げ、深々とお辞儀をした。


「えっ。えぇ……」


「実はここはあなたからすれば『異世界』って呼ばれる場所で…………」


「『異世界』??」


「えぇ、それで……あのぉ………」


 女はモジモジとしながら先の言葉を口にする事を恥ずかしがり、照れからか目を伏せた。

 俺は何なのだろうかと首を傾げ、目の前に居るその女の顔を見つめた。

 咄嗟の事でちゃんと見ていなかったが、こうして見るとかなり美人だなぁ……。


「あの……私のこと、憶えていませんか?」


 意を決したように女は俺の目の前までズイッと顔を近付けさせた。


「――と、言われましても……。会ったこと――ありますっけ?」

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