ブラッド・サック・マーダラーズ

第14話 ブラッド・サック・マーダラーズ 〈1〉

 


 第六話 ブラッド・サック・マーダラーズ



 冬が明けたらここより北方の国へと渡る。

 斑目兄弟がその報せを仲間内に持ち込んだのは年が明けてからのことだった。

 由岐の言葉を聞いた要は訝し気な表情になって兄弟を交互に見つめる。

「……か、海外の怪獣都市へ引っ越し? 由岐も一緒に?」

「そう。札幌もいいところだけど、吸血鬼への迫害とか偏見とか……まだいろいろ残っているから。兄ちゃんと一緒に、もっと安全に過ごせる常夜の街を目指す」

 常夜の街は東欧の怪獣都市連合に位置するもっとも昏い異形の都市だ。世界で四番目に奈落禍が起きて怪獣化した国があった場所で、異形の者がもっとも多く流入している地。それ故希少種への偏見や迫害などが比較的少なく、ルエのような吸血鬼にとっても過ごしやすい環境であるのだろう。

「いや、でも由岐は学校とか生活が……あっ……」

「…………うん。そういう、こと……です」

 言葉の途中で要と由岐は互いに真っ赤になって黙りこんだ。

 そう、つまりこの兄弟は「そういうこと」に納まったのだ。

 よくみれば由岐の首には牙の後が付いていた。

「ルエ、きみってばほんと……んん、だけど、でも嬉しいこと、だよね……?」

「まァ、おれチャンは気づいてたがなァ? っつーかァ、ちょっと進展が遅すぎるくらいだったしィ? 気を揉ませやがってよォ」

 おろおろする要の肩をぽんぽん叩いて宥めながら、トロイメライがどことなく嬉しそうに言う。

「おや、珍しいネ。キミが水も差さずにそういうコトいうなんて」

「ちょ、おれチャンだって真面目に他人の幸せを願うんだよォ!?」

「……へえ? キミもボクらのこと仲間だって思ってくれてたのかナ?」

 ルエが艶然と微笑み返せばさすがのトロイメライも「……まァ、そういうことだからよォ。よかったじゃなァい」とまごついた。

「よかったな、由岐。ルエも。達者でやれ」

 結局、特に動じずいつも通りの態度で接したのは蘇芳だけだった。

「ありがとう。でもまだしばらくはこっちにいるから。渡航手続きとかあるし、引っ越し準備も……。どのみち春にならないと寒くて渡れないよ」

「む。そうか」

「由岐くん、ルエお兄さん、よかったねぇ」

「ありがとう、テトラちゃん」

 蘇芳がスタジオに同伴した天使――テトラも二人を祝福してからからと笑っている。

 結果的に二人が持ち込んだ報告は新春のスタートには相応しい話題だったのかもしれない。

 学会などで国外に出ることが多い蘇芳を由岐が質問攻めにし始めている。

 その様子を見ていた要が何か思い切ったような顔で彼には珍しく大きな声を出した。

「……あ、あの! こんな雰囲気でアレなんだけど、僕も……その……春からしばらく留守にする予定があって……」

「え、要も?」

「そっちは初耳だな」

 要は指をつんつんと組み合わせながら所在なさげに続きを紡ぐ。

「……突然ごめんね。やっぱり仕事柄いろんな場所に触れて取材してみたくって。四月から休みをとって、長い旅行に出ようと思ってたんだ」

「バカンスってやつか、イイね。ボクは応援するヨ」

「いつ戻ってこられるの?」

「ごめん……今のところ、わからないんだ。限界とか気にしたくないから自分でも決めていないの。でも心配とか、そういうのいらないから……その、笑って送り出してくれると嬉しい、かな」

 珍しく堂々と言い放つ要の姿を見て、仲間たちは顔を見合わせた。

「要が行くっていうなら、誰も止めらないよね」

「道中、連絡くらいはよこせ」

「……うん」

 静かにうなずく要を、ルエだけは寂し気な笑みで見つめていた。事情を知っていても互いに咎めたてることはせず、ただ秘密を共有し続けた。その結果、別れが訪れてもすべてを受け入れる覚悟はついていた。それだけのことだった。

「アー。次おれチャンの番ねェ」

 誰にも指されていないトロイメライがわざと挙手をして皆の気を引こうとする。

「なんだよ、トロイもなんかあるのか?」

「お前に限ってはどこに居ようがどうせ暇人だろうが、ほら練習するぞ」

「えっ、ちょっ、ひどくなァい!? せめて聞いてからにしてよォ!」

 蘇芳のマイクの前に回りこんで阻止しつつ、トロイメライがなぜかマイク越しに宣言する。蘇芳は迷惑そうな表情で場所を譲ってやっている。

「オレも故郷に帰る用事ができちまってさァ。仕事とか近況とかいろいろ報告しにきなちゃいって母方から矢の催促。つーわけで、ちょっち春頃地獄ゲヘナに戻る予定があンだよねェ」

 困ったように眉尻を下げてトロイメライが告げる。

「お前はどうでもいい。なんなら今すぐ帰れ。二度と湧いて出てくるな」

「蘇芳ひどォい!」

「トロイだしネ。どうせすぐまた戻ってくるでしょう」

「ルエまでも!?」

 ほぼ全員がトロイメライをいじって終わりかと思われたが、由岐がはっとして顔を上げた。

「それじゃあみんながバラバラになるのなら、バンドはやっぱり……解散?」

「そ、れは……」

「む」

「ええとォ」

「……考えてなかったナ」

 それぞれが沈黙し、考え込んだ。トロイメライに関しては別だが、これまで十年以上共に過ごしてきた仲間だ。いつしかバンド活動を通して結びつく形に変わったとは言え、絆の強さは今も変わらない。

 しかし、全員が散り散りになるとすれば話は変わってくる。

「解散……するしかないのかな。やっぱり……別々になっちゃうってことは」

「それは嫌、かも」

 誰もが続きを紡げずに押し黙る。

 すると、今まで黙って話を聞いていたテトラがすっと手を上げて見せた。今度は皆素直にそちらを向いた。

「えっ、なにこの対応の差。けっこうひどい……」と声をあげようとしたトロイメライの足を要がぐぎゅ、と踏みつけて制した。

「どうしたの?」

「……お話を聞いていて思ったことがあるんだけど、いってもいい?」

「いいぞ」

 蘇芳が先を促す。テトラは意を決すると、その言葉を口にした。

「無期限活動休止、というのはどうかな?」

「……活動休止か。なるほど……その手もあるよネ」

「うん。みんなが離れてしまっても形を残して、もしまた戻ってくることができたら一緒に続きをできるように屋号だけ残しておく。帰る場所があるって、とてもいいことだと思うんだ。いつになるかわからないけれど、きっといつか……って」

 テトラの言葉を聞いて、由岐と要も顔を上げた。

「そっか。離れても終わりじゃないもんね。オレたちもその気になればまた訪日することだってできる」

「……解散は僕も嫌だから……いいんじゃない、かな? 名前は残しておきたいもの……ね」

「天使チャン、いいこというじゃなァい」

 トロイメライがテトラの頭を撫でて猫可愛がりしながら頷く。それを蘇芳が威嚇して引き剥がした。

「よし、決まりだネ。春でボクらブラッド・サック・マーダラーズは無期限活動休止という形でいったん音楽活動を停止する」

「それで、もしまた集まったら新曲を書いたりライブに参加したりする。もちろんただ飲み明かすだけでも構わない。いいな?」

 蘇芳がそう続きを引き取れば、全員が「もちろん!」と言って頷いた。

「それじゃ、ラストライブ兼追い出しパーティを春にやるってことでどう?」

「ブラックシープを貸し切って、サ」

 由岐とルエが同時に思いついたように提案すれば、トロイメライも「乗った」と返事を返す。

 要はバカンス、トロイメライは地獄への里帰り、由岐とルエは海外への引っ越し、蘇芳だけが札幌に残って研究生活を続ける。それぞれの岐路が明らかになったところで絆が断たれるわけではない。そう再確認すると、五人はラストライブに向けての練習を開始した。


 §


「寂しくなるねぇ」

 練習を終えて、自宅マンションへの帰り道。

 深夜の川縁を歩きながら、テトラがふとそう口にした。蘇芳は否定も肯定もしなかった。

 氷の張っていない歩道ブロックを選んでテトラがゆるゆると歩く様子を見守りながら蘇芳はなんともなしに口を開いた。

「……俺は物心ついた頃からあいつらと一緒だった。おやじもおふくろも俺が生まれてすぐに事故と病気で死んじまったからな。家族を知らない俺にとって、あいつらが家族の代わりだったのかもしれない」

「家族がばらばらになるのはイヤ?」

 蘇芳は昏い夜空を見上げる。月は雲に隠れて出ていない。それでも妙に清々しい気分だった。

「そうでもない。やるべきことや行きたい場所をあいつらが見つけたことが、俺にとってはひどく嬉しいんだ。だから、いいも悪いもない」

「蘇芳お兄さんはやっぱり優しいねぇ」

「優しい? こんなの当たり前のことだろうが?」

「そういうところだよ」

 テトラが淡く笑うのがどこかくすぐったく思えて、蘇芳はぷいと反対側に顔をむけた。

 それを見て、テトラがやはりくすくすと笑う。

「……じゃあ、ぼくももう少しがんばらないとなぁ。お兄さん一人だとかわいそうだもの」

「どういう意味だ」

 視線を合わせずに問えば、少し前を歩いていたテトラが立ち止まる。

「あのね、ぼくはもうすぐ……っごぼっ!」

 咄嗟に口元を押えたテトラがその場にくずおれ、そのままごぼごぼと重く咳き込んだ。

 彼女の体が揺れるたび、押さえた手のひらから赤黒い血の塊が溢れ、地面に零れ落ちた。

「っぅぐっ、ごほっぐぼっ……こな、いで……」

「テトラ!」

「ぃぎ、汚れ、るから、ッあっ、だ、め」

 しゃがみ込んだテトラを支えようと駆け寄った蘇芳を、しかし彼女は押しとどめた。その間も唇から濃い血の塊を吐き続けている。

 蹲った背に生えたあの不気味な片翼が蠢き、彼女の体に張った根を侵食させてゆくのが見て取れた。翼が蠢くたびにテトラは悲鳴を堪えて身悶えている。

 蘇芳はテトラを迷わず抱え上げた。

「だめ、だ、よ。ぼく、汚い、から……お兄さんまで」

「黙ってろ。俺の知っている医者のところへ連れていく。少し揺れるが、我慢しろ」

 蘇芳はすっと息を吐いた。転瞬――人間だった彼の姿が人狼のそれへと変ずる。真っ黒で大きな狼の姿に。

 蘇芳はそのままテトラを抱え直すと、街はずれへと向かうべく疾駆した。



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