第27話 勇者と魔王のハイブリッド

「ディスペル!」

「ハッハッハ、無駄だぜ。なんせ今のオレは、全ユニット中最高の魔術耐性を誇る《魔王》と、そして人類最強の《勇者》のハイブリッドだからな!」


 俺がわざわざ詠唱して効果を高めた《ディスペル》は、シンには通用しなかった。

 さすがは勇者と魔王のハイブリッドといったところか。


 シンは得意げな笑みを見せながら続ける。


「だが安心しろ。わざわざ《ディスペル》なんて使わなくても、オレはお前みたいなクソザコモブ相手に黒魔術なんて使ったりしねえよ」

「俺を殺せるだけの魔術を使えない、の間違いじゃないのか? 非魔術師の《勇者》が《魔王》になるのはイレギュラーだ。《ワープ》とかは使いこなせているようだが、魔術師としてどこか欠陥があるはず」

「チッ……そういう興ざめさせるようなこと言うなよな。まあいい、オレの『戦略』をここで見せてやる」


 剣で肉を貫くような音。

 だが俺の身体は無傷。


 ──シンは、己の肉体を魔剣で貫いていた。


 シンは腹に刺さった魔剣を引き抜く。

 その表情はどこか恍惚こうこつとしており、狂気すら感じた。


「ククク……これで《勇将》と《魔王の復讐》がアクティベートしたな」


《勇将》……HPが半分以下になったときに、ステータスを上昇させる勇者専用パッシブスキル。

 そして《魔王の復讐》は、HPの減少分だけ自分の攻撃力を増加させる、確率発動系の魔王専用スキル。


 勇者スキルと魔王スキルのマリアージュ。

 ゲームじゃありえない組み合わせ……まさにチートだな。


「行くぞ、セイン! うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 シンの叫び声により《勇者のとき》が発動。

 俺の身体が一気に重くなり、足が震えてきた。


 でも《キュア》があればデバフをリセットできる。

 そう思って「キュア!」と唱えるが、何も起こらなかった。


 ……もしかして、魔術が無効化されている?

 魔術耐性だけはタンク並の《回復術師》である俺が?


 シンは魔術がロクに使えないはず……

 一体誰がこんなことを?


「確かにオレが使える魔術はごく一部だけだ。だが残念だったなセイン!」


 シンが魔剣を振り回しながら、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「この魔剣フリズスキャルヴには、敵の魔術を無条件に《ディスペル》するスキルがついている!」


 フリズスキャルヴ?

 そんな武器、『セイクリッド・ブレイド』にはなかったぞ。


 ……ああ、シンが新たに作ったんだな。

『SB』の裏設定でも「魔王アルルガルトが持つ魔剣は、彼女自身の願望が反映されている」と書いてあった。


 マズい、身体の動きがかなり鈍ってきた。

 いくらなんでもこれはデバフされすぎだ。

 今はなんとかシンの剣を見切れているが、いずれ大技が来れば──


「《キュア》さえ封じてしまえば《勇者のとき》は破られない。お前がデバフされる一方、オレはバフされ続ける。さらにパッシブスキル《魔王の器》で、オレ以外の人間はさらにステータスがマイナス補正される!」

「なるほど、君も考えたんだな」

「当たり前だろ。すべてはセイン、お前を殺して一番になるためなんだよ!」


 魔剣フリズスキャルヴから闇の炎が噴出され、周囲の温度が一気に上昇する。

 専用スキル《魔王の剣術》が発動したのだ。


 この戦技は、ゲームでは単なる物理攻撃扱いだ。

 しかし普通の物理攻撃と違って、「力」と「魔力」のステータスが両方とも攻撃力に加算される。

 つまりぶっ壊れスキルだ。


 その他スキルによる上昇分を加味すれば……一度でもかすったら即死。


「これがシンV4……いや、シン・ファイナルエディションに生まれ変わったオレの、真の実力だ! 死ねえええええええええええっ!」


 闇の炎をまとった魔剣フリズスキャルヴ。

 それをシンは、目にも留まらぬ速さで振りかざす。


 だが──


「ガハアッ!」


 シンの胴体には、聖剣によってつけられた傷があった。


「な、なぜだ……オレはバフされて、お前は強烈なデバフを食らったはず……なんでこの状況でオレを傷つけられるんだよ……!」

「聖剣の効果を知らないのか」


 聖剣には、魔剣の能力を1ターンだけ弱体化させる《聖剣の加護》というスキルが備わっている。

 魔剣フリズスキャルヴによって《ディスペル》されたのを、俺は《聖剣の加護》を使って解呪したのだ。


 あとは簡単。

《キュア》を使って各種デバフをリセットしたあと、シンの攻撃を見切ってカウンターを仕掛けるだけだ。


 まあシンはかなり「ステータス補正」されていたせいで異様に速かったが、それでも倒せないほどではない。


「シン、悪いが俺はお前を倒す」

「ハッ、倒す倒すって言っておきながら随分と甘いじゃねえか!」


 シンの手元に、まばゆいばかりの光がきらめく。

 するとそこには一人の少女が、シンに抱きかかえられていた。


 これは、遠くにいる敵を強制的に引き寄せる白魔術 《リール》だな。


 シンによって引き寄せられたのは、ダンジョンや路地裏で助けた少女だった。

 彼女は隙あらばヒールを売りつけようとしてきた、商魂たくましい子でもある。


「こいつの命が惜しけりゃ今すぐ武器を全部捨てろ」


 少女は眠っているのか、何も言わなかった。

 しかし俺には、少女を見捨ててシンを斬ることはできなかった。


 それにしても、なぜシンは彼女を人質に選んだんだろうか。

 リディアでもエリスでもなく、国王でも大司教でもなく……


「ほらどうした、かかってこいよ。顔見知り程度の女を救うよりも、世界に仇なすオレをぶっ殺すべきなんじゃねえのか?」

「……」

「まあでも、グズってるお前のために一ついいことを教えてやる──この女、実は魔王だったんだぜ?」

「なにっ……? それはどういう意味だ」

「お前がラスボス──魔王アルルガルトを倒した直後。奴を魔王たらしめていた『魔神』は、この女に乗り換えたんだ。王都ダンジョンでスタンピードが起こったのも、魔神に支配されたこの女が魔力を使って《古の魔竜》を暴走させたからなんだぜ?」


 なるほど、だからダンジョンの下層で一人、魔力欠乏症で倒れていたのか。

 魔物たちに殺されずに済んだのも、少女が魔王だったからなのかもしれない。


「待て。その話が本当だとして、どうしてエリスは彼女が魔王だって見抜けなかったんだ? 彼女を助けたとき、現場にはエリスもいた」

「この女の魔力が弱すぎたからだよ。魔神は勇者である俺やエリスに見つからずに『目的』を果たすため、《回復術師》の中でも特に底辺なこのモブ女を『あえて』素体として選んだんだ。《賢者》でも《魔女》でも、ましてや《聖女》でもなくてな」


 俺は魔王アルルガルトというラスボスを倒したことで、死亡フラグを回避した気になっていた。

 まさかラスボスを倒した直後から、新たな死亡フラグが忍び寄っていただなんて思ってもみなかった。


「それにしても、その魔神の『目的』とやらは一体何だ?」

「神に選ばれし勇者であるこのオレに『力』を授けることだ。オレはこの女──いや魔神と《契約》を結んで魔力経路パスをこじ開けられた後、リディアをラブホに誘うようにそそのかされた。そしてリディアに拒否られた。お前が『主人公』なんだって思い知らされた──あのときほど絶望したことはなかったぜ。まあその『絶望』のおかげで、オレはこうして『力』を得たんだがな」


『SB』の裏設定では「稀代の才能を持つ人間の魔術師が絶望すると、魔王となることがある」と書かれていた。

 それと比べると、「魔力経路パスをこじ開けられた」と主張する非魔術師のシンは、少しイレギュラーな形で魔王化させられたようだ。


「あ、そうそう。お前は王都の路地裏でこの女をチンピラから助けたって思ってるかもしれねえけどな、実はそのチンピラ、全部こいつが魔術で操ってたんだぜ? お前にべったりなリディアを引き剥がすために、な」


 なるほど、だからチンピラ共は事情聴取中に「オ、オレたちはなにもしてない!」と叫んでいたんだな。

 あれは嘘をついていたのではなく、「魔王」に操られている間の記憶が抜け落ちていただけだったのだろう。


「それに、大聖堂に魔王復活の予告文を送りつけたのもこの女だ。エリスを大聖堂に縛り付けるため、わざと手の内を明かしたんだ」


 つまり俺たちは助けた少女──いやそうじゃない、少女に乗り移った「魔神」の手のひらの上で踊らされていたということか。


 シンとリディアがラブホ街で揉めているのを発見する前、その周囲には認識阻害がかかっていた。

 あのときシンを手助けしていた存在について、今ならその正体にも見当がつく。


 魔神に乗っ取られた、あの少女だ。


「どうしてシンは、魔神の行動や意図をすべて知っているんだ?」

「これも冥土の土産に教えてやるか……魔王になった直後、記憶が流れ込んできたんだよ。つまり魔王となった人間は、魔神と一体化したってことだ」


 聞きたいことはすべて聞けた。

 もう思い残すことはない。


「オレはもう『神に選ばれし人間』なんてチンケな存在じゃない。オレ自身が『神』そのものなんだよ! ヒャハハハハハハッ!」

「……」

「さあ、人質の命が惜しければ早く武器を捨てろ! 言っとくけど聖剣だけじゃなくて、刀もだからな!」

「その必要はない」


 俺は聖剣を手に持ちながら、ゆっくりとシンに近づく。

 シンは人質の少女を地面に横たえ、魔剣の切っ先を少女の心臓に向けた。


「へっ。顔見知り程度とはいえ、一人の女も救えねえチキンってわけか。じゃあこいつには死んでもらうぜ。言っとくけどブラフじゃねえから──なにっ!?」


 シンが魔剣を突き刺す間際。

 少女の胸元に展開された小さな物理障壁によって、魔剣は阻まれた。


 もちろんこれは、俺がしかけた白魔術 《シールド》──魔術障壁 《バリア》の物理版──によるものだ。

 現在、《聖剣の加護》の効果は継続中であり、今のシンには《シールド》を《ディスペル》することはできない。


「こんの野郎……絶対にぶっ殺してやる!」


 シンは再び、魔剣に漆黒の炎をまとわせる。

 そして俺に切っ先を向けようとした。


 どうやら人質の少女を殺すことを諦めたようだ。

 あるいは人質云々は、最初から俺を武装解除させるためのブラフだったのかもしれない。


 だが、判断が遅い。

 俺はもうすでに背後を取っている。


「ガハアアアアッ! ──てんめえええええええ!」


 心臓を聖剣で貫かれたシンは、血反吐を吐きながら慟哭どうこくした。


 その後俺は、人質の少女を回収し《ヒール》と《キュア》をかけた後、ぺちぺちと頬を叩いて眠りを覚まさせる。

 彼女は開口一番「た、助けてくれてありがとう。今日はタダでヒールしてあげるわね……!」とうろたえていた。

 なので俺は「ヒールはいらないから、早くあの転移門を使って逃げろ」と指示しておいた。


 手負いのシンを牽制けんせいしつつ、彼女が転移門を使ったのを見届けた後。

 俺はあえて挑発するように笑ってみせた。


「さあ、そろそろ出てこいよ魔神。この戦い、お前の負けだ」

「グオオオオオオオオッ……! オノレ、マタシテモ貴様カ……!」


 シンの表層に現れた「魔神」が、獣のような雄叫びを上げる。

 魔王シンの命運は、今まさに尽きようとしていた。

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