第10話 ゆるふわ系魔王(ラスボス)

「あっ、自己紹介がまだでしたね。わたくし、アルルガルトという取るに足らない者です」


 まるで一人だけお茶会やパーティにいるかのような、そんな場違いな雰囲気を漂わせるゆるふわ系美少女。

 しかし奴の正体は、シミュレーションRPG『セイクリッド・ブレイド』のラスボスである魔王である。


「演技はよせ、魔王」


 ゲーム知識はなるべく披露したくなかったが、やむを得ない。

 この場にいる聖職者や観光客に釘を刺すという意味で、俺は少女アルルガルトの正体を「暴いて」みせた。


「……えっと、わたしは魔王ではありませんけど?」

「聖剣を破壊しに来たんだろ? 本当は明後日あさって明々後日しあさってくらいにでも夜襲をしかけるつもりだったが、俺が聖剣を抜いてしまったことで焦ったんだろう? さっきからずっと魔術で大聖堂の様子を視ていたよな?」

「ふう……つまらない男はモテませんよ?」


 図星をさされて、少しだけ眉間にシワが寄った魔王。

 それを見たリディアが「ひっ」と声を漏らした。


「う、うそだよね……あの人が魔王なの……?」

「そうだ」

「あんなにニコニコした人が魔王だって言うの……? 魔王ってもっとこう、怖い感じじゃないの……?」


 リディアが信じられないのも無理はないが、アルルガルトという少女が魔王であるというのは事実だ。


 ちなみに歴代魔王は全員、魔族ではなく人間である。

 聖女教の『聖典』でも語られている常識だ。

 ゲームの裏設定とは細部が異なるが、な。


「会ってまもないわたしの秘密をあっさり見破ってしまうなんて……もしかしてストーカーさんですか?」

「さあな」

「ふふ、否定しないんですね」


 魔王に満面の笑みで「気持ち悪いです」と言われたが、ノーダメだ。


「ところであなた、お名前は?」

「セインだ。姓はない」


「セインさんですね。覚えておきます」と魔王は微笑む。


「とりあえず投降勧告でもしておきましょうか……武器を捨てて両手を頭の後ろに組み、土下座してください。そうすればみなさんの身柄は保証しますよ、勇者さま?」


 一般人を人質に取られてしまってはこちらとしても動きづらい。

 一応、戦闘従事者もそれなりにはいるだろうが、魔王相手だと手も足も出ないだろう。


 それよりシンはどこに行ったんだ?

「魔王がここを襲ってくるかもしれない」という話を大司教としてから、シンの声を聞かなくなったような気がする。

 もしかして逃げたな?


「まさか聖剣に選ばれた真の勇者さまとあろうお方が、人質を犠牲にするようなことしませんよね? ふふふ……」

「セインくん、どうするのっ!?」


 魔王の言葉にリディアは顔を真っ青にし、俺にすがりついてきた。

 俺と同じように、リディアも戸惑っているのだろう。


 俺が逡巡しゅんじゅんしている間にも、観光客・司祭・大司教たちは青ざめ冷や汗をかいている。

 中には「頼む、殺さないでくれえ!」「オレ、魔王様の奴隷になります!」と泣きわめく人もいた。


 だから俺は──


 魔力を使い、身体の筋肉を強化。

 床を勢いよく蹴って、魔王に接近する。


 強化された腕、そして体幹を駆使し、聖剣を水平に薙いだ。


「──くっ!?」


 魔王の胸に迫る聖剣の刃。

 それは、魔王がバックステップしたことでギリギリかわされてしまった。


 魔王は表情を歪ませ、焦りを見せる。

 しかしすぐに余裕ぶったように微笑んでみせ、俺をあざけりの目で見つめてきた。


「交渉決裂ってところですか。では人質のみなさんには死んでもらいますね?」


 魔王は指を弾き、足元に魔術陣を展開。

 その魔術陣からはどす黒い炎が巻き起こり、大聖堂を焼き尽くす……その前に。


 ──パリンッ!


「なっ!?」


 魔王の魔術陣が音を立てて砕け散る。

 大聖堂を焼き尽くすと思われた黒炎は、急速にとろ火と化したあと跡形もなく消滅した。


「わ、わたしの魔術を無効化するだなんて。これが聖剣の力なのですね……!」

「勘違いするな。俺は聖剣の力なんて使ってない。そもそも『聖典』の中での話ならともかく、聖剣に魔術無効化の効果なんてないぞ」

「は、はあっ!? じゃあなんでわたしの魔法陣が粉々に砕け散ったのですか!」

「《ディスペル》だ」


《回復術師》が使用可能な白魔術の一つ《ディスペル》。

 ゲームでは敵に《ディスペル》をかけることによって、敵の魔術行使を数ターン阻害することができる。


 だがゲームでは、魔王に《ディスペル》をかけることは不可能だ。

 なぜなら《ディスペル》を成功させるには、自分の「魔力」が相手の「魔術耐性」を上回っていなければならないためである。


 魔王の魔術耐性は、当然のように全ユニット中最高値である。

 どれだけ魔力を底上げしようが《ディスペル》は必ず防がれる。


 しかし今はまだゲーム本編に突入していない。

 時間軸で言うと、前日譚ぜんじつたんにすぎないのだ。


 目の前にいるアルルガルトという女は、魔王として覚醒したばかりで完全に力を使いこなせているわけではない。

 それに俺が《ディスペル》を使ったのは魔王本人に対してではなく、魔王からこぼれ落ちた魔術陣だ。


 ゲームの仕様では不可能なことが、ゲームによく似た『現実』では工夫次第で可能なのだ。


「これでご自慢の魔術は使えなくなったな」

「下級職にしてはやりますね……ですが残念でした!」


 魔王は「あははははははっ!」と大声を上げて笑った。


「こうして! おしゃべりをしている間に! わたしの部下たちが! 人質を一人残さず始末して、始末して……あれ、始末して……ない?」

「わたしを忘れてもらっちゃ困るよ!」


 そう叫ぶのは、《魔女》の天職を持つリディアだった。


 リディアの足元には分厚い氷が張られている。

 そして人型魔族をかたどった氷の彫像が、ゴロゴロと横たわっていた。


 大聖堂にいた観光客や司祭たちは、口々に「助かった……」「ありがとう!」と言っていた。


「みんなはわたしが守るから、セインくんは魔王を倒して!」

「ありがとう……頼むぞリディア」

「うん!」


 リディアの表情は一瞬だけほころんだが、すぐに引き締まった。


「くっ、使えない魔族ども。あんな小娘一人に、いいように遊ばれるなんて」

「魔王、次はお前が俺に遊ばれる番だ」


 腰を低くし、聖剣を構える。

 大理石の床を踏み砕く勢いで、俺は駆け出した。


 ──ガキィンッ!


「……魔術は無効化される。部下も使えない。ならば剣術で勝負しましょう?」


 どこからともなく現れた魔剣に、俺の聖剣は阻まれた。

 この魔剣はもちろん、れっきとした魔王の物理攻撃手段である。

 ゲームでは、リディアを始めとする紙装甲ユニットにとっての天敵でもあった。


「実はわたし、剣を使うのはこれが初めてなのですが、どうですか! 手も足もでないでしょう!」


 まるで片手剣のように大剣を振り回す女──それが魔王だ。

《魔王》のクラスを得た人間は、もはや人間ではないのだ。


 魔王は目にも留まらぬ速さで魔剣を振るう。

 魔剣と聖剣がぶつかり合うたびに、激しく火花が散った。


「ど、どうして《回復術師》ごときが、わたしの動きについてこれているのですか!?」

「お前は魔王であって剣聖じゃない」


 純粋な剣技では《勇者》ですら《剣聖》には勝てない。

 そして《回復術師》では、《剣聖》どころか《剣士》と同じ土俵にすら立つことができない。

 それが世の中の常識だ。


 俺はその常識を打ち破るため、故郷の隠しダンジョンで《剣聖》アンデッドを始めとする強敵とさんざん戦ってきた。

 そうして俺は「一人で戦えない」とされる《回復術師》の「壁」を越えたんだ。

 なお、修行は今も継続中だ。


「覚醒しきってもいない魔王ごときの剣術で、俺に勝てると思ったか」

「こ、このっ!」

「魔王、これが『剣術』だ。よく見ておけ」


 上級スキル《縮地》を再現した動きで、魔王を翻弄ほんろうする。

 同じく剣聖スキルの《村雨むらさめ》を再現し、集中豪雨のごとき激しさをもって魔王に斬りかかる。


 俺の攻撃は今のところ、魔王の魔剣によって防がれている。

 しかしながら、魔王の表情からはどんどん「余裕」の色が抜け落ちていく。


「は、速すぎる……まるで《剣聖》そのものではありませんかっ……!」

「終わりだ」


 隙を見せた魔王に、俺は聖剣を振りかざす。

 剣聖スキル《霹靂へきれき》を再現した、落雷のごとき必殺の一撃だ。


「くすっ」


 魔王は笑った。

 ブラフか? いや、まさか……


「これでわたしの勝ちですね!」


 魔王の持つ魔剣から、どす黒いオーラが噴出された。

「まずい」と思って聖剣を引っ込めようとするが、もはや俺には上段振り下ろしを中断するだけの余力が残っていなかった。


──ガンッ!


 聖剣が5つに分かたれ、バラバラになった。

 魔剣のオーラによって魔力を変質させられてしまったのだ。


「あははははははっ、計画通りです! ついに聖剣を破壊しました! これでわたしを阻む敵などどこにも、ぐふっ……」


 魔王の胴体が真っ二つに切断されていた。

 もちろん俺の仕業だ。


「な、なぜ……確かに聖剣ハ破壊したハズ……」


 ゲームと同じように、聖剣が5つに分解されてしまった。

 これは俺の手落ちだ。


 しかし俺には、10歳のころから愛用してきたSランクの刀 《残心ざんしん》がある。

 俺は聖剣が壊れてすぐ《残心》を鞘から抜き、剣聖スキル《居合》を再現して魔王を斬ったのだ。


 ちなみに、かつてあれほどポキポキと折ってしまった《残心》の刀身は今、刃こぼれすらしていない。

 俺の剣術はもはや《リペア》を必要としない。


「別に聖剣なんていらなかったんだよ」


 俺はずっと、魔王を返り討ちにすることだけを考え、剣術に勤しんできた。

 ときには笑われ、ときには石を投げつけられることもあった。

 それでも俺は、鋭くもろい刀を振り続け、高みを目指してきたのだ。


「うぐ、ぐぐぐっ……グオオオオオッ……オノレ、許サヌ。許サヌゾ……!」


 おっとりした女性の口から、デスボイスが聞こえてきた。


 そう、これが『魔王』本来の人格なのである。

 魔王──いやアルルガルトという少女は、魔王という概念を象徴する「魔神」の宿主でしかなかったのだ。


ワレ再臨サイリンシタアカツキニハ、必ズヤ貴様ラ人間ヲ滅ボシテヤル……セイゼイ壊レタ聖剣ヲ後生大事ニマツリナガラ、指ヲクワエテ見テオレ。卑シイ人間ドモメ」

「壊れた聖剣? ああ、これのことか」


 俺の手には、光り輝く聖剣があった。

 それを見た魔王──いや魔神は顔をしかめ、憎しみのこもった眼差しで俺を睨みつけてきた。


「ナ、ナゼ聖剣ガ元通リニナッテオルノダ!」

「《リペア》の魔術を使ったんだよ。お前も魔神なら《リペア》くらい知ってるだろ」

「魔剣ノ《オーラ》ニヨッテ破壊サレタ聖剣ハ《リペア》ゴトキデハ復元デキヌ! ……モシヤ貴様、聖女ノ転──グワアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 俺は魔神のセリフを最後まで聞くことなく、聖剣のサビにした。

「あいつ……マジでやりやがった」「うおおおおおおおっ! 勇者バンザイ!」という声が、人垣から聞こえてきた。


 これでようやく、死亡フラグを回避することが出来た。

『SB』の原作および俺の筋書きとはかなり違った展開となったが、結果オーライ。


 しかし油断は禁物だ。

 俺は周囲を見渡し、状況を確認する。

 場合によってはリディアの援護をしなければならなかったのだが、どうやらその心配はなかったようだ。


「セインくん!」


 魔王を倒して死亡フラグをへし折り、気が抜けていたところ。

 全ての敵を倒したリディアにいきなり抱きつかれ、思わず後ろにふらつきそうになった。

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