ゲーム序盤で死ぬモブヒーラーに転生したので修行したら、なぜか真の勇者と崇められた ~ただ幼馴染ヒロインと自由気ままに暮らしたかっただけなのに、成り上がりすぎて困ってます~

真弓 直矢

第1話 状況確認と今後の方針

「うわ……これはラスボスになぶり殺されそうなモブ顔だな」


 川の水面みなもに写るのは、ただ端正なだけで何の特徴もない顔立ちの少年。


 それはまさに、俺が日本でやり込んでいたゲームの、序盤で主人公たちをかばって死ぬモブ回復術師。

 その子供時代そのものだった。


 ……ああ。目が覚めてから嫌な予感しかしなかったが、やっぱりか。

 先ほど起こった出来事を思い出しながら、徐々に危機感が湧き上がってくるのを感じた。



◇ ◇ ◇



 13日の金曜日。

 日本のストレス社会に生きる俺は、社員寮の自室でやけ酒を食らっていた。


 ブラック職場とパワハラ上司のせいで溜まったストレスを解消するため。

 そして「周りは結婚し始めているというのに自分には彼女すらいない」という、惨めな現実から目をそらすため。


 酒を飲んでハイになったあと、いつものように強烈な睡魔に襲われる俺。

 いつものように眠気に身を委ねて、ベッドに潜った。


 ──そして目が覚めたときにはすでに、異世界の聖堂に立っていたのだ。


 祭壇前に立っていた女性司祭からいきなり「くすっ、あなたの天職は《回復術師》です……ぷぷっ」と笑われた。

 ベンチに座っていた子供たちからは「うーわダッセ!」「戦えない男なんて人間失格ね」「女の子みたいでかわいいー!」などとバカにされた。


 現代日本とは明らかに異なる環境で目覚めた挙げ句、いきなり笑われて頭が混乱する俺。


 そこに一人の少年が現れた。


 その少年は、俺が好きだったゲームの主人公シン……の子供時代を彷彿とさせる顔立ちをしていた。


 よく分からないが、もしかしたら助けてくれるかもしれない。

 そう思っていた俺に、シンが浴びせてきた言葉は……


「主人公の幼馴染つってもしょせんはモブか。まあゲーム通りつったらゲーム通りだけどよ。こんなザコ、いずれ勇者になるオレの幼馴染にはふさわしくねえな」


 主人公、モブ、ゲーム、勇者……

 その言葉に思わず背筋が凍る。

 その直後、大量の記憶が入り込んできて頭がパンクしそうになった。


 詳細は不明だが、俺は意識をロックされた状態で、異世界の「セイン」という男児に転生してしまったらしい。

 そのセイン少年が天職判定を終えた直後に「俺」の意識が表出し、たったいま意識・記憶・知識が統合されてしまったようなのだ。


 さて、自分が「誰」に転生したかが判明した。

 すると自分が「何者」なのかが、おのずと分かるものなのだ。


 俺が転生した人物の正体。

 それは、とあるゲームの『序盤で主人公をかばって死ぬモブ』である。


 すべてを悟った後の行動は、流れるようにスムーズだった。

「ザコが逃げやがった!」という主人公シンの笑い声を背に聖堂を出た俺は、自分の顔を確認するために川を目指した。


 本当は鏡を見るべきなのだろうが、セイン少年の記憶によると、鏡なんて高級品は貴族の屋敷か教会にしかないらしい。

 セインたち平民はいつも、水面に反射する鏡像を使って身だしなみを整えているという。


 結局俺は、街を流れる川のほとりに到着した。

「本当にあの『モブ』に転生してしまったのか?」とやや現実逃避しながら水面を見つめ、ペタペタと顔を触り、今に至る。



◇ ◇ ◇



「ヤバいぞ、このままだと魔王に殺される……!」


 俺はシミュレーションRPG『セイクリッド・ブレイド』──略して『SB』の内容を思い返す。

『SB』をやったのは学生時代の話だが、裏設定を楽しめるくらいには大好きだったのでスムーズに思い出すことができた。


 ──魔王に故郷を焼き払われた勇者(主人公)が、仲間や兵士を集めて魔王城に進軍し、勇者のみが扱える聖剣を使って魔王 (ラスボス)を討伐する──

 これが「勇者と魔王の聖戦」を描く『SB』の大まかなストーリーだ。


 ゲームの序盤。この街は「勇者の住む街」として目をつけられ、魔王軍に襲われる。

 そのときセインという男が、勇者主人公と幼馴染ヒロインを助けるために勇者のふりをした。

 結果、セインは目論見もくろみ通り魔王に惨殺されてしまうのだ。


 ……そう、何を隠そう「セイン」とは俺のことだ。

 俺は8年後、街ごと焼き殺される運命にある。


 だったら……


「ラスボスなんて俺が返り討ちにしてやる……って言えたらいいんだけど《回復術師》だからなあ……」


 この俺セインの天職は、下級職 《回復術師》。

 回復魔術を中心とした白魔術で後方支援を務める、非常に重要なポジションだ。


 しかしそんな《回復術師》にも一つ問題がある。

 それは、あまりにも弱すぎるということだ。


 HPや守備力が極端に低く、非常に打たれ弱い。

 また、他のクラスと違って武器や黒魔術が使えず、一切攻撃できないのだ。


 そして「攻撃できない」という性質上、魔術を無駄遣いしてレベリングしないと「下級職のままエンディングを迎えた」なんていう事故が起こりやすい。

 っていうか俺は初見プレイでやらかした。


 ──重要かつ最弱であるがゆえに、誰かが守ってやらなければ真っ先に狙われ、一方的に殺される。

 それが最弱職 《回復術師》のユニットが持つ宿命だ。


「でも《賢者》にクラスチェンジすれば……」


《賢者》は、《回復術師》を始めとする魔術師系の上級職。

 白魔術も黒魔術も両方使え、攻守万能なユニットとしてオールラウンドに使える。


 クラスチェンジするには、一定レベルまで上げたあと専用アイテムを使えばいい。

 ということでレベルを確認してみよう……と思ったのだが。

 何をやってもステータス画面が表示されることはなく、レベルの確認すらできなかった。


 ひょっとするとレベルの概念自体がないのかもしれない。

 もしそうなら、どうやってクラスチェンジするんだろうか。


 疑問を解消すべく、意を決して聖堂に戻った。

 さっき俺の天職を鑑定し、そしてみんなの前で俺を嘲笑った女性司祭が「一体どの面下げて戻ってきたの?」と言いたげに失笑していた。

 しかしそんなことは気にしていられない。


「あの、《回復術師》から《賢者》にクラスチェンジするにはどうすればいいんですか?」

「クラスチェンジ……? なんですかそれは」

「え、クラスチェンジって転職のことですよ。普通 《回復術師》から《賢者》に昇格するものじゃないんですか?」

「神から与えられた天職は一生変わりません。現実を受け入れましょう?」

「嘘、だろ……じゃあたとえば《賢者》は最初から、10歳の頃からもうすでに《賢者》なんですか?」

「そのとおりですよ?」


 そんなアホな話があるか。


 確かに『SB』でも、最初から上級職として加入してくるキャラはたくさんいる。

 将軍、騎士団長、公爵、歴戦の勇士、剣王、生きる伝説──そんな立派な肩書がつくようなキャラたちだ。

 でも彼らは俺たちプレイヤーが見えないところで努力して、クラスチェンジをしてきたはずなんだ。


 なのに俺が今いる異世界では、努力してもクラスチェンジできない?

 じゃあ才能が……神から与えられる「天職」とやらがすべてだとでもいうのか。

 ゲームの「クラス」はあくまで、その人の「生き様」でしかなかったというのに……


「まあ確かに。ごくまれに聖痕が現れて、天職が《勇者》や《聖女》に変わることはありますよ? でも剣が使えない人は《勇者》にはなれませんし、女性の《回復術師》以外が《聖女》になった例は一つもありません」


 女性司祭は「男の《回復術師》であるセインくんには一生縁のない話ですね……ぷぷっ」と口元を押さえながら解説してくれた。

 ついでに「レベル」や「ステータス」の概念についても聞いてみたが、「そんなの聞いたことがありません」と返された。


 ここは『SB』の世界であるように見えて、ところどころ違うところがある。

 クラスチェンジできないところといい。

 正義感が強いはずの主人公シンが、いきなり俺をバカにしてきた件といい……


 ここは、俺が大好きだったゲームの世界とは違うんだ……

 失望に似た何かを感じた俺は、聖堂をあとにした。


「何もしなければ死ぬ……でも俺は何をすればいいんだ」


 なんでよりによってセインに転生したんだ。

 負けイベントで死ぬモブのくせに、その上最弱だなんて、どうあがいても死亡確定じゃないか。


「──あ、セインくんっ……!」


 俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返る。

 すると、10歳児である俺から見ても小さい女の子が、俺を見て手を振っていたのが見えた。

 その笑顔はどこか引きつっており、まるで俺を心配してくれているようだった。


 誰だあの子……とは思わなかった。

 あの顔は、ヒロインの一人である幼馴染リディア……その子供時代のものである。


 セイン少年の記憶によると、リディアは8歳とのことだ。

「セインとリディアは2歳違い」というゲームの裏設定通りだ。


「シンくんから聞いたよ。セインくんは《かいふくじゅつし》さんになったんだね……」

「俺がいじめられるかもしれないって、心配してくれてるのか?」


 リディアは弱々しく「うん……」とうなずいた。


 転生直後から嫌でも気づいてしまったことだが。

 この世界における「男の回復術師」というのは、バカにされるような存在らしい。


 そういえばゲームでも、味方の回復術師は全員が美少女だった。

 男の回復術師といえば序盤のザコ敵と、そして「序盤で死ぬモブ」ことセインくらいなものである。


 たとえ男のヒーラーがいたとしても、護身用の黒魔術を備える《賢者》が大半だ。

 やはり「男は戦ってナンボ」ということなのだろう。


「でも、どんなセインくんでも大切な友だちだから。なにかあったらわたしが守ってあげるね?」


 リディアの言葉に「嬉しい」と思ってしまった。


 でも、ただ守られるだけでいいわけがない。

 ゲームでは実際、俺ことセインがおとりになったおかげで、リディアや主人公シンは生き延びることができたのだ。

 だから俺にも、リディアたちを助ける義務がある。


 正直、俺をバカにしてきたシンを助けるのはあまり気が進まない。

 シンが主人公でなければとっくに縁を切っている。


 でもリディアは《回復術師》の天職を得た俺を見ても、決してバカにしたりしなかった。

 むしろ変わらぬ友情を誓ってくれたうえに、「守る」と言ってくれた。

 まだ天職を授かってすらいない子供だというのに。


 なら、俺がすべきことは一つしかない。


「ありがとう。リディアのおかげで元気が出たよ」

「えへへ、よかった」


「これから行くところがある」と言ってリディアに別れを告げ、俺は冒険者ギルドへ歩を進める。

 そして決意を固めた。


 ──俺は逃げない、と。


 どうせ逃げたところで、8年後には魔王が大陸を支配し始める。

 結局、主人公が魔王を倒すまでは死と隣り合わせだ。

 下手をすれば魔族の奴隷として使役されることになるし、最悪の場合、戦争に巻き込まれて死ぬ。


 主人公シンがゲーム通り動いてくれればまだマシだが、その保証はどこにもない。

 なぜならゲームと大幅に性格が異なっているからだ。


 だがそれ以前に、俺が逃げたら主人公シンは魔王に殺され、魔王を止められる人間がいなくなる。

 俺には最初から魔王に殺されるか、魔王を殺すかの二択しかなかったのだ。


「与えられた才能を誰もがやらなかった方法で駆使する。そして誰よりも強くなる。それしか方法はない」


 たとえ世界中の人々から「ザコ」と笑われても。

 俺だけは自分の可能性を諦めない。


 可愛い幼馴染とスローライフするためにも、諦めるわけにはいかないんだ。


「強くなるためには武器がいる。武器を買うには金だ。さっそくダンジョンに行こう」


 幸い、俺にはゲームの知識がある。

 まあアテになるとは限らないけどな、いきなり外れまくってるし。

 けど役に立つ知識もあるはずだ。


 俺の知識が正しければ、この近所にあるダンジョンの上層はチュートリアルで登場するマップ。

 まあ現地人の間では「中級ダンジョン」と呼ばれているらしいが、パーティを組みさえすれば俺でもある程度攻略はできるはずだ。


「まずはギルドに登録して仲間を集めないとな」


 俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら、歩を進めた。

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