第9話 目的地。


 「はぁ。」


 イッタは間の抜けた返事をした。


 「行くぞ。」


 白丸は、落ち着いた声で繰り返す。彼らの目の前にあるものは、鉄塔だった。街の外れにある山の中腹を掠めて横切る、高圧電線を支えている鉄塔だ。その根元に彼らはいた。白丸曰く、ここが本日の旅の目的地なのだそうだ。宇宙を一周するかのような壮大な天の川を切り裂くように鉄塔のシルエットが立ち上がっていた。黒々とそよぐ森から鋭角的な鉄塔が夜を貫いている。ざわめく森の影と不動の鉄塔の影が対照的だった。初夏の夜は清々しく、でも—。


 「いや、あのさ。ここが旅の目的地って、しょぼくない?何かこう、夢がないというか。」


 「貴様の夢など知らぬ。でも、まぁ、ついてこい。旅は必ず終わらせねばならぬ。」


 「はぁ。」


 イッタは間の抜けた返事をした。それでも、白丸についていくことを決めた。元々、一人で旅に出て、もう帰らない予定だった。余り面白くなさそうだけど、白丸の旅に付き合っても予定全体への影響はない。途中にへんてこりんな夜の街の住人たちと言葉を交わしたのも遥か遥かの昔の出来事に思える。夜空は淡々と澄んだ光を彼らに振りまいていた。それは、星々が彼らの行いを肯定して、励ましているかの様に見えた。


 「では。」


 白丸は呟き、カエルらしくぴょんと飛び跳ねて、鉄塔の骨格にくっついた。背筋を伸ばして鉄塔の垂直に近い柱を二本足でぺとぺと登っていく。


 「鉄塔の最上部まで登るぞ。」


 イッタはその白丸のセリフが面白くて笑ってしまった。あははは、と場違いな明るさで声は響いた。


 「いやいやいや。鉄塔に登るって、何それ?小学生じゃあるまいし。白丸ってさ、時々面白いこと言うよね。」


 白丸はけろけろと笑っただけで、質問には答えなかった。そのまま垂直に近い鉄塔を二本足で登っていく。しばらくは眺めていたイッタだったが、白丸が自分の身長を超えて登っていき、ついには目で見えない高さに消えていったところで、ようやく白丸の話は冗談でもなんでもない事に気がついた。星空に影を浮かび上がらせる鉄塔は高く、その先端は闇に溶け込み、どれほどの高さがあるのか、推し量ることすら出来なかった。思わず本音がこぼれた。


 ……まぢか。

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