4話 錬金術

 ジョージとのフレンド登録を済ませ、俺は『輝剣屋スキル☆ジョージ』を後にした。


 ジョージいわく、


『NPCには名前が表示されてるけどぉん、プレイヤーは任意で名前を表示、非表示設定ができるのん。私は非表示設定ねぇん。これはPvPが多発するゲーム上、名前だけで敵対関係であるプレイヤーだと特定しづらくなるような措置なのよねぇん。見た目を偽装できるスキル持ちには、いい配慮よねぇ……』


 とのことだ。



 やはり、プレイヤー同士での戦闘が多いこのゲームは、プレイヤー間での遺恨が残りやすいようだ。

 つまり、見た目だけでプレイヤーを特定しろという要素もあるわけだ。

 フレンドになったり、戦闘状態になると相手のキャラ名が非表示設定に関わらず表示されるらしい。


 俺はさっそく自分の名前を非表示設定にしておく。


 他にも細かい設定項目があったのだが、めんどいので読み飛ばす。

 あとでいいや。


 ちなみにサービス初日なのにジョージのLvが10だったのは、雄輝ユウキ晃夜コウヤと同じようにベータテスト組だったからだ。

 

 ベータテストの時点でレベルの上限は10だったらしく、ジョージは現時点で最高レベル。道理で自分の店をサービス初日の時点で持っているわけだ。

 

 ジョージは生産職であり、装飾スキルに力をいれているらしく、ダンジョンで持ちかえった素材を元に、輝剣アーツや装飾品、アクセサリーを生産してプレイヤーに販売しているらしい。



「はぁ……オカマか」


 クラン・クランの世界である『ツキノテア』で、記念すべき最初のフレンドが色黒オカマだというのは少々残念な気もするが、いい奴そうなのでとりあえずフレンドになっておいた。


 かくゆう俺もネカマみたいなものだしな。

 ヒトのことはとやかく言えない身である。


 ネカマとはリアルは男だが、ネットゲーム内では女を演じる者の総称である。

 今のは俺は正確には、現実に女体なわけでネカマではないかもしれないが、断固として男を主張したい。



「はぁ……」


 市役所・病院に行ったら、精密検査なりを受けて、女性って判断されるのかな、やっぱり……。


 ま、まぁ……。今はいいや、そんなこと。


 暗い不安を無理矢理に押しつぶし、ゲームへと意識を戻す。

 とにかく、ジョージはベータテスターなだけあって、フレンドになっておけば有益な情報を提供してくれそうだ。そんな打算的な部分もあったりした。


 そして俺は今、クラン・クラン最初の都市である『先駆都市ミケランジェロ』を探索している最中である。 

 というより、錬金術で使えそうな素材探しである。


 ジョージいわく素材はフィールド、都市外で採取できるが都市内でも発見できるとのこと。 


 現在時刻は10時20分であり、姉との合流時間が11時という観点から、フィールドにでるというのはやめておく。

 姉との集合場所『教会』というのも位置を特定できていないので、『教会』を探しがてら、素材も探すという方針だ。


 おれはそこらを適当に歩きつつ、ときおり道の横においてあるツボや木箱の中身を物色していく。


「わりとごろごろ落ちてるもんだな」


 何も入っていないパターンも多かったが、ツボからは『水』が採取でき、木箱からは様々なモノが採取できた。

『ミコの実』や『ふん』『馬のふん』、『牛のふん』、『雑草』、などがでてきた。水やフン、雑草は名前の通りなのだが、『ミコの実』は何なのか全く見当もつかない。


 説明文を読んでみても、【栄養価が高めの実】と書いてあるだけだ。 

 見た目も2センチ大の、ごく普通の赤い木の実だ。


 他に変わったモノといえば、日の当らない路地裏の隅に『コケ』や『カビ』という素材も少量だが手に入った。また、石畳いしだたみが何かの衝撃でめくれていたので、砕けている箇所を調べたら『硬石こうせき』なるものもいくつか入手できた。



「素材も集まったし、試しに錬金してみようかな」



 俺は陽が届かない路地裏の地べたに座り、『銅の天秤』を使用する。


 天秤とは、てこの原理を利用して質量を量りたい物体とおもりを吊り合わせ、物体の質量を計測するのに用いられる器具である。


 使用と同時に、アイテムストレージから天秤が具現化される。



「おおー」



 天秤の左右の上皿には何も乗っていなく、天秤の均衡は保たれている。

 さて、さっそく錬金といきましょうか。



 アビリティ『変換』は素材やアイテムを上位変換、もしくは下位変換できると記されている。

 つまり、元の素材を、より良い物にすることができたり、またその逆も可能といったところだろう。


 まさに鉄を金に変化させる、錬金術にふさわしいアビリティだ。



 まず、一番入手量の多かった『水』をアイテムストレージから出す。

『水』はワインボトルのようなビン製の中に入っていた。

 それをそのまま、天秤の左の上皿に置いてみる。


『水』の重さで天秤が傾かないのが気になるが、まぁいい。

 これで準備は整ったはずだ。



 アビリティ『変換』を発動!



 …………。


 ……。





 天秤も『水』も何も変化が起きない。




「上位変換!」


 美声を出しても、変化は訪れない。

 うーむ。何がいけないのか。

 

 おれは『水』をジッと眺める。

 ワインボトルっぽい形のビンに入れられた水。上にはコルクのようなもので栓が閉められていた。


 これだ!

 栓を開放しなければ錬金はできない?


 キュポンッと小気味よい音を立てて、俺は『水』を開封する。

 そして、再び左の上皿に置いてアビリティを発動する。


「上位変換!」


 しかし、またしても無反応。

 どういうこった。


 まさかとは思うが、この薄っぺらい上皿に直接水をこぼすとかじゃないだろうな?

 水は12本あるので、1本ぐらい無駄にしても構わないだろうと判断した俺はゆっくりとビンを傾け、水を天秤皿の上に注いでいく。


 すると不思議な現象が起きた。

 重力に従って流れていった水は、皿に接触する前で落下運動を止めたのだ。


 そのまま空中で球体状に変化し、とどまったのだ。

 更に、『水』の容器であったビンは、中身が空になると白いエフェクトと共に消失していった。



「すごい……まさに、ファンタジーだ」


 そして、水球が浮遊している左皿側の方へ、天秤は傾いて・・・いるようだった。


「ほう……」



 天秤が傾く = 『変換』の素材として認識されたという推論をたててみる。


 なんだかわくわくしてきた。こういう研究っぽい感じで、段階を踏んで解明していくのは、いかにも錬金術っぽいではないか。


「コホン」


 では、再三アビリティ『変換』を発動させてみる。


「上位変換!」


 しかし、今回も特に変化は見られない。

 水球も天秤も沈黙のままだ。

 

 やはり、まだ何かが足りないようだ。



 そもそも『水』という素材は『変換』できないという可能性もあるのだが、まだ諦めるのは早いはず。

 素材の置き方は工夫したのだ。アビリティも習得し、発動もしている。

 

 なのに何故、変化が起きないのか。

 

 考えられる事は単純に物量が足りない。

 これぐらいしか思いつかなかった俺は、次々とビンを空け、水球体に注いでいく。

 水球はどんどん大きくなり、それに比例して水球の下にある皿の傾きも一際大きく沈んでいく。


 なにより、天秤自体が巨大化していく。

 これは……。


『水』を10本、空けたとき変化はおきた。


 かたむいていた天秤が、急に均衡きんこうを保ったのだ。

 明らかに先ほどまで、水球が浮いている左皿の方が沈んでいたのに、今は両方の皿が平衡だ。


 左の皿には『水×10』分の水球、対する右の皿には何も存在しないのに、両の皿の質量は同等だと示す。


 それ、すなわち!

 変換すれば、『水』の上位版素材が右の皿に現れる!



「上位変換!」


 目論見通り、天秤は眩くひかり————

 左にあった水球は消え、右の皿の上には濁った水球が浮遊していた。



:水×10の上位変換、失敗:

:汚水×5ができた:


:レシピに水×10の上位変換、失敗 → 汚水×5が記録されました:




 無情なログが出てきた。


 ……失敗。



・汚水【きったない水】



 ま、まぁ天秤の使い方と原理が把握できたことだし、良しとしよう。

 だが、これはおもしろい。


 それから何度か手持ちの素材を使って、アビリティ『変換』を試していった。そこで、わかったことをまとめてみると、このようになる。


 まず、素材をグレードアップさせる上位変換について。

 左の皿に素材を置き、天秤が均衡するまで同じ素材を置き続けていく。

 素材によっては上位変換するのに必要な数が違うようだ。


 フン系は3個、左の皿に置いたら天秤は均衡し上位変換できた。


 そして、どんな上位変換も変換前よりも総数が減っている。



「上位変換は同じ素材を大量に消費して、1ランク上の素材を作り出すって感じか……」



 逆に下位変換については、右の天秤に素材を一つ乗せるだけいい。

 一つ乗せた時点で天秤は平衡し、『下位変換』アビリティも発動した。


 そして、下位変換の大いなる特徴は、一つの素材に対し、変換率が増えるということだ。


 結果はこの通りだった。



上位変換


ふん×3      → 薫るふん×1 〈成功〉

うまのふん×3   → 黒い塊×1  〈失敗〉

うしのふん×3   → 茶色い塊×1 〈失敗〉


雑草×5      → 清潔草×1  〈成功〉


ミコの実×10    → クズの実×1  〈失敗〉



 上位変換は失敗するにせよ、成功するにせよ元となる素材数よりも、少なくなることがわかった。




 次に下位変換だ。


水×1     → どろ水×10 〈成功〉

水×1     → どろ水×2  〈失敗〉


ミコの実×1    → チコの実×5 〈成功〉


硬石×1      → 石ころ×10 〈成功〉



 というわけで、下位変換は元となる素材数よりも増えることがわかった。



 

 さらにスキル錬金術がLv1→Lv2にアップした。


 スキルは使用する事でレベルアップが図れる他に、スキルポイントをふってアップすることができるらしい。スキルポイントはキャラのレベルが上昇すると手に入るらしい。


 とにかく、手持ちの素材全てを錬金素材に使用してしまったから、これ以上錬金を続けることはできない。だが、これはなかなか奥が深そうなので、どんどん試していきたい。


 特に『水』の上位変換が、どんな素材を生みだすのか気になる。

 非常に気になる。


 そんなとき、ふと路地裏のタルの上にビンが一本置いてあることに気付いた。


「水!」



 おれは躊躇うことなく、そのビンを奪取する。


 はたから見れば、日陰道で水分に飢えた少女が一人、必死になってビンを取ったように映っただろう。


 これで『水』×1ゲットだぜ!


 しかし、ログに流れた文は信じられないモノだった。



『上質な水×1』を手に入れた。




 これは、まさか。

 説明文をすぐに読む。


・上質な水【普通の水より透き通っていて、上質な味わい】



 まさか……。


 素早く天秤を出し、『上質な水』を右の皿に注ぐ。

 透明度が普通の水よりも明らかにあって、球体が美しい。


 いや、今はそんなのに感動している場合ではない。

 天秤が平衡になっているのを確認し、おれは『変換』を発動させる。


「下位変換!」


 すると右の皿の綺麗な球体は消え失せ、代わりに左の皿に10倍ぐらい大きな水球が出現した。



:上質な水×1 → 水×10 下位変換成功しました:



 ……。


 …………。



 おい。


 『水』×10を錬金術で『上位変換』して、やっと成功して手に入る素材『上質な水』が、道端に落ちてるっておかしくないか?



 上位変換して、『上質な水』×1を錬金術で作り出すより、そこらへんに落ちてるビンを拾った方が、遥かに効率がよいと……。


 わざわざ錬金する意味。




『錬金術なんてゴミスキルを売っておきながら……』


 ジョージが俺に錬金キット、〈銅の天秤〉を譲ってくれた時の言葉が脳裏をよぎる。



 ……。


 いや、まだ錬金術がゴミスキルだと断定するには早い。

 こんな虚無感に屈してなるものか。


 俺はおぼつかない足取りで、路地裏から表通りに移動する。


 道行く傭兵プレイヤーたちは、各々の武器をたずさ意気揚々いきようようと歩き回っている。


 反比例するように、俺の足取りは重い。



 残金200エソ。

 アイテムストレージには、錬金術で生み出した用途不明な素材ばかり。


 周囲のにぎやかさに反して、俺の気持ちは沈んでいった。


 センチメンタルな気分に呼応するかのように、クラン・クラン内の時刻が夕方に差し掛かったらしく、夕日が街を茜色に染めていく。


「くっ……」


 暗い気持ちに拍車が掛かり、ウン白をした瞬間の宮ノ内みやのうちあかねちゃんの驚きに満ちた表情を思い出してしまう。



 さらに憂鬱になり始めた俺の視界に、とあるモノが映った。



 

 それは男女二人組の傭兵プレイヤーだった。

 その二人組は、ゲームの中だというのに仲睦なかむつまじそうに手を繋いでいた。


 暮れなずむ異世界ファンタジー風な街で、相思相愛な二人。

 二人の坂道を下る足並みは、軽やかだ。



「ちっ」



 まるで、二人の周りにだけピンク色のオーラが幻視できるほど、リア充、いや、ネト充な雰囲気が漏れ出ていた。



 俺は好きな子の目の前で、ウンコを漏らすことしかできなかったのに……。

 奴らときたら……。


 ここはPvPがメインと謳われている、クラン・クランの世界。


 ヒトとヒトが争い、奪い合う世界。

 

 ヒトの欲望と希望が渦巻くドス黒い世界。





 俺は決めた。


 幸せそうに両頬を朱色に染め、微笑する女性プレイヤーを見て。


 ハニートーストよりも甘い、とろっとした表情を浮かべる男性プレイヤーを見て。



 おれはこの『ツキノテア』という幻想の世界で、リア充を滅していこう。



 現在時刻は10時45分。

 姉との合流時間まであと15分と、時間はまだある。



「フフフッ」


 きっと今の俺は、美少女らしからぬ、極悪非道な微笑みが顔面に広がっているだろう。

 俺は二人の背後へと慎重に、音もなく近づく。

 

 そして右手を手刀の構えに変える。

 狙うはねちっこく指を絡めている、リア充の、ネト充の紡がれた手。


 そこに、おれは最速のチョップ・エンガチョをふりおろした!



 お前らの縁は俺が断ち切る!



「セイッ」


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