第99話 診察しよう
何かを話そうとする患者のうんちまみれの手を優しく握る。
「むりに話さなくていい」
「あ……あ……」
声帯が傷ついているのか、患者は言葉を話せないらしい。
目に涙を浮かべながら、うんちまみれの手で、あたしの袖をぎゅっと握る。
「お嬢様から手を離せ!」
トマスは目の色を変えている。あたしを危険から遠ざけることが従者の仕事なのだ。
「トマス、ごめんね。でも大丈夫。ダーウ、ヤギ、キャロ、コルコ抑えておいて」
「ばうばう」「めえ~」「きゅきゅ」「こぅ」
「離さぬか!」
トマスに謝って、あたしは診察を開始する。
「もう、大丈夫だからね。話さなくてもいいよ」
優しく声をかけながら、患者の様子を目で確認する。
うんちまみれだからよくわからないが、きっと五十から六十歳前後だとあたしは思った。
年の割に筋肉質だが、衰弱しきっている。
「スイちゃん、きれいにできる? 見えにくくて」
さっきダーウにしたように、魔法でうんちをきれいにできないかと思ったのだ。
「できるが、体力がないと危ないのである」
「あ、そっか」
お風呂に入るのは体力を使う。
衰弱しきった病人をお風呂にいれるのは少し危ないかもしれない。
「とりあえず、ふくをぬがせて……あれ? これぼたんどこだろ?」
患者の服はうんこまみれのせいか、ボタンが見つからない。
「……てつだう。ロアちゃん、ミアを持ってて」
ミアというのは、サラがいつも持っている棒人形の名前だ。
「りゃむ!」
ロアは真剣な表情で、サラからミアを受け取る。
「サラちゃん、はなれて」
「はなれない。ルリアちゃんもはなれないでしょ?」
そういって、サラは患者の顔に付いたうんちをハンカチで拭う。
あたしはハンカチとか持っていないが、サラはちゃんと持っているのだ。
「こういう服は、このあたりにボタンが……ね?」
サラは手際よくうんちまみれの服のボタンを外し、肌着をずらし、お腹を出させる。
お腹にも腫れ物が大量にできて、膿んでいた。そのうえ素肌までうんちまみれだ。
やっぱり、肥だめの類いに落ちたのだろう。
「あ……あ…………。ああ」
患者は涙をこぼす。
全身に腫れ物が出来て、苦しんでいるときに肥だめに落ちるとは。
なんて可哀想なのだろうか。
「だいじょうぶだよ。肥だめにおちるとかなしいものなぁ」
「ルリアちゃん、肥だめにおちたことあるの?」
「…………なんというか、きもちはわかる」
前世のことだし、トマスが聞いているので、落ちたことがあるとは言えなかった。
あたしを虐めていた従妹の王女に、突き落とされたのだ。
本当に臭かった。傷に凄くしみるし、ばい菌が入って腫れあがるのだ。
あたしが治癒魔法の使い手でなければ、肥だめに落ちたことで死んでいたかもしれない。
「でも、だいじょうぶ。すぐ治るからな」
「よいしょよいしょ。スイちゃん、おねがい。服をきれいにして」
「任せるのである」
サラは男の服を下半身の下着以外全部脱がせると、スイに手渡した。
スイは水球を巧みに使って、衣服をきれいにしていく。
同時に、サラはハンカチをスイにきれいにして貰いながら、うんちを拭っていく。
「てつだう」
あたしも袖をつかって、うんちを拭う。
汚れると、すぐにスイがきれいにしてくれる。
あたしとサラが、肌に付いたうんちを大体綺麗にすると、
「下着ぐらいなら、着せたまま洗っても、大丈夫であろ」
スイは患者の履いているうんちまみれの下着をきれいにしてくれた。
うんちを除去し、素肌がみえるようになると、症状がかなり重いことがわかる。
全身を覆う腫れ物は、数え切れないほどだ。
腫れ物の大きいものはあたしのこぶし大もあり、小さいものは小指の爪の先ほどだ。
その全てが膿んでおり、じゅくじゅくと血を滲ませている。
その状態でうんこまみれだったのだから、かなりまずい状況だと言っていいだろう。
腫れ物から、体内の血の中に汚れたものが入りかねない。
清潔なはずの体を流れる血の中に、汚れたものが混じると人は死ぬのだ。
「ア……ア……あぁ」
「さむいか? すまぬな? もう少しだからね。サラちゃん、服をきせてあげて」
「うん、わかった」
服を綺麗にして初めて気づいたが、服自体は上等なものだった
あたしも少し服を着せるのを手伝ってから、従者に言う。
「トマス、みなかったことにしてな?」
「お嬢様なにを……」
あたしは返事をせずに、魔法で診察を開始する。
人前で魔法は使うべきではない。
だが、ここで治療しなければ、多分、一時間もたたずに患者は死ぬだろう。猶予はない。
「ふうむ?」
あたしも知らない症状だった。
喉にまで腫れ物ができており、呼吸も辛い状況だ。
しゃべれないのは、そのせいだ。
そのうえ、胃の中には寄生虫がいて、胃壁を食い破ろうとしている。
だが、腫れ物は、寄生虫が原因ではない。
「……原因はなんだろ? あ……」
診察して、体内の奥の奥まで調べて初めて気づけた。
呪いの気配がある。
「どういうこと?」
いままで、呪いならすぐに気づけた。だが、じっくり調べるまで気づけなかった。
あたしはクロの目を見る。
『どしたのだ?』
「……のろわれてる」
トマスにも聞こえないほど小さな声でぼそっと言う。
聞こえた人は、サラと患者本人だけ。
もっとも、患者は苦しんでいるし聞いている余裕はないに違いない。
『そんなはずは……あ! 本当なのだ』
クロでも気付けないほどの呪い。しかも効果は凄まじいものだった。
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