【9月6日コミックス1巻発売!】転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる

えぞぎんぎつね

前世

第1話 聖女が厄災の悪女と呼ばれるようになったわけ

 精霊に愛されし国と呼ばれるオリヴィニス王国。

 その王都の中央広場には、疫病に苦しむ数千の民が集まっていた。

 民の視線の先には、豪奢で美しいドレスを着た、頭に華やかなティアラをつけた聖女たる王女がいる。


「神の名のもとに我に従え。精霊よ! いまここに神の奇跡を顕現を!」

 聖女たる王女は神の名のもとに精霊に命じ、治癒魔法を一気に数千の民に治癒魔法を行使した。

 これほどの大規模魔法の行使など常識では考えられない。

 まさに聖女は規格外な存在なのだ。


「おお、体が楽になっていく……」「ありがてえありがてえ」

「神様、聖女様……」

 たちまち、数千人の病が癒されていく。


「皆さまに神の祝福を」

 聖女たる王女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべると、王家の象徴たる美しい銀髪が風になびいた。

 それはまるで宗教画のように美しく、民が王女を聖女だと信じるに充分な光景だった。


 ……王女が乗って来た馬車のそばにもう一台馬車があることには、誰も気を止めていなかった。


 ◇◇◇


 もう一台の馬車の中には、男と少女がいた。

 少女の首には「隷属の首輪」がはめられている。

「隷属の首輪」は、命令に逆らえなくなる魔道具だ。主に奴隷や犯罪者にはめるものである。


「聖女」たる王女が神に祈っていたちょうどそのとき、

「おい、クズ。命令だ。病気の民たちを全員癒せ」

 そう言って男が女の顔を鞭で殴った。


「……はい」

 女は逆らわず広範囲治癒魔法を行使する。

「聖女」たる王女のセリフに合わせて、数千人の病を癒していった。


「よかろう」

 そういって、また男は少女を鞭で殴った。

 意味はない。ただいじめるために殴っているのだ。


 真の聖女たる少女が調子に乗らないようにするというのが、鞭で殴る名目である。



 少女の名はルイサ。

 先王の娘にして、現王の姪。かつてはルイサ・オリヴィニスと呼ばれていた元王女だ。


 十年前、ルイサが五歳の時のこと。

 名君として名高かった父と優しかった母が、弟である現王に殺され、ルイサも死んだことにされた。

 現王はルイサを殺すつもりだったが、聖女の力は便利すぎた。


 数千の魔物の襲来も一人で防ぎ、疫病の大流行を癒し、旱ばつの際は豪雨を降らせることができるのだ。

 だから、ルイサを死んだことにして、隷属の首輪をつけ支配することにした。

 先王の暗殺に協力し国教となった「唯一神の教会」

 その聖女とされている王女のかわりに、ルイサは奇跡を行使させられていた。


 住処は家畜小屋。

 万一顔を見られても気付かれないように、顔を特に殴られ、抵抗する気力を奪うため食事は三日に一度。

 普通ならばとっくに死んでいる環境だ。


 だが、ルイサは真の聖女。

『るいさー。しなないで……』

 ルイサにしか見えない精霊が、ルイサにしか聞こえない声で元気づけてくれた。


 精霊たちは、人間たちから罵倒しかされないルイサの話し相手になり精神的に支えてくれる。

 三日に一度少量の食事しかもらえないルイサの肉体を補うために魔力をくれるのだ。


「ありがと。ロア」

 ロアというのは、精霊王の名だ。

 自然そのものである精霊を統括する存在で、強大な魔力を持つ赤い小さな竜の姿をしてる。


『ぼくたちが……直接世界に力を及ぼすことができたなら、隷属の首輪も壊せるのに』

「しかたないよ」


 精霊は物理的な存在ではない。現世には生物を介さないと力を及ぼすことはできないのだ。

 普通の魔導師は、自我のないほど幼い弱い精霊からごく微量の魔力を借りて、魔法を行使する。

 だが、聖女たるルイサは、精霊王の力をそのまま使えるのだ。


「ぼくはだいじょうぶ。あんしんして」

「うっせえぞ! ひとりごといってんじゃねえ!」


 馬車に乗っていた男が鞭でルイサを殴った。

 精霊の声はルイサにしか聞こえないのだ。


 ルイサはいじめられてもじっと耐えていた。

 五歳という幼い時から徹底的にいじめられ、抵抗する気力を奪われていたというのもある。

 それに、自分がいじめられることで、民が救われるならそれでもいいと、あきらめてもいた。

 民は、優しかった父母が大切にしていた存在なのだから。


 ◇◇◇

 治癒魔法で疫病を癒した数日後。

 ルイサは「唯一神の教会」の総本山にある部屋に連行された。


 総本山の中にある壁も天井も床も石でできた、天井の高い広い部屋に。


 その部屋の中央には何に使うのかわからない巨大な魔道具らしきものがある。

 壁際にはその魔道具から繋がった円筒状の金属製の箱が並べられていた。

 部屋の中には綺麗な服を着た大勢の唯一神の教会の聖職者がいた


『るいさ、嫌な予感がする』

 精霊王ロアが心配そうにつぶやいた。


 そんなロアが見えるわけがない聖職者が言う。

「ここに手を触れて魔力を流しなさい」

「……はい」

 わけもわからずルイサが、魔力を流す。すると、


『『『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!』』』

 ルイサにしか聞こえない、耳をつんざくような精霊の悲鳴があがる。

 どうやら、金属製の箱の中には精霊が入っているらしい。


「えっ」

 慌ててルイサは魔力を止める。


「なに止めてる。命じる。ここに魔力を流しなさい」

 逆らえない。だが、血を吐きそうになりながら、歯を食いしばって、ルイサは耐える。


『なんていうことだ。精霊を殺して……結晶にする気だ……』

 ロアが呆然とする。


「どういうこと?」


 ロアに尋ねたのだが、ロアの声も聞こえず姿も見えない聖職者が自分が尋ねられたと思ったのだろう。

 楽しそうに語り始める。


「魔物を倒した時に魔石が出るだろう? それと同じように精霊を殺して、精霊石を取り出すんだよ。画期的だろう?」


 聖職者は語りたくて語りたくて仕方がない様子だ。楽しそうで誇らしげだった。

 新技術を自慢したくて仕方ないのだろう。


「なぜ、そんな、ことを……」

「なぜ? 愚問だ。人が自由に奇跡を使えた方がいいだろう」

「ただ、それだけのために……」

「精霊は、神の名のもとに人に支配されるべき存在なんだ」


 それは唯一神の教会の基本教義だ。

 だから聖職者たちはそれが正しいと信じ込んでいる。かけらも疑っていない。


 精霊を殺すことも捕えることも、通常できないはずだ。

 どういう仕組みかはルイサにはわからないが、どうやら唯一神の教会は精霊をとらえる技術を編み出したらしい。


「捕らえたはいいが、並みの人間の魔力では精霊を殺すには足りないんだ。命令だ。さっさと魔力を流して精霊を殺せ」

「やだ!」


 隷属の首輪をつけられて十年。初めてルイサは逆らった。


 十年間、ルイサの名を呼んでくれたのは精霊たちだけだ。優しくしてくれたのも精霊たちだけ。

 そんな精霊たちに苦痛を与え殺すなんて、ルイサは絶対にしたくなかった。


 隷属の首輪の強制力に逆らうと、ひどい苦痛に襲われる。

 殴られるような強烈な頭痛に内臓全部にナイフを突きたれられているかのような尋常ではない痛み。

 全身の骨が毎秒ごとに砕かれ続けているかのように痛い。


 それだけでなく、意思には関係なく、命令に従い手が動き魔力を流そうとする。


『ルイサ! これ以上隷属の首輪の強制力に逆らったら死んじゃうよ!』


 ロアが悲鳴をあげる。


 隷属の首輪は魂を縛る呪い。

 逆らい続ければ、苦しいだけでなく、魂が壊れる。


「それ……でも」

『…………だいじょぶ、だよ。るいさ……ありがと』


 金属の箱に入れられ、先ほど悲鳴をあげた精霊たちがルイサに語りかける。

 精霊たちは今まで何度も、ルイサが自分に使った大丈夫という言葉を使う。


『るいさ、いきて』『だいじょうぶだから』

「命令だ! 手を触れて魔力を流しなさい!」


 一向に命令に従わないルイサに聖職者がしびれを切らして命令を繰り返す。

 そのたびに苦痛は増して、ルイサは意識を失いそうになる。

 だが、意識を失えば、体が勝手に命令に従ってしまうだろう。


 時間とともに自分の精神が削られていくのを感じた。

 このままだと、自らの手で精霊を殺す羽目になる。


 そんなことになるぐらいなら……

「みんな、だいじょうぶだよ」

 ルイサは微笑んだ。


『ダメ! 絶対ダメ!』

 ロアが泣き叫び、ルイサを止めようとしたが、間に合わない。


 ルイサは自分で自分の心臓を魔法で撃ちぬいた。


「これでだいじょうぶ。みんなありがと」


 ルイサがいなければ、精霊を捕えることはできても、殺すことはできない。

 だから、自害したのだ。


 聖職者たちが、慌ててルイサを救命しようと治癒魔法をかける。

 だが、聖職者たちの低レベルの治癒魔法で治せるわけがない。


「……とじこめられたままだとしんどいよね」


 ルイサは死ぬ間際。呪文を唱えた。だが、何も起こらなかった。

 そして、ルイサは死んだ。


「ちっ。死にやがった。つかえねーな」 


 死を確認した聖職者は、腹立たし気にルイサの死体を蹴り飛ばす。


「折角もう少しで悲願がかなうってところだったのによ」

「これどうします?」

「豚の餌にでもしろ」


 一人がそういうと、みんな笑った。


 次の瞬間。ルイサの体が発火した。

 死の間際に唱えた呪文が、死してより強い魔法となって発動したのだ。


 聖職者たちに逃げる時間はなかった。

 ルイサの身体は、爆発的に膨張、発熱した。まるで太陽のようだ。

 あまりの熱で唯一神の教会の施設は岩の壁も金属の建材も全て巻き込んで溶解した。


 精霊を捕えていた金属の檻も溶け、精霊たちは無事脱出した。

 精霊は物質的な存在ではないので、灼熱では傷つかないのだ。

 同時に、精霊捕獲の技術の研究成果も研究者も、全て燃え尽きた。



『よくも優しいルイサを。絶対に、絶対に許さぬぞ』

 愛し子であるルイサを殺され、ロアも精霊たちも激怒した。



 ◇◇◇◇


 ルイサが死んだあとのこと。

 王都を含めた大都市には雨が三年間降り続き、逆に穀倉地帯には三年間、雨が一滴も降らなかった。

 大地震が起き、津波が襲来し、複数の火山が噴火した。


 国民の三分の一が死に、貴族や民たちは唯一神の教会が神の逆鱗に触れたのだと考えた。

 それでも圧政を止めない王家に、ついに貴族と民がクーデターを起こした。

 信望を無くしていた王はあっけなくその地位を追われることとなった。


 国王一家は、聖女たる王女も含め、往来に晒され、怒り狂った民衆の投石により処刑されることとなった。


「厄災の悪女ルイサが! 呪いをまき散らしたのよ!」

 聖女とされていた王女が喚いたが、

「黙れ! 悪魔が!」

 投石は止まらなかった。

「ぎゃああああ、ルイサが、ルイサのせいで!」

 石が頭にあたり、皮膚が破け、美しかった銀髪は血塗れになった。


「りゅいざが……」

 最後まで王女はルイサのせいだと主張し続けた。

 死なないよう治癒魔術師に致命的な傷を癒やされながら、王女は投石により一本ずつ全身の骨が折られていった、

 三日後、歯を全て失い、全身の骨を折られ、醜く腫れ上がらせた王女は、生きたまま豚の餌にされたのだった。


 そして、聖女ルイサの名は、「厄災の悪女」ルイサとして伝承と唯一神の教会の聖書に記されることになった。


―――――――

1月6日に2巻が発売となります。

よろしくお願いいたします。

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