ワイナミョイネン。

 ローシュ様が言うには、女神イルマタール様に導かれて、セレッサとロヴァニエミの端にあるココへ来たらしい。

 そこで魔道具を探しに来たのだと、このお爺さんに伝えると、何が欲しいのかを聞かれ。


「ドアで何処へでも繋がれれば、と、それでセレッサにドアを運んで貰ったの。その間、お話を聞かせて貰ったのだけれど」


『ロウヒとイルマリネンは争ったまま、私がココで魔道具を管理しているのだよ。本当に、酷い事をしてしまった』


 ココに広まっているのはカレワラと呼ばれる叙事詩、ココの神話だそうで。

 けど転移転生者により広まった事で、神が操られる側となってしまった、らしい。


「物語に左右されまいと頑張ったそうなのだけど」

『因果律とでも言うのだろうか、争いを避けフィン族を纏め上げるつもりが、結局は物語に流されてしまった』


 ワイナミョイネン様は、気が付いたら既に居たらしい。

 そして少しだけ先の事を知ってて、どうしたら良いのかを分かってたって。


「改変される前の物語では、彼が最初の男性、天地創造の神なの」


『ギリシアやローマを追われた者が、エストニアからカレリアへ、そうしてフィンランドへ。その詩に書かれている野蛮な巨人だとされるカレヴィポエグ、彼らこそカレリア人。木を切り倒し畑を肥やす、ココでの生き方を事を教えてくれたのは彼らなんだ』


《そしてケルト、ドルイドも元になってらっしゃいますよね、世界樹信仰》


『神の声を聞き、神に従い、北へ北へと逃れた者が合流している。最早ココの者にドルイドである自覚は無いだろう、けれども確かに、神との繋がりを感じている』


《ファウスト、女神ケリドウェンの大釜を覚えてますか。ドルイドもまた、大釜を儀式に使ったとされているんです》

『そしてココではサンポと呼ばれている、それが何を意味するのか、分かるだろう』


《聖杯を奪い合う、争いが起きてしまったんですか?》

『あぁ、最も北にあるとされる地ポホヨラ、そこに居る大魔女ロウヒなる者が持っていると。王杯だと思った一族の者が争い始め、神話と同じ様に手先が器用な者をイルマリネンとし、争いながらも北を目指し始めた。そうして同じ様な争いが起こり、同じ様な悲劇が起きてしまった。神話と違う事と言えば、若い者が私が何を言っても止まらなかった事だった』


《でも、ロウヒ様もイルマリネン様もいらっしゃるんですよね?》


『争い合ったが、一神教の者や隣から恐ろしい話を聞き、一時は停戦もしたのだが。打倒一神教の為、再び争い合う事になり、ロウヒとイルマリネンは決別する事になった。そこでやっと、因果律から解放され、私が魔道具を取り上げたのだよ』


《では、大釜もココに》

『いや、アレはロウヒの物だ、美しい娘を持つ魔女ロウヒの物』


「ケリドウェン様に相当する方」

《ドルイド、マビノギオン、カレワラに共通する大釜の魔女。ですね》


『そう思うならそうなのだろう、お主らがそう思うなら、我々は我々を定義する事は不可能なのだよ』


「そうしてアナタは役目を終え、神々も幸せに暮らす死の国、トゥオネラへと至るのですね」

『ぁあ、パイヴァタールへ、アッカの元へ』


 お爺さんは話し終えると、すっかり止まってしまった。

 そうして指先から灰になると、暖炉から外へと行ってしまった。




《嘗ては人であったのかも知れませんね》


 ローシュ、泣いてる。


「はぁ、ね、どうしましょうね、この魔道具達」

《ローシュ様、返すにしても、会ってみては?》


「そうね、そうしましょう、宜しくねセレッサ」


 ローシュが影から2組のドアを出して、1組を家の壁に取り付けて。


 それから竜化した僕より大きいセレッサの手に運ばれて、着いたのは、イルマリネンって神様の家ぽっい。


『男の匂いがする、最初にコッチなんだね』

「成程。じゃあちょっとだけ、脅かしてみましょうか」


『老いる指輪?』


 指輪を付けて、ショートベールまで付けて。

 それから僕らに手で下がれ、って。


「失礼します、イルマリネン様のお宅でしょうか」




『どちら様でしょうか』

「老婆の、魔女の首輪を受け取りに参りました」


 ドアを押し開けられ、思わず彼女が来たのだと腰を抜かしてしまった。

 けれども彼女の声とも違う、重く、魔力の籠った声。


『そんな物は、作ってはいないんだ』

「あら、そう伺ってますが」


『そう言えば、そうすれば、その場が収まると思って出まかせを言っただけなんだ』


「そうですか。ワイナミョイネン様が幸福なる死者の国トゥオネラへと旅立たれましたので、魔道具をお返しに参りました」


『君は、ロウヒなのかい?』

「いえ、ローシュと申します」


『そうか、なら全ては彼女へ、ロウヒに渡して下さい』


「私が持ち去ってしまう心配は無いのでしょうか」

『ワイナミョイネンが君を家へと招いた時点で、信用される者だと言う事、そう託したのなら君の物と同義だよ』


「ワイナミョイネン様を殺し、略奪しただけかも知れませんよ」

『それ程の力が有り、魔道具を持っているなら、僕に太刀打ち出来るワケが無い』


「なら彼女に謝って下さい」


『謝って許される事では無いんです、帰って下さい』


 傷付け、酷い事を言ってしまった。

 そうして彼女はその通りに、老いてしまったのだから。




「締め出されちゃったわね」

『ね、次はロウヒの所かなセレッサ』


 そうだと言うかの様に、セレッサの手が開いた。

 中は柔らかく、暖かい、そして音も無く静か。


 ルツさんは勿論、アーリスもローシュも寛いでいるし、ファウストも。


《ローシュ様、大丈夫ですか?》

『涙、直ぐに引っ込んだね』

「泣いてもどうしようも無いし、片付けなきゃいけない問題が有るしね」


《イルマリネンさんが好きにして良いって言ってたのにですか?》

「善人、善神か分からない感じだし、念の為よ」


《ローレンス、随分と静かですね》


『こう、指を開けられてしまったら、落ちてしまうなと』


 ローレンスは意外に臆病と言うか。

 セレッサには、確か。


《大丈夫ですよ、セレッサには水掻きが有りますし、ほら》

『そっ、セレッサ、分かったから指を閉じてくれないかな』

《えー、良いじゃないですか真下が見えて》

『確かに、便利、偉いねセレッサ』

「凄い度胸ね、アーリスもファウストも」

『ローシュも怖いんですか?』


「だって自力で飛べないし、油断して死にたくないし」

『ですよねローシュ』

《いい景色なのに》

『ねー』


《ルツさんは、慣れですか?》

《私が死んだら嫌われるのはセレッサですから、そこを信頼して、ですね》


「にしても無理だわぁ、もう少し慣れないと」

《じゃあ一緒に落ちても良い様に、抱いておきましょうね》


「ありがとう、ネオスは大丈夫?」

『はい』

『君は、良く平気だねネオス』


『ずっと、ココへ来てから不思議な感じなんです、意識が少し浮いている様な感覚で。夢を見ている様で、怖いと言うか、寧ろセレッサの手の中は安心する感じなんですけど』


『セレッサを信じていないワケじゃないんだ、ただ落ちた先を考えてしまうんだよね、どうにも』


《他の事を考えたら良いんじゃないですか?》

『例えば何かなファウスト君』


《あの流れは、本当に因果律のせいなんですかね?》

「寧ろ人が神話を利用して、威光を借りる為に、なぞろうとしたんじゃないかしら」

《長い歴史の中、同じ人間がしたと言うよりは、誰かが神話と同じ事をしただけか。彼が言う通り大きな流れに逆らえなかったのか、死者に聞いても答えは出ないでしょうね》


「そうなの?」

《大概の死は突然ですから、その死が衝撃的か、その前の衝撃的な事に囚われている事が殆どだそうで。だからこそ穏やかにとなだめ、慰め、死んだ事を納得して貰う。その為の死者の国だと聞いていますよ》


「学校で?」

《キャラバンでも、ウチでも》

《まぁ、ココもじゃよね》

《地獄とは違うんですよね?》


《ココでは生者の国とは正反対、真反対じゃとされてるで、あまり飾り立てたり贅沢はせぬのだよ。贅沢をし天秤がコチラに傾けば、コチラが地獄じゃろ、じゃが贅沢でなければ同じ様な生活が出来るでな》


《それだと、清貧なら天国なんじゃ?》

《真冬に薪をケチれば死ぬでな、死に支度でも無い限り、過不足無く生きる事が重要なんじゃよ》

《貧乏にも贅沢にもならない様に適度に、中道、中庸を生きる。素晴らしい道標ですね》

「難しいけど理に適ってるものね、バランスの概念が存在してる」


《他者との関わりでも同じく、出し抜き目立てば殺される、良い死者の国の概念ですね》

「けど、贅沢だと思われたらキリが無さそう」

《そこでクレルヴォの話が出るんじゃよ》




 ローシュやネオス、アーリスにはどう見えているのか分からないけれど、ローシュの姿に良く似た女神が話し始めたのは、悲惨としか良いようの無い子供の話だった。


 カレルヴォ、カレリア人の本当の兄弟なのか、ゲルマン人の事を同志と認めて兄弟としたのかは不明だが、カレルヴォにはウンタモと呼ばれる兄弟が居た。

 そしてウンタモはウンタマラと呼ばれる妊娠した女以外、カレルヴォ家全員を虐殺し、ウンタマラが生んだ男児にクレルヴォと名付けた。


「カレルヴォ家の子ですよね、名からして」

《そうなると妹さんだったって事ですよね》


 そしてクレルヴォが3ヶ月の時、ウンタモは恨みの声を聞き子供を殺そうとした。


《溺死、火事、首吊りでも死なぬで、成長させたんじゃが》

「じゃが」


《3つ、仕事をさせても上手く行かず、放置され売り払われたんじゃ》


 買われた先の妻に悪戯をされ、彼が大事にしていた形見のナイフが壊れてしまった。

 怒った彼は魔法を使い熊と狼を牛に変え、襲われる様に仕向けて殺し、逃げ出した。


 だが通りがかった者に両親が生きていると知らされ、家族と合流すると妹が行方不明だと知らされる事に。


 そうして本当の家族の元で過ごすも上手くいかず、3つ目の仕事、税の取り立てに行く途中に次々と女に声を掛けるも失敗し。

 物乞いをしている少女を何とか口説き、集めた金品全てを渡すからと、そうして一夜を共にしたが。


「妹さん」

《じゃよね、翌朝に互いに名乗り、直ぐに気付いた妹は川に身を投げ自殺した。そしてクレルヴォは取り乱し、母親に泣き付いた》


 そして自殺では無く、ウンタモに復讐する事に。

 それを母親が止めた、父親や兄弟や将来、復讐の不毛さを諭したが。


 決意は変わらず。


 けれどクレルヴォは最後に家族に尋ねた、自分が死んだら悲しんでくれるかどうかを。

 父親達は答えた、より賢い息子や弟を望む、と。


「良い意味でなら、思い留まれって事だけれど」

《母親は泣くと答えたが、それでも結局じゃよね》


 次々に入る家族の死の知らせでさえも復讐心は止まらず、母親の時だけは少し悲しみ、魔法の剣を手に入れた。

 そうしてウンタモ家を滅ぼし村を焼き、家に戻ったが、家族の死体が散乱しているのを発見する事に。


《カレルヴォ家の使者だったワケじゃないんですね、知らせたのって》

「ウンタモ家の者か、他の一族の者か、神性か」


 そして母親の霊が、犬と共に急いで森に避難する様にと伝えたが。

 見付けたのは避難場所では無く、妹と寝た川沿い、その場所だった。


 寝た場所には草木も生えず、川には朽ちる事の無い妹が漂い続け、彼を責め立てる様に森も轟々と鳴り響き。


《神から手に入れた剣にクレルヴォは尋ねた、命が宿るかどうかを、剣は答えた。誰の血を飲むかどうかは気にはしない、既に以前にも無実の血も有罪の血も飲んだ事が有ると。そしてクレルヴォは剣に身を投げ自殺した、その事を知ったワイナミョイネンは、人々に伝えたんじゃよね》


 子には教育を、虐待は避け、手を掛けよと。


「そうすれば、悲劇は避けられたかも知れない、と」

《例え生きていたとしても、老いても幼いまま、愚かなままじゃろうとな》


 俺には彼の気持ちが分かってしまう。

 手を掛け、目を掛けられないと、自暴自棄になってしまうと。


 愚かに争えば、更に愚かな事になる、分かってはいる。

 けれどネオスに、どうしても苛立たしさを感じてしまう。


「だからなのか、フィンランドの教育は素晴らしいと聞いてますよ」

《じゃがアレじゃろ、医療が少し、もう少し母体に優しくても良かろうよ》


「その面倒を見るのこそ、家族かと」

《居らんかったら困るじゃろ、離縁で親の間を行き来させられ、辛かったと聞いておるで》


「ココの方が転移転生者だったのですか?」

《いや、かなり前のキエフ公国の者としてな、カレワラの研究者じゃったで。手書きで何枚も、何冊もしたため、残したんじゃが。当時のキエフは一神教の勢力が強くての、神々も保護はしておったんじゃが》


「それでも、良かれと思って」

《ほれもう泣くでないよ、随分と昔の事じゃ。もうクーペリンヴォーリ、処女おとめの死の国へ行ったで、大丈夫じゃよ》

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