浅海の返答
目の前の浅海はというと。
「……」
ポカンと口を半開き。浅海には珍しい類の表情だが、やっぱりかわいい。
俺と浅海だけしかいない教室は、なんとも言えない空気が流れる。グラウンドから届く野球部の野太い声が、夏の教室にはピッタリなBGMになっていた。
って、そんな場合ではなくて。
なんてことを言ったんだ、俺!?
俺と一緒にY-Tubeを始めよう? 凡人の俺と手を組んで、浅海になんのメリットがあるというのか? 冷静に考えて自分でもわからない。
やらかした。顔からすぅと血の気が引いていくのがわかる。
思わず俺が眉を顰めると、浅海は、
「ははっ」
軽く笑って、
「いいよ」
そう答えたのだ。
は? 聞き違い、か?
「今、なんて……」
幻聴を疑い、浅海に聞き直すと、スポーツ飲料のCMに出演する女優を連想させるような、爽やかな笑みを彼女は見せ、
「いいよ、って言った。うん、おもしろそうだからやろうよ」
マジか。
嬉しさよりも戸惑いが俺の感情を先行する中、浅海は、
「今日はヒマだしさ、よかったらカフェ行かない? そこで方針とかいろいろ話したいな」
「お、おう!」
あれよあれよという間に、二人でカフェに行くことになってしまった。思いもよらぬ形で、放課後デート? は言いすぎだが、一時間前の俺が知ったら驚愕するような展開になってしまった。
お互いのことを知らない(俺は浅海をよく知っているが)ので、出身中学や趣味など軽い自己紹介をしながらの道中になる。そうして訪れたのは駅前のカフェ。チェーン店であるものの、あまり来たことのない類の店なので、浅海と二人きりなのも相まって緊張が増した。俺と浅海は注文したアイスコーヒーをカウンターで受け取り、二人用の丸テーブルの席に座る。ますますデートっぽさが増して、そんな時間を過ごせる幸せを、俺は心中でこっそり噛みしめる。
「いやぁしかし、嶋村くんに誘われるなんて驚いた。Y-Tube好きなの? 好きなY-Tuberとかいる? 普段はどういう動画見るの?」
本題の話になるが、正直ネットでほとんど動画を見ない俺は、回答に困ってしまう。
「あ、ああ。ゲームのプレイ動画とか……」
「じゃあ好きなゲーマーがいるのかな?」
Y-Tubeの話になると浅海の食いつきがいい。好きなんだな、って気持ちがこちらに伝わってくる。反面、俺が裏切ってしまうようで申し訳ない気持ちになるが。
さすがにゲーマーを聞かれると答えに困り、数秒間の不自然な間が生まれてしまい、
「うん?」
教室のカーストの頂点に立つような浅海は、そんな不自然な間を見過ごすわけがなく、やがて訝しげに目を細め、
「もしかして、あまり詳しくない?」
会話を始めて一分で感づかれてしまった。これ以上の誤魔化しは出血がひどくなりそうで、俺は申し訳なくうなずく。
「じゃあ、興味もないものを始めようとするのはなんでなの? あ、わかった」
聞いておいてセルフで答えを導いた浅海。マズイ、浅海への下心が気づかれたか!? 冷房の効いた店内で、冷や汗が顔に滲んだ俺に、浅海はビシッと人差し指を向けて、
「さては楽してお金儲けを考えてるでしょー。それに、チヤホヤされたいとか考えてない? まったく、そんな甘い考えでうまくいくはずないよ? 世の中、そういう舐めた考えですぐ投げ出したY-Tuberばかりなんだからっ」
「す、すみません……」
「わたしを誘ったのも、それなりにかわいいわたしと一緒に映れば、再生数が伸びそうって甘い考えがあったからじゃないのっ?」
それなり、ではないと思うが。
「す、すみません……!」
斜め上の解釈をしてくれて助かったものの、説教されて項垂れるガキのような俺。
「そ、そういう浅海はさ! なんで俺の誘いに乗ってくれたんだよ? Y-Tuberを始めたいなら一人でもいいし、女子の友達でもよくないか? どうして接点もない男の俺と一緒なんだ?」
流れを変えるために、浅海に疑問をぶつけた。
「前から興味はあったんだけど、一人でやるにはハードルが高いかなって。撮影や編集って結構時間かかるみたいだし、一人でチャンネルを運営するのも難しそうだし。じゃあ友達誘えば? っていう話になるけど、女子高生の集まりって、はたしてどうなのかなーって思って」
「女子高生でもいいんじゃないの?」
「たしかにかわいいかもしれない。けど騒がしい感じになって、内輪ネタばっかで盛り上がっちゃいそうかなって心配した。見るほうも疲れてすぐ飽きちゃうんじゃないかな」
「なるほど」
一理ある気がした。
純粋に、よく考えている人だなと、浅海に対して思った。
「それで、男子と一緒のほうがいいのかなと思いました。嶋村くんは怖くなさそうだし、気楽にやれそうかも」
「あ、ありがとう」
先ほどからの会話から察するに、俺の下心には気づかれていないらしい。いや、有害になる価値もない下心を華麗にスルーされているだけか?
浅海はストローを口に含み、アイスコーヒーを吸い、
「で、Y-Tuberを始めるにしても、どういうスタイルでやってく? 誘ってくれたわけだし、嶋村くんに案があるんじゃない?」
「いえ、特に……」
しいて言えば、浅海と一緒の時間を過ごせる動画なら、それだけでいいと思うが。
「……」
浅海は俺にジト目。語彙と責任の薄さを自覚するが、やっぱりそんな表情もかわいい。
「はぁ。じゃあ一緒に考えよ」
こうして俺と浅海は悩み始めたが、浅海は電球に明かりが灯るような、そんな表情をすぐにパッと浮かべたのだ。
「何か、案が?」
俺が尋ねると、浅海は首を縦に振る。ミディアムの黒髪が併せて揺れた。
そして、浅海は提案したのだ。
「わたしと嶋村くんでさ、――カップルY-Tuberになろうよ」
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