憧れの先輩《昔の思い出》
俺は、歩きながらあの日の事を思い出していた。
「佐古さん、結婚しないんですか?」
芸能界の相次ぐ結婚ラッシュのニュースを見ながら、俺は、40歳目前の先輩に聞いた。
聞いた俺に、佐古さんは、こう言った。
「演技するのに、綺麗なハートだったら見てるものの心を揺さぶれない。だから、俺は恋人も結婚も子供もいらない。考えてみろよ。相手の影が常にチラチラうつるんだ。そんなやつの、映画や舞台やドラマを誰が見たい?俺は、見たいとは思わない。それにそれをカバーできる演技力が俺にあると思えないからだ」
現在も佐古さんは、独身貴族だ。
そして、一度も人気を落としていない。
あれから、10年だ。
事務所を辞めた俺を心配してくれてる佐古さんは、度々会いに来てくれていた。
美麗との話をハリーさんに聞いた佐古さんは、去年俺を心配して訪ねてきた。
近所の個室居酒屋に二人で行くとすぐに
「元気か、飴ちゃん」
と佐古さんは聞いてきた。
「佐古さん、元気ですよ」
「話、聞いた。ハリーさんから」
「美麗の事ですか?」
「ああ」
そう言って、佐古さんは、ビールを飲んだ。
「飴ちゃん、多分ハリーさんからも言われるだろうけど。覚悟しておけよ」
「わかってます」
俺の言葉に佐古さんは、目を細目ながら遠くを見つめて話す。
「美麗は、あの歳で闇に落ちてる雰囲気と目に光が宿ってない感じが人気なんだよ。守ってやりたいってな。女性の母性本能をくすぐるんだとよ」
「それ、雑誌で読みました」
「だろう?それは、美麗がゲイだからってのが強いと思ってる。恋人も結婚も子供も手に入らないから初めから歪なんだよ」
「はい」
「だから、見てる人の心を震わす演技するんだろ。順風満帆なやつの演技って、どこか下らないんだよな。俺は、そう思ってる。ハリーさんも同じだ」
「わかってます」
「だから、ハリーさん、飴ちゃん売り出したかったのにな。あのクソゲーのせいだな。飴ちゃんの人生狂わせたのは…」
そう言って、佐古さんは首を横に振って下を向いた。
「楽しそうだから、俺が引き受けたわけだし。
俺は、そう言ってビールを飲む。
「告白してきたヒロインに向かって俺は、ゲイなんですって台詞言わすか?飴ちゃんの事わかって、言わした台詞だろ。あのおっさん拒否したんだろ?飴ちゃん」
佐古さんは、そう言って俺の顔を見つめる。
「ああ、俺は、誰とでも出来たんですけどね。ハリーさんが、駄目だって言うんでね」
「そうだよな。体で仕事とるのあの人は、絶対に許さないから…」
「ですよね。だから、あの結果ですね」
「飴ちゃん以外は、爆発的に人気でたな。ひか王子なんて、呼ばれてさ」
「ですね」
佐古さんは、ビールを飲んでため息をひとつ吐いていた。
「俺、飴ちゃんと俳優を一緒にやりたかったよ。飴ちゃんの演技はすごいって。一緒にオーディション受けたやつや審査員連中、みんな言ってたよ」
「そうですか!」
俺は、嬉しい言葉に少しだけ泣いていた。
「俺には、あん時の飴ちゃんと美麗似てるって思ってんだよ。ハリーさんもそう思ってるんだと思う。だから、美麗を売り出したいんだろ?だから、飴ちゃん、美麗は、もう手離さないとな」
俺は、佐古さんの言葉に指先で涙を拭ってから笑った。
「わかってます。佐古さん」
「美麗は、飴ちゃんに愛されてより輝いてる。だけど、週刊誌にとられたら終わりだ。この世界そんな甘くないのは、わかってるだろ?」
佐古さんは、そう言って煙草に火をつけた。
「わかってます」
悔しいけどハリーさんが、美麗を第二の佐古さんにしようとしてるのは気づいてた。
「18年ぶりの悲願だよ。美麗は…」
「そうですね」
俺が、二十歳の時、第二の佐古十龍にハリーさんはしたかった。
だけど、
その5年後、俺は事務所を辞めた。
普通の仕事につけるって言われたのに、俺はお金持ち相手に体を売る仕事に手を出した。
「飴ちゃん、俺は美麗と芝居したいよ。飴ちゃんとすごい似てる。だから、美麗の演技はそそる。飴ちゃんにも、わかるだろう?」
「わかってますよ」
「傷が多くて、深い方が、
「そうですね」
「飴ちゃん、覚悟しとけよ。辛いのは、飴ちゃんの方だからな」
「はい」
そう言って、佐古さんは帰っていった。
俺は、それを思い出して涙を流していた。
「大丈夫だ!俺なら、出来る」小さな声で呟いて、涙を拭って、俺は恋が待つ自分の部屋に戻った。
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