第4話 AV機器って単語に反応するのは、知らないのなら仕方ないことかもしれない


 さて階層が変わり取り扱っているのもがガラリと変わる。PC関連はテーブルの上にずらっと並んでいたけれど、目的のエリアは壁掛けだったり二段で並べてたりするものも多くて見た目からも印象が違う。映像系だと逆にかなり大きい分見ごたえもある。こういうとこで流れてる映像ってなんか無限に見れちゃったりするよね。


 さてさて、私は作業中に音楽を聴いたり、見慣れたアニメを流したりするタイプなのでわりかしこだわりがあるタイプだ。次いでだから新しいやつを下見してもいいかもしれない。


「え、AV……?」


 うむ……大変、大変な勘違いをしているアリス姫さんにツッコミを入れなければならない。というかネット周り無知なくせにそっちの知識はあるのですか? ふ~ん、そうなんだ。ふ~ん。


「一応言っておくけど、オーディオ・ビジュアルの略だからね。どんな想像してるのか知らないけど」


「はぇ!?」


 オーディオ、ビジュアル。つまり音関連と映像関連の機器って意味でAV機器なのである。安易に略してしまうと事故が発生するという事例というかなんというか。正式名称って大事だね。


 そんな一幕があり、赤面したアリスを連れてヘッドホンを扱っているコーナーに進む。親友の初心なのかむっつりなのかわからない一面を弄りたい気持ちは抑えて、価格的にはそこそこなラインナップの列に入った。


「ヘッドホンってあんまり使ったことないんだけど、ユウはおすすめとかある?」


「ん~、そうね……PC用って考えると、長時間使うことを前提にした方が良いかしらね。耳に合うサイズで、あまり重くないもの。負担は少ない方が良いと思うわ」


 ヘッドホンは重量があるのが珍しくない。最近ブームになっているノイズキャンセリングとかも、こだわっていくと外部の音を遮断する密閉型だったりするので、閉塞感+重量のセットで長時間付けると耳の周りが痛くなったり、疲れを感じてしまう。あと単純に外部の音を遮断しすぎてしまうので、配信者にはあまり向かない。


「これとか、どう?」


「あ、かわいい~」


 丸みがあって、程よく軽そうなヘッドホンをアリスに手渡す。持った感じからも重さはないし、軽すぎてカチャカチャなるタイプでもないので良さそうに思うけれど、実際に装着して音を聞いてみないと相性はわからない。


「どう? 付けてみて痛いって思ったり、圧迫感とかある?」


「うーん、普段ヘッドホンに慣れてないからちょっと抑えられてる感じあるかも? でも痛いとか、きついって感じはないよ~」


 あぁ、それは私もあったかも。覆われてるのがちょっと圧に感じるんだよね。ともあれ反応的に付けた時の感覚は悪くはなさそうかな? それじゃ次は実際に聞いてみますか。


「なんか普段から使ってる音楽プレイヤーとかある? スマホでも良いけど」


「ん~、スマホしかないや。あと専用のやつがないから、そのままイヤホンは挿せないかも」


「じゃあ、私のやつでいい? 前、一緒に聞いてたやつ流すから」


 アリスが頷いたのを確認して早速音楽プレイヤーに接続する。現代だとスマホで全部済ませちゃうのが多いけれど、兄のおさがりでもらったプレイヤーを未だに使っている。バッテリーがだいぶ劣化して結構限界が近いからスマホに代わるのも時間の問題かもしれないけれど、できれば最後まで使っていたいと思ってる。


 流す曲は私が好きなゲームのサントラから、穏やかな一曲だ。ピアノとバイオリン? ビオラ? がメインで聞いていて落ち着けるから、作業のお供としてよく聞く。放課後に一人でこの曲を聴いていたらアリスが突撃してきて、イヤホンを分け合うことになったのは四月だったかな。そっか、もう一か月前になるのか。


「……やっぱり、この曲好き。ユウっぽい」


「それ、前も言ってたけど……私っぽいってなに」


 以前一緒に聞いていた時も、なんか私の顔を見つめた後に頷いて『ユウみたいな曲だね』とか言ってきたんだよね。私は別に白黒じゃないし、どこぞの引きこもりみたいにピアノメーカーの名前を自分に付けたりしないんだけど? バイオリンの方か? 繋がり見えないんですけど。


 そんな私の心情は知らんアリスは、前に聞いた時と同じように笑ってごまかす。その感想を言ったんなら、なんでそう思ったのかも言ってほしい。マジで私が白すぎて白鍵みたいだからとか言われたら流石にダメージがある。


 まあ、いいんだけど……いいんだけれども! でも気になるんだが!?


「でもヘッドホンってイヤホンと全然聞こえ方違うんだね~。こう、空間! って感じがする~」


「わかるけど、アホっぽい感想になってるわよ」


 結局私の疑問には一切触れないままヘッドホンの話に戻る。いや、いいんだけどね。ヘッドホンを買いに来たんだし、ヘッドホンの話でいいんだけどさ……空間を感じ取れるとか、奥行きがあるとか、言いようはあるでしょうに……。


 魔法使いとしては天才だとしても、本当になんというか、ゆるふわというか、なんだかなぁ。


 その後はいくつか他のヘッドホンを見て回って比べてみたけど、最終的に最初に私が見つけたやつを購入してた。最終的な決め手が『ユウが見つけてくれたものだから!』っていうのはいいんかねぇ……? 長く使うものだから、自分の感覚が一番大事だと思うんだけど。


「それじゃ、買うもの買ったし解散しようか」


「えぇ!?」


「えぇ!? じゃなくて。いや、さっきも似たようなこと言ったけど、もう買うものないでしょ? 機材は家に揃ってるらしいし、無駄な買い物増やしても仕方ないじゃない」


 ヘッドホンは特に配信とかがなくても使うし、一緒に買うことには特に抵抗はなかったけれど、やっぱり無理な出費はさせたくない。なんとなく……ほんと~に、なんとなく、私と外で遊ぶ時間をもっと長くしたくて色々ごねているような気はしないでもないんだけど、それなら別に買い物じゃなくても……あ、そっか。


「喫茶店とか――「行く! 行きます!」――あ、うん。わかったわよ」


「やった~~~!!!」


 小躍りしてスキップしてるアリスは大変可愛いんだけど、さすがに周りからの目が恥ずかしいし、これから人込みに出るんだから危ないしやめようね。ね?


「いくよ、ユウ! ほら、はやくはやくっ!」


「はいはい……あ、ちょっと、押すのはやめて」


 勢いの良すぎるアリスに背中を押されながら、私たちは電気屋を出ることになった。大変お騒がせしました店員さんたち……あの、ちょっと生ぬるい目線送ってくるのはやめてくれません?


   §


 入った時とはまた別の出入り口から外に出た。


 周りを見渡す。


 この辺りは思い出したくもない事件の余波で大分人が減ってしまっていた。


 ネットショッピングが普及して売り上げが落ち、長く使われた看板を下ろした店が次の人々を待ち続けて、ただ埃を暗闇の中に沈殿させる空間になり果てている。空っぽの建物たちは、この世界に寂しさの溶けた影を落とすだけのものだ。


 いつか、解体されるのだろうか。それとも寂れて忘れ去られていくのだろうか。


 ああ、違う。今はアリスと一緒に過ごせる店を探さなくちゃいけないんだった。感傷とか、胃のむかつくような思考は相応しくない。


 意識を切り替えてから、改めて周囲を見渡して気が付く。


「あれ……意外とお店が少ない、かも?」


 ファストフード店は駅前にあった記憶がある。食事処はまあまあ見える……あぁ、そういえばここってオフィス街でもあったんだっけ。ごはん屋が潰れてないのはそういうことか。だとすると、移動しないといけないかな。


「アリス、ここらへんだと喫茶店ないかも。移動しよう」


「あ……じゃあ、ユウ! 私のお家に来ませんか!? ね、来よう? 来るべき! お家デート! お家デート!!!」


「え、あ、うん……え?」


 駅に向かうことになりました。私、勢いに負けすぎてない?




※作者による読まなくてもいい設定語り

 オフィス街、電気屋、寂れて空っぽの建物たち……モデルとなっている場所はわかりやすいかもしれない。二つの街を組み合わせているので、全く同一というわけではない。

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