第12話 仲直りする意思があっても、勇気が出るかは別だったりするよね
「――で、なんで逃げてきてるんです?」
「に、逃げてはいないわよ」
「いやぁ、どう考えてもアリスさんのこと避けてるじゃないっすか。普段のユウさんなら連日で学食とかないでしょ」
「うっ……」
喧嘩した翌日。茜との会話で自分の意思を確認していざ仲直り……なんて考えは翌日になれば
美智は美智でアリスから既に話は聞いているらしくて、私たちの喧嘩の事情は把握済み。案の定、私が日和っていることはバレてしまった。
「
「……まあ、そうだよね」
仲直りしようと思っている以上、アリスのことを悪く言うつもりは無いけれど、あれが無ければ喧嘩せずに済んだんじゃないかなって思うのは変わらない。
「けど鏡山さんと話して仲直りする決心は決まったんすよね? 逃げてたらいつまでたっても出来ないっすよ、仲直り」
「うぐ……」
わかってますよ、そんなことは!
「あ、でも言っておきたいことがあって。ユウさんは嘘だって思ってるみたいすけど、アリスさんって魔法に関して嘘ついたりしないんすよ。だからユウさんが本気出せばアリスさんに勝っていたってのはマジだと思うっすよ?」
そんなことを美智はバケットサンドを齧りながらどこか適当に言う。
う、う~ん……そうなんだろうか。だとしたらあの日のアリスの言葉は皮肉でも勘違いでもなく本心からの言葉だったということになるけど。いや、冷静に考えればアリスが皮肉を言うような性格ではないことはわかる。それでも……。
「そんなこと言われたって、私は手を抜いてなんかいないわよ」
確かに雨の日だったから実力が十全に発揮できたとは言えない。けれど真剣に挑んではいた。あの時はあの時なりの全力ではあったんだ。
そもそも実力が発揮できない環境だったのはアリスだって同じだったんだから、言い訳にすらならない。
しかし私の言葉に美智は納得できないのか、首を捻って唸っている。なんでさ?
「うーん……認識の違いじゃないすかね? 例えば、ユウさんはひたすら文字を書くだけって思ってたけど、アリスさんは魔法ありきで見てたとか? 実はユウさんはすっごい魔法が使えて、それを使えば無限に魔法文字を書けちゃうとか」
「そんな便利な魔法使えないんだけど?」
そんな便利な魔法が行使できるなら日常的に使っているに決まってる。魔画を描くときに圧倒的に楽になるんだから、やらない手はない。というか仮にそんな魔法が実在するなら教えてほしい。私は毎回ちまちまと頑張って描いているのだ。ただでさえ絵を描くのは疲れるのに、魔法まで使っているんだ。それはもう、すっごい疲れるんだぞ?
大体、アリスといい、美智といい、私に妙な期待をしないでほしい。仮に私に隠された魔法があったとしても雨の日に適切に行使が出来る自信なんてないし、期待されても困ってしまう。
空中の魔素量が少ない状態での魔法は、酸素の薄い高所での運動に近いとも聞く。私は高所トレーニングなんてしたことがないから感覚はわからないけれど、魔素が少ないと集中力が途切れやすいし、普段と比べて魔素をうまく取り込めないから魔法自体が途中で霧散してしまう。
運動する人からすれば、酸素が足りなくてすぐ動けなくなるとか、走り切れないみたいな感じなんだろう。
だとしたら、山の上で大声で叫びながら全力ダッシュする感じ? 魔法文字を書くだけでしんどいのに、魔法を行使しながら魔法文字を書けとか……うん、やっぱり無理じゃないかな。
「そうなんすかねぇ……アリスさんが魔法に関することで間違えるとか想像もできないっすけど……でもまぁ、そもそもよく喧嘩ができたっていうか。ユウさん、よくあのアリスさんと張り合おうなんて思えたっすねぇ」
呆れているような、それでいてどこか尊敬の念があるような言葉。美智にとってアリスとはそれだけ凄い存在なんだろう。肩を並べるイメージすら彼女の中にはないのかもしれない。
でも、そこは認識が違うと思う。
「別に、張り合うとかそういうことは思ってないのよ」
そう。別にアリスに勝ってやろうとか思っていたわけじゃない。結果的にそうなったかもしれないけど、アリスに対してライバル意識とは持っていないのだ。
「いや、負けて悔しくて嫉妬とか、どう考えてもライバルとしての意識がないと起きないっすよ?」
……言われてみれば、そうなのかもしれない? (テノヒラクルー)
え、私アリスのことライバルだって思ってたの?
「正直アリスさんと魔法に関することで競い合おうなんて思える人がこの学園で生き残ってたのが衝撃ですらあるっす。他の外部入学生なんてそもそも授業についていくのが必死なんじゃないすかね」
「……そんなに、なの?」
美智は重々しく頷く。
「一応言っておきます。ユウさんは自覚がないっぽいすけど、ユウさんはいわゆる天才の部類っす」
「……へ?」
そんな馬鹿な。天才というのはアリスのような存在を指す言葉であって、偶然この学園に入り込んでしまった、半分裏口入学したような私のことではない。
「ユウさんのクラスはAクラスっすよね? それってこの学園だとかなり重い意味があるんすよ? なんせ、実力でクラス分けされてるんで」
「え、単なる普通のクラス分けじゃなかったの?」
私の返答に対して美智は大きくため息を吐いた。まるで何にもわかっていない子供を相手するような様子だ。は、腹立つ~。
「クラスはその人がもつ資質、使用できる魔法、学力、魔法の研究の成果など複合的に審査されてるっす。私みたいに使用魔法も研究も学生としては不適切として評価外にされた人もいるんで絶対的な基準ではないっぽいすけど」
「そこは素直に反省した方がいいわよ」
感度三千倍魔法の研究を学校が評価してたらむしろ問題だと思います。
「そこはいいんすよ。でもっすね? 仮に私の研究とかが正当に評価されたとしてもAクラスにはまず間違いなく入れないっす。例えば……ユウさんと同じ部活の
「
御堂秤。最近はちょっと会えていないが、アリスのVのガワを作る時にコンセプト決めの相談をした子だ。認識できる空間ならどこでも文字や絵を書けるという便利すぎる魔法を使える……あれ、でも秤って確かBクラスだったはず?
「御堂さんってかなり凄いんすよ? 空間把握能力だけじゃなく、魔素のコントロールも一級品。学業に至っては不動の学園一位っす。ぶっちゃけ下手な大人の魔法使いよりも優れてる人っすね。でも、そんな彼女でもBクラス止まり。仲が良いんだったら、御堂さんの実力もなんとなく察してるんじゃないっすか?」
「……そう、だけど」
美智の言い分が正しいのであれば、秤より私の方が優れていると判断された……ってことになるんだよね。いやいや、私は秤のようなことはできない。空中に文字とかどうやって書いているのかもわからないんだ。資質は同じ創型だけど、彼女の方が明らかに優れているだろう。
「もうちょい自分の能力自覚した方がいいっすよ~。ユウさんがやってる自立思考ルーチンの最適化だって魔法科学の企業がやるような内容なんすから」
思ってもいなかった私への評価に困惑する。でも、もしそれが本当なら……もしかしたら私は、私が思っているよりも優秀なのかもしれない。
なら、アリスと渡り合える未来だってある……のかな。
わからない、わからないけれど、仲直りしなければどっちにしてもその未来が訪れることがないことだけはわかっていた。
§
「そ、それで? 結局、ひ、
「うっ……」
本日二度目の叱責。茜のジト目が私に突き刺さっております。へへ……茜さん、その灰色の瞳、美しいっすね。いやぁ、ほれぼれしちゃうっす。そういえば秤の銀色と近い色なんだな……あっ、美人さんの色ってことですね、へへ。
美智と過ごした昼休みの後もアリスに接触することはなく、スマホの通知も無視し続けている。怖くて通知が来たらすぐに消しているので、どんなメッセージが来ているのかもわからない。はい、すみません、ヘタレです……。
「た、たしか、週末までには仲直りしないと、まずい、んだろ」
「うん……」
週末にはアリスはVtuberとしてデビューしてしまう。やめさせるにしろ、手伝うにしろ今のままでは関われない。美智からデビューするチャンネルは教えられたから、仮に仲直り出来なくても配信を見ることは出来るだろうけど……。
「い、一回逃げると、逃げ癖が、付くぞ」
「はい……」
一度弱さを見せたからか、茜に対してはもう素直でいられた。というか半分舎弟みたいな気分ですらある。だからこそ茜の言葉は私の心に深く刺さった。
逃げれば逃げるほど、逃げ癖がついていく……か。
このままだとまずい。まずいってわかってはいるんだけど……。
――結局。私の勇気は影すら見せず、週末に突入してしまったのである。
※作者による読まなくてもいい設定語り
クラス分けについて。
総合的な判断で優秀な者からA~Eにクラス分けされる。
主な判断基準は文中の通りだが、本人の意思で下のクラスに入ることは可能。とはいえ自由に選べるというわけでもなく、出来たとしてもせいぜい一つ下のクラス程度で、Aクラス実力者がEクラスに入ったりは出来ない。
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