第10話 天才との付き合い方


 午後は個々人で魔法の研究をするか、休むかの二択。この学園の生徒はほぼ全員研究一択だろうから、ほぼ休む生徒なんていない。だてに天才・秀才が集まる魔法学園と言われているわけではない。


 それに単位に直結するとまでは行かずとも、魔法研究の成果によって進路への影響があるから、みんな真面目にやるしかないというのもある。


 私も自立思考ルーチンの最適化を進めたい……けど、今日は休もうかな。なんだか疲れてしまったし。


「ユウ〜!」


「おわっ……アリス、せめて声をかけてから抱きついてよ」


 ずっしりとした厚みのあるものが私の首に接触し、私の身体に腕が回される。仲良くなってからはほぼ毎日されているので抱きしめられるのには慣れているけど、背後からはビックリするから加減して欲しい。


「声掛けたよ〜?」


「抱きつく直前じゃ意味ないじゃない……」


 私の首あたりででっかいおっぱいがむにゃんむにゃんしてる。温かいし、柔らかいし、枕にしたら良い夢見れそうだな……。今度部屋で枕になってもらえないかな。


「お昼休みどこ行ってたの〜! 私、探したんだから~!」


「普通に学食よ。たまにはいいじゃない、しっかりしたご飯が食べたかったのよ」


「え〜、なら誘ってくれてもいいのに〜」


「たまには一人で食べさせなさい」


 美智と出くわしてしまった以上一人ではなかったんだけどね。だったらアリスと食べても良かったのかもしれないけど、今更言っても仕方ないことだ。


「……もしかしてユウ、元気ない?」


 アリスが心配そうな声を出す。あんまり聞きたい声ではない。


「ん? ……そうかな? そんなことないと思う」


 私は意図的になんでもなさそうな声で返した。アリスに気取られるなんて、そんなに表に出てたかな。もしかしたら、アリスに魔法文字で負けたことが思ったよりきているのかもしれない。


「……そっか。ねね、ユウ。またお部屋に、いこ?」


 耳元でこしょこしょと小声で言ってくるアリス……なんかえっちじゃなかった?


 いや、えっちではない。親友がお家にお邪魔したい意思表示をしているだけである。だが今日は流行りの喫茶店に行きたいと思っているので断らなければならない。その後の予定もあるし。


「ごめん、今日はちょっと――」


「――やだ」


 グッと私を抱きしめていたアリスの腕が締まってくる。ついでに私の首がアリスの胸に沈んでいく。これが……深海……?


「やだじゃなくて、私予定が」


「やだ。ついてく」


「いやあのね?」


「ついてく」


 ▼てんさい から は にげられない!



   §



 学寮に帰ってきてブレザーを脱いでハンガーにかけ、軽くコロコロをして整えてからクローゼットにしまって、タンスから私服を取り出す。クール系美少女によく似合うと定評の自慢の服だ。


 早速着替えようとリボンを弛めながら、玄関の方をチラッと見ると、私を……というか私の胸にバッチリ視線をやってるアリスがいる。


「アリスさんや、私着替えたいんだけど……」


「大丈夫だから。ちょっとだけだから」


「だから、せめて着替えてから」


「うん、着替えていいから、大丈夫だから」


「いや何が大丈夫なの???」


「大丈夫。早く、着替えよう?」


「――せめてあっち向け!!」


 しょうもないやり取りをしつつ何とか後ろを向いてもらった後、手早く着替えてから声をかけたらなんだかしょんぼりしていた。なんでよ。私の着替えなんて見ても仕方ないじゃない。あ、いや、クール系JKの着替えなら需要はあるか。なら仕方ないかな。


 茜の椅子を借りて、アリスを座らせる。今日は前回と違ってベッドに近付く気配もないし、本当に直ぐに済ませるつもりなんだろう。


「私服、やっぱり可愛いね」


 アリスから褒められるのは悪くない気分だ。私服のセンスが悪いとそれだけで下に見られる可能性がある、とファッション誌をしこたま買ってきてくれた兄には感謝しなければ。


「ありがとう。それで、こんな無理やりついてくるなんてどうしたの?」


 アリスは、少しモジモジとして(あざとかわいい)から意を決した様に言った。


「今週末からVtuverにデビューしようと思ってて」


 ……? 今、アリスは何と言った? 理解が追い付かない。


「……? ……はぁ!? で、デビューって、夏休み明けじゃなかったの!? アリスの研究は!? まだ汎用化出来てないからそれを終わらせてからって……」


「うん、終わらせたよ。だからもう始めてもいいかなって」


「――――――――」


 私の記憶が間違いなければ、アリスの魔法研究は資質に縛られる魔法文字の一般化の筈だ。基礎魔法のように、どんな資質でも使用可能で、用途を更に増やすことで魔法文字の可能性を広げる――正直、一個人の研究でやるような内容ではない。


 それを、完成させた? 高校入学してからたった二ヶ月しか経っていないのに?


「……ほんと、魔法に関しては天才ね」


 思考にノイズが走って、思わず目を逸らす。何とか、言葉だけはつくろえただろうか。


 この感情に対して自覚はある。これは恐らく、嫉妬なんだろう。昼休みの時よりも、よっぽど昏い、深い嫉妬。


 魔法文字の扱いで負けたこと、美智としか交わさなかった約束、天才としての偉業。目の前で見せつけられて、同じ魔法使いとしての格の違いを知ってしまった気分で……。


「えへへ……ありがとう」


 声色が違っていた。普段のアリスなら、もっと自信満々な声だったはず。


 そらした目線を戻せば、アリスは寂しそうに笑っていた。


 ああぁ、そんな顔をしないで。


 違う、私がさせてしまった。させてしまったのに、ごめんなさい。


 うまく言葉が出ないの。


 私は今、どんな顔をしてる? 親友として相応しい顔でいられているの? そもそも彼女の親友として、私は相応しいの?


 嫌な考えが頭の中を巡る。良くない。切り替えなきゃ。Vtuberのことを話すんでしょう。そうだ、やめさせないと。違う、諦めさせないと? いや、だから……あれ?


「ねぇ、ユウ。もしかして、私に嫉妬してる?」


「――――」


 あまりに直線的に私の胸を貫く言葉。


 嫉妬の痛みを忘れる、感覚の空白。


 息が吸えなくて、時が止まった錯覚に陥る。


「ユウが元気ないのって、多分魔法の授業の時からだよね。魔法文字、私より書けなかったんでしょ?」


 それをお前が私に言うのか! ――そう叫びそうになるのを耐えて、なんとか深呼吸をする。


 大丈夫。冷静になれる。お昼も美智に怒られたばかりでしょう。冷静に、なりなさい。


「……それ、本人に直接聞くの? 性格、悪いわよ」


「ごめん。でも、それを隠されて距離を置かれたりしたくないんだ。みんな触れないでいたら一緒に居てくれなくなっちゃったから」


「……そう」


 アリスは天才だ。それは当然高校に入る前からそうだったんだろう。なら私みたいに嫉妬して、友達じゃなくなった子だって一人や二人いるだろうし、そのたびにアリスは傷ついてきたのだと思う。


「私は三十文字しか書けなかった。もう少し頑張ればアリスに勝てたかもしれないって悔しくて嫉妬したのよ。悪かったわね」


 くだらない、見栄。本当は二十文字しか書けなかったくせに、あの時出来る全力を出したくせに、何がもう少し、だ。


「そっか……」


「そうよ」


 口から出てきた虚飾きょしょくに満ちた言葉は続くことなく地に落ちる。言葉の死骸しがいが部屋に広がれば、荒んだ空気が部屋を支配していった。


「ねぇ、ユウ。私ね、ユウのこと天才だって思ってるの」


 なにそれ、皮肉?


「なんで?」


「本当は今日だって勝てたよね。ユウ」


「どういう意味? 私が手を抜いてたから負けたって言いたいの?」


 ダメだ。何とか誤魔化そうとしているのに、自分のブレーキがうまく動いてくれない。


「――うん」


「……っ! 馬鹿にしてっ! 手なんて抜けるはずがないでしょう! 私を貴方みたいな天才と同じ扱いしないで――!」


「馬鹿になんてしてないよ! ユウだったら私よりはるかに――」


「うるさいうるさいうるさい! でていってよ!」


 アリスのことを無理やり部屋から突き出しす。荒れた息が静かになった部屋の中で妙に気持ち悪く反響していた。





 その日、私たちは初めて喧嘩をした。



※作者による読まなくてもいい設定語り

 プロットだと喧嘩してなかったのに、本編を書きだしたら急に喧嘩をしだしたために色々改変する必要に迫られた。割と困った。(設定語りというよりは愚痴かもしれない)

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