第8話 魔法学園だから、魔法の授業だって当然ある
さて私が私、と言い続けると誰が誰だかわからなくなるから、今さらながら自己紹介しますか。私はユウ。またの名をミックスマシュマロまんじゅう48と言う。ペンネームの癖がちょっと強く感じても、スルーすることを推奨します。
あの後、茜が帰ってきたことで話し合い(になってたか?)は終了となった。帰ってきた茜の顔が、あからさまに嫌がっていたのがとても苦しい。自分のテリトリーに陽キャが入ってくるのは嫌だよね、わかる……。
茜とも仲良くなりたいと思いつつ、何かきっかけがありますように、なんて思って行動に移せないのは私が不甲斐ないんだろうか。でもみんなそんなもんじゃないかな。違うのかな。
窓側の一番後ろの席、主人公御用達な配置に恵まれた私が左側に目をやると、鏡のようになった窓が私の情けない顔を映していた。
梅雨はまだ明けず、空は煤色の雲が空の果てまで連なって陽の光を飲み込んでいる。雨は嫌いじゃないと言えど、流石に連日続いていくと気が滅入ってくる。
あと単純に魔法使いにとっては無視できない実害があった。
「さて、本日もまた雨だ。ヒヨっ子たちよ、こういった日であろうとも魔法の行使に支障がないようにせねばならんことをもう知っているな? 社会に出れば天気によって仕事が出来ぬなど許されないことが溢れている」
時間はまだまだ午前中。当然、授業があるし、教師が教壇に立って偉そうな声を教室に響かせている。
この学園の授業は基本的に午前中だけだ。その短い時間で、通常の高校と同じ内容を全て詰め込んでいる。不可能そうに見えるかもしれないけれど、時間がねじ曲がっているから問題はない。
時間に干渉していること自体が問題なんじゃないかな? なんて思わなくもないけど、そんな荒業を可能としている存在がこの学園にはいるのだから仕方ない。
一人は学園長。魔法大戦の時代から生きている英傑の一人で、まさに生ける伝説と呼ぶべき人。
そして、もう一人。
パリッとした黒いスーツを身にまとい、凛々しい顔でこちらを見下ろす、如何にもエリートという風貌の女性。元軍人で私達学生の警戒対象であり、魔法使いとしては誤魔化しようの無い凄腕な人。桔梗先生だ。
そう、この人もまた時間への干渉が出来るらしい。実際に見たことはないけれど、学園長ですら出来ない領域にまで足を踏み込んでいるとかなんとか。
凄い人物なのはわかるけど、まだ私たちは高校一年生という身分なのに、社会のこととか言い出さないで欲しい。
確かに先生から見たら、私たちのような生徒はまだまだ雨の日の魔法が下手くそなんだろう。だとしてももうちょっと言い方があると思うんだ。
うん、まあ、つまり。実害とは魔法に関してのことなのです。
今から約二千年前。太陽変質という、人類が全世界で一千万人以下にまで減ってしまう大事件が起きた。そしてその後の太陽光には魔素が含まれるようになる。
当時発展していた科学文明は壊滅。世界的な混乱が発生して、それはもう酷い有様だったらしい。当時の状況を記す文献は限られているから詳細なことは不明だけど。
そんな中、立ち上がったのが聖女様だ。
聖女様が世界のルールを制定し、聖約を課すことにより私たちは“魔法使い”と“一般人”に分けられ、世界は平穏を取り戻し、新しい魔法文明を築きながら現代へ至った。この仕組みは恐らく魔法歴が始まる前から生きている聖女様が存命する限り続いていくんだろう。
そして、私たち魔法使いは太陽光に含まれる魔素を利用して魔法を行使する。魔素はある程度均一になる特性があるようだけど、それでも連日陽の光が遮られれば不足してくる。
曇りの日と夜中は魔法使いにとって乗り越えなければいけない課題の一つである。
「魔法大戦の時代であれば、魔素集積装置によって空気中の魔素含有量は一定に保たれていたが、我らの時代には存在しない技術だ。無い物ねだりをしている暇があれば、魔素の少ない環境下であっても適切な魔法を行使できるよう修行をするべきであろう? 故に本日は基礎の基礎。第七定式第一魔法文字の修練とする」
えぇー、という悲鳴が聞こえてくるようだった。隣の子なんて頭抱えてるし。そんなに嫌なの?
第一魔法文字は基礎魔法に含まれる魔法だ。基礎魔法は資質に囚われない誰でも使える魔法で、全体授業で取り扱うには持ってこいの部類である。
だが魔法文字は人気がない。基礎の中でも地味だし、個々人の努力が如実に出てくるから実力差が目に見えてしまう。
「では全員、
『――《
瞬間、世界が切り替わる。
すっかり慣れてしまった煌めく世界。肌を伝う魔素の感覚がくすぐったくて、笑いそうになる。以前このことをぽろっと漏らしたら、みんなは私以外そんなことは起きない、と言って距離を取られてしまった。不思議ちゃん扱いしないで?
若干青春に影を落としてくれやがった魔素達が、私の周りを揺れ動くように、踊るように、どんな事を見せてくれるの? とぐるぐる付きまとってくる。
魔法使いだけが知ることが出来る、特別な世界。
私が特別でいられる、居場所が許される場所。
「では第一魔法文字、筆記開始――!」
その言葉と同時に机に紙が現れる。瞬間移動なのか、物質の生成なのか予測出来ない早業で、苦手な先生だけど改めて凄いなと思った。
「《おいで》」
私の言葉に従って、わ〜っと魔素達が私の手のひらに集まり、ペンの形に変わっていく。他の人たちは筆箱からペンを取り出しているけれど、私は使い慣れたこれを使わないと気持ち悪い。
第一魔法文字はルーン文字に近いと言われているもので、造形自体はさほど難しくない。原文字と違って洗練されているから、書きやすいし、直線が多いから苦もなく書ける。
ただ、もちろん単に線を引いただけでは魔法文字は成立しない。
魔法文字を構成する線一つ一つに対して魔素を均等に配分し、文字として読める状態にした時に固定化を施して、魔法として成立するように世界に対して安定していると誤認させる。ここまで出来てやっと魔法文字として成立する。
魔法使いの人以外に説明するとしたら……理科で使うピペットでレモン汁を均一垂らしながら文字を作り、それを乾かしてから火で
ただ私としては得意と言っていい分野だ。なにせ私は魔法絵師。この手の作業は普段から手になじんでいるし、創型の魔法使いとしての実力をここで発揮しちゃってもいいかもしれない。単なる外部入学の不思議ちゃん扱いから抜け出して、クール系天使JKとしてクラスの全員から視線を貰う存在になってやる。
§
約三十分後、とりあえず二十文字書いて周りを見てみれば、他の生徒達は苦しそうにしていた。さっき頭を抱えていた隣の子なんてまだ一文字目の途中だ。……そんなに?
とはいえ私としても納得の出来とは言えない。普段なら苦も無く書けるのに、魔素の量が不安定であると感じるだけでこんなにも難しくなるとは思わなかった。絵を描く時ならもう少しスムーズなんだけど、文字となると意識が変わってしまうんだろうか。
気になってアリスを見てみれば、楽しそうにペンを動かしている。あれは天才だから別かな。
「――よし、筆を置け! ……思ったよりも酷いな。魔素が不安定であるからとはいえ、変換ミスで霧散した魔素で教室が見えなくなったらどうするのかね?」
そんなこと起きないでしょうに。この先生は人を逆撫でる言い方をしなければ気が済まないんだろうか。いや、あるのかな。魔眼であれば他者の干渉領域にある魔素を視認できるというし。
でもそれってすごく生きづらそうだ。そもそも魔眼持ちってずっと資質励起している状態で生活しているらしいし。
そう考えたら桔梗先生が魔眼持ちの可能性も……あるかも?
少なくとも私は、桔梗先生が資質励起をしているところを見たことがない。魔法使いは漏れなく《
「
……と、そんなことを考えていたら私の親友の名前が呼ばれていた。
呼ばれたアリスの方は、特に緊張する様子もなく、というか先生の方にまるで視線を向けずに文字を書いている。どんだけ好きなのよ、魔法。
「三十五文字〜」
……負けた。普段なら絶対負けない自信があるけど、雨の中での行使ならアリスの方が圧倒的に上手だ。内部進学だし、私みたいな外部入学生よりもはるかに授業を重ねてきたことはわかってる。私だってまだまだ伸びしろがあるはずだ。
……でも、正直悔しい。
「よし。では前に出て手本を見せてみろ」
「は〜い」
黒板の前にアリスが立つ。慣れた足取りで、当然のようにみんなの前で魔法文字を刻んでいく。
『えっへへ~、私、天才だからね~』
いつもお気楽に見える、なんてことのない軽口が何一つ偽りがないことを私は初めて認識したのかもしれない。
――負けたくないなと思った。
※作者による読まなくてもいい設定語り
太陽変質について。
自作シリーズ『犠牲者は聖女』のとある時に必ず発生する厄災。どれだけ少なくとも億単位の死者が発生するためどう頑張っても地獄。
V舐めはこのシリーズの番外編として書いているため、本編みたいな悲惨なことにはならないので安心安全。というか作者が書く作品は大抵このシリーズか、このシリーズの番外編。「おい、やめろ」「そういうとこだぞ」「人の心とかないんか?」と大好評のシリーズのため、いつかカクヨムでも連載する予定。
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