第35話

「……自分だって赤マントだろ?」


 赤マントの言葉に、茜は赤い槍を向けてニヤリと笑う。


「違うね。私は紅林茜。ただの赤マントのお前と一緒にするな」


 そして、茜は赤マントに向けて疾走する。

 その手の赤い槍の巨大さは、赤マントの銀の槍と比べても何の遜色も無い。

 それは槍のようで。

 あるいは、大剣のようで。

 あらゆる障害を弾き飛ばす、茜の恋そのものだ。


「オイオイオイオイ! このくらいでもう勝った気分かよコラ! なめてんじゃねえぞ! 出来そこないの赤マントにくっだらねえナマクラ剣と狐風情が揃った程度でよぉ!」


 理解できない。

 赤マントは、謎の焦燥感に苛まれていた。

 自分の取り込んだ古沢夕の感情を探る。


 恋。

 それは確かに存在する。

 けれど、こんなものが何だというのか。

 何故、自分は焦っているのか。

 何故、諦めにも似た悲しみを感じるのか。

 自分の中に取り込んだ古沢夕が本来感じるはずであった感情なのだろうか。

 こんな不安定なものが、恋だというのか。

 理解できない。

 諦めながらも、何故胸を締め付けるのか。

 そんな苦痛を受けるくらいならば、力尽くで満たしてしまえばいい。

 自分には、それが出来る。

 そこで思考を停止して、自分の中を殺意で満たして。

 赤マントは、槍を構え直す。


「ナマクラだぁ!? たかが赤マントがナメてんじゃねえぞ!」


 茜の一撃を槍で弾いた赤マントに、六花が胸に手を当てながら接近する。


「おぅらぁっ!」


 一瞬のうちに剣の姿に戻った六花が、赤マントの横腹を薙いで空中を旋回する。 そのまま超高速のブーメランのように戻ってくる六花が、赤マントの防御の隙を狙って浅く何度も斬り裂いていく。


「ハッ! 急所はさすがに防御しやがるか!」


 人間の姿になった六花が離れた、その時。

 瑞貴は、辺りが妙に明るくなっている事に気付く。


「茜さん、六花さん! 離れなさい!」


 叫ぶ声の方へと、振り向く。

 そこには琴葉と、その背後を埋め尽くす程の青い火の群れ。


「貴方が狐風情と侮ったボクの、全力の狐火です。一つ残らずプレゼントしてあげましょう!」


 琴葉の宣言と共に、大量の青い火……狐火が赤マントへと飛来する。

 それは四方八方から意志を持っているかのように襲い掛かり、着弾する度に小規模の爆発を起こしていく。

 そこにすかさず茜が槍を突き入れるものの、これ程の爆発の中でも赤マントは茜の攻撃を槍で的確に弾く。


「……あれ?」


 今の攻防に、瑞貴は違和感を感じた。

 あの三人の全力の攻撃を、赤マントはしのぎ続けている。

 いや、違う。

 茜の攻撃を、優先的に弾いている。

 つまり、恐れているのだと瑞貴は気付く。

 自分の理解できない、茜の槍を赤マントは恐れている。

 それは、あの茜の新しい槍ならば赤マントに通用するという事でもある。

 だが、あれだけ警戒されてたら、隙を新しく作る方法が瑞貴には思いつかない。


「ミズキ!」


 茜が、叫ぶ。

 茜が突き出した槍は、また弾かれる。

 だが、その隙に六花が赤マントの肩を薙ぐ。


「投げて! ミズキの携帯!」


 その意味が一瞬、瑞貴には理解できなかった。

 だが投げろと茜が言う以上、投げるべきだと瑞貴は思い直す。

 スマホを取り出した瑞貴に、茜は更に叫ぶ。


「上! 私達の上に!」


 防戦一方になった赤マントが、苛立たしげに舌打ちをする。


「んだよ、まだ何か企んでやがんのかよ!」


 瑞貴が迷わず上へと投げたスマホから、着信音が鳴る。

 表示名は、茜。

 だが、茜はあの古めかしい携帯を手には持っていない。

 鳴り続けるスマホが赤マントの頭上遥高くへと、放物線を描いて飛んでいき……そこで、突然スマホが鳴りやむ。

 切れたわけではない。スマホの画面は……通話になっている。

 その瞬間、瑞貴は思い出す。

 茜の携帯が、何であったかを。


「もしもし、私メリーさん」


 地面に落ちる直前の瑞貴のスマホから、そんな声が響く。

 その声は、やけに大きく響いて。

 転がり落ちた瑞貴のスマホの、そのはるか上空に……茜の携帯が現れる。


「今、ね」


 茜の携帯のストラップのドクロが、ゲラゲラと笑う。

 それは次第に人の頭となって、携帯は身体となっていく。


「アナタの頭上にいるの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る