前夜祭 001



 ランダルに着いて一週間。

 僕らは国にあてがわれたホテルに泊まり、思い思いに大会までの時間を過ごしていた。

 警戒していた「明星の鷹」との接触は特になく、普通に旅行気分である。


「ウィグさん、準備できましたか?」


 ノックの音。

 こちらが返事をする前に、エルネが部屋に入ってきた。 


「うん、バッチリ決まってますね。これなら誰にも舐められません」

「そうだといいけどね」


 着慣れない片っ苦しい礼装の袖を確かめながら、僕は背筋を伸ばす。

 実に動きづらく、剣を振るのに適していない服だ……早急に脱いで上裸になりたい。


「エルネも似合ってるね、ドレス」


 緑色の髪に良く似合う深緑のドレス……普段の動きやすそうな服装とは違い、ザ・お嬢様といった風体だ。

 不覚にも見惚れそうになる。


「そんなに見つめないでくださいよー」

「ああ、ごめん。ついね」

「ふっふーん。ウィグさんを虜にしてしまうなんて、今日のためにわざわざ買い揃えた甲斐がありました」

「買ったの? レンタルじゃなくて?」

「借り物で前夜祭に出席するなんてケチ臭いですよ。目立ってなんぼです」


 前夜祭と銘打たれた気怠い催し。

 なんでも、対戦相手である「明星の鷹」が善意で主催してくれるそうだ……派手好きな彼らのやりそうなことである。

 大会関係者や見物人を集め、対戦会場になっているコロシアムでパーティーをするらしい。


「それにしても、どういう風の吹き回しですかね。明日戦う相手をもてなそうだなんて善人が過ぎますよ」

「あの人たちの考えてることはわからないよ……まあ、非公認ギルドなんか敵じゃないと思ってるんじゃない?」

「なんですかそれ、一気にムカついてきました!」

「エルネの分まで明日は頑張るから、今日のところは楽しませてもらいなよ」


 僕は全体楽しめそうにないので、場の空気を壊さないようにだけ注意しよう。

 間違っても面倒を起こさないようにしなければ……こんな心配をするくらいなら出席したくはないが、マスター命令を受けたので仕方ない。

 曰く、ギルドの代表がビビッてどうするんじゃとのことだった。

 別にビビっているわけではないし、過去の確執からくる問題なのだが、そんな言い訳を聞いてくれる人ではない。


「マスターとナイラさんは先にコロシアムに向かっているらしいので、私たちも行きましょうか」

「おっけー。気乗りはしないけどね」


 剣をベルト部分に固定し、準備は万端と外に出る。

 昼間の明るさと遜色ない繁華街を抜け、街の外れに鎮座するコロシアムへ。

 石でできた巨大な建造物……全体像は天井のない円形をしており、如何にも見世物が行われるといった面持ちである。


「近くで見ると立派な建物ですねー」

「五万人は収容できるらしいよ」

「はえー……明日は満員になるでしょうし、緊張しますね」

「特には。緊張しない体質なんだよね」


 エルネを引き連れ、五つある入り口の一つから中へ。

 係員に誘導され(「明星の鷹」のメンバーだろうか?)、客席ではなく競技場内へと通される。

 目の前に広がったのは、煌びやかに彩られたパーティー会場だった

 絢爛な料理が乗った丸いテーブルがいくつも設置され、その周囲で人々が談笑している……人混みの間を縫うように給仕係が忙しなく動き、客の要求に応えていく。


「うわぁ……立食パーティーってやつですかね? 豪華です~」


 思わず喜びの声を漏らすエルネ。

 僕には拝金主義者の集まりにしか見えないが、一々悪態をつくのも悪いので黙っておいた。


「明日になったらこの場所で戦うんですよね? いまいち想像できません」

「僕もだよ。まあ、余裕の表れだと思えば妥当な感じではあるけど」

「そう言われるとまたムカついてきます……『流星団』のことなんて屁でもないと思っているんでしょうか」

「さあ。何にせよ、せっかく招待されたんだから楽しみなよ」


 場内をぐるっと見回す。

 高さ十メートルほどの壁で囲まれ、その上から階段状に観客席があるようだ。

 広さは充分にあるし、これなら多少暴れても被害は出ないだろう。

 地面の硬さは……うん、軽く蹴った感じ問題はない。

 あまりにもド派手な技を使わない限り、観客の安全は保たれるはずだ。


「……顔が怖いですよ、ウィグさん」

「下見も兼ねてるからさ。ざっと見た感じ、何も気にせず戦えそうだよ」

「無論だ。当日は王国軍が防御系のスキルを展開するからな、思う存分暴れてこい」


 いきなり会話に参加してきたのは誰あろう、我らがナイラ・セザールさんだった……ん?


「……どうした。私の顔に何かついているか?」

「いや、えっと……」


 深紅のタイトなドレスに身を包み、非常にスマートでファビュラスな空気を纏っているナイラの両手には、肉料理の乗った大皿が控えていた。

 頭上にはワインが一本。


「……その奇抜な出で立ちはなぜに?」

「ああ、これか……マスターの御用命でな、うまそうな肉と酒を持ってこいとのことだ」

「そういうのは給仕係に頼めばいいんじゃない?」

「この場にいる者は仲間以外全員敵と思え、とのことだ。薬でも盛られたらかなわんからな」


 そんなに警戒するなら料理を食べるなと言いたいし、そもそも出席するなとも言いたいが、我慢する。


「あっちに『流星団私たち』用のテーブルがある。向こうの目算とは違って少人数で来てしまったから、だいぶ広々と使えるぞ」

「そりゃ、対抗戦に四人で臨むとは思わないよね。公認ギルドの規模感で考えられても困るけど」

「ふん、どうせ当てこすりのようなものだ。気にせず騒がせてもらうとしよう」


 言って、ナイラはついてこいとばかりに踵を返す。

 頭のワインを持とうかと迷ったが、驚異的なバランス感覚をしている彼女なら大丈夫かと放置する。

 しばらく歩くと、


「おお、来たか! 先に始めとるぞ!」


 視線の先で、真っ黒なドレスに身を包んだアウレアがワインをラッパ飲みしていた。

 テーブルに敷かれた純白のクロスがびちゃびちゃに汚れ、食べかけのステーキやら何やらが散乱している。


「……山賊と一緒に飲んでたんですか」

「なにぃ? 山賊ぅ? おいおい、こんなところに山賊がおるわけないじゃろ。ウィグよ、もう酔っておるのか? カハハッ――ハッ……オェッ……」

「……」


 泥酔だった。

 よくもまあ他人様主催のパーティーでここまで滅茶苦茶できるものだ。


「……ふう。高い酒は酔いの回りが早くていかんの。かと言って、ここでビビッておったら『流星団』の名折れじゃ。ギルドに持ち帰るくらいの意気込みで飲み溜めなければならん」

「やめておいた方がいいですよ、シンプルに」

「儂を止めるな! 何が何でも飲むんじゃ!」

「別に止めないですけど、絶対にここで吐かないでくださいね」


 僕に被害が出なければ好きにしてほしい。

 パーティー客からの視線が痛いが、そんなのは慣れっこだ。


「私はナイラさんと一緒にマスターを見てますから、ウィグさんは料理を取ってきてください」

「いいの? 遠慮しないけど」

「主役はあなたなんですから、少しは楽しまないとですよ。あ、私には美味しそうなサラダを持ってきてくださいね」

「……了解」


 エルネに体よくパシられた。

 仕方なく動き出そうとすると、


「会場にお集まりのみなさーん! 間もなく前夜祭の始まりでーす! お近くのテーブルに集まってくださーい!」


 場内にアナウンスが響く。

 キンキンとした女性の声で、有体に言って苦手だ。


「はいはいはーい! みなさん、ステージにご注目―!」


 急遽作られたであろう高台に、うさぎの耳を付けた女性が現れる。


「前夜祭の司会進行雑務事務、その他諸々を務めさせて頂く、愛嬌最強プリティーベイベーなバニーガール、レジーナちゃんでーす! 以後お見知りおきを!」


 うさみみの女性――レジーナさんは、ファンサービスとばかりに投げキッスを飛ばしまくる。


「こりゃまたとんでもないもんが出てきたの……うっぷ」


 今にも吐きそうな顔で言うアウレア。

 ……あんたが言うな。


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