第15話 お勉強のお時間でございます!
三人は支度を終えると、応接室まで揃って向かった。サフランはしゃがみこんで子供達の肩に手を置き、小声で語りかける。
「……内部事情なんて探られないよう、最短期間で泣いて帰らせましょう。ちょうど良い機会ですから、テディのお勉強も兼ねて、学べる所は全て学んで搾り取りましょうね。せっかく高いお金を払って王が雇ってくださった家庭教師ですもの……有効に使わないといけませんものね!」
サフランは二人の顔を見つめ、ニコリと不敵な笑みを浮かべた。
テディは初めて触れたサフランの一面に、ヒッと声を漏らす。リラも握った手の内側に思わず汗をかいてしまったほどだ。王国一のやり手女性領主の名は伊達ではない。
サフランは軽く応接室の扉をノックし、相手の返事を待ってから入室した。
中には、40代くらいの女性がソファに座って待っていた。深い青に所々白が混ざった髪をお団子にし、細い金縁の眼鏡をかけている。
それは前回までのループで、リラに王妃教育を叩き込んだ女性、パドマだった。
マナーや歴史、所作や魔法に至るまで全てをスパルタで教え込まれた記憶が蘇り、思わず背筋が伸びる。
──あまりの厳しさに、家に帰ってこっそり泣いたことも、何度もありました……。
と、リラは遠い記憶に思いを馳せる。
「お待たせいたしまして、申し訳ございません。当主のサフラン=アメジストと申します」
サフランが優美な動作でお辞儀する。非の打ち所がないカーティシーだ。相手の女性は少し押されながらも、オホンッと咳払いをして立ち上がった。
「王より王妃教育を任されて参りました、パドマ=ソーダライトでございます。……して、そちらが?」
「娘のライラックと息子のセオドアです」
リラとテディは揃ってお辞儀をする。
「はて、息子さんが居られるというのは聞いておりませんが……。それに、私が教えるのはライラック嬢だけでございますがね」
「息子は体が弱くて、今まで屋敷から出ずに静養していたのです。それに、この髪色でしょう?魔力が少なくて、ライラックが頻繁に魔力付与をしてあげないと倒れてしまうので……」
フラリともたれかかるテディの脇を、リラが支える。もちろん、サフランの指示による演技だ。
「まあ、ライラック嬢は魔力付与が出来るのでございますか!?それが出来るのは王国でもごく僅かで、しかも人体への付与となると、最上級付与師のみと聞きますが……!」
「あら、これは王にも秘密なのでしたわ!忘れてくださいましね。……でも、テディが一緒に授業を受けていましたら、魔力付与を行なっている所をご覧になってしまうかもしれませんね……」
サフランは、困りましたわ……と、頬に手を当てて首を傾げる。
「オホンオホンッ!命がかかっているのならば、致し方ありませんね!セオドアさんも、一緒に授業を受けても良いでございますよ」
パドマは王からスパイとして雇われているため、リラについて報告義務があるのだろう。魔力付与の現場が見られるとなれば、断るはずもない。
こちらとしては、付与のことはいずれ知られることだろうし、報告されても問題はないのだが。
「まあ、ありがとうございます。くれぐれも、王へは秘密でお願いいたしますね」
「も、もちろんですわ!オホホッ」
こちらがうっかり秘密を漏らした風を装い、エサとして目の前に吊り下げておけば、そこに躍起になって飛びついてくれるだろう。他のことを探ろうとする余裕は無くなるはずだ。
「では早速、本日からお勉強を始めてようございますか?」
「ええ、ではこちらへ」
・・・・・・・・・・・・・・・
二人の子供達が読み書きの練習に使っていた部屋を、急遽勉強部屋とすることになった。
マリーたちが超特急で整えてくれたのであろう、新品のノートと筆記用具がテーブルの上に並んでいる。
「オホンッ!ではまず、貴族に必要な三つの力の話から参りましょう。ライラック嬢、何か知っていることはございますか?」
「はい、パドマ先生。体力、魔力、神聖力が三つの力です。貴族は他国との戦争時に参戦義務がある他、自らが治める領地の魔物を討伐する必要がありますので、この力が必要になります」
「ま、まあまあ良い答えでございますね……。ですが、その三つの力の違いは答えられないでございましょう?」
パドマは完璧な答えにたじろぐが、前回までのループでパドマ自身が叩き込んだ知識を答えているのだから、間違えるはずもない。
「体力は、文字通り自らの『身体の力』です。魔物討伐を例にしますと……魔物を追いかけるため走り続けるスタミナ、剣を振るう腕力、また剣技の技術などもこれに含まれます。魔物を攻撃する際には『物理攻撃』となります」
「そ、そうでございますね……正解です」
「魔力は火や水のといった『魔法を起こす力』です。魔物を討伐する際には火球をぶつけて燃やしたり、水で溺れさせたり、植物を操って拘束したりします。出来る事は『自然現象』に近いですが、魔物にとっては物理攻撃にあたります。魔力は髪と目の色が濃いほど高いとされ、自身の体色に合った属性の魔法を使うことが出来ます」
7歳児とは思えない知識量にパドマが黙り込んだ所で、リラが畳み掛ける。
「神聖力は神への祈りによって授かり、『神の力』をお借りして使います。傷や病気を治す『ヒール』が出来る他、魔物に当てれば黒い魔力を浄化して倒す事が出来ます。魔物にとっては『精神攻撃』に近いものです。また神聖力が一定を超えると、『創造魔法』が使えるようになります」
──泣きながら勉強した日々が、ようやく報われる時が来たのですね……!
と、心の中で涙を流しながら、習った通りの美しい笑顔でパドマに微笑みかける。
「神聖力への適性は、髪と目の色が白・金に近いほど高いです。魔力と神聖力は相反するものなので、基本的に一人の人間が両方の力を強く持つことはないとされています。……それで、先生はどんな知識を教えてくださるのですか?」
パドマは口をポカンと開け黙り込んだ後、オホンオホンと大袈裟に咳払いをした。こんなに頻繁に咳払いをしていると、体調は大丈夫かと声をかけたくなるほどだ。
「ま、まあ……及第点でございますね。今日教えようとしていたことは……そのような内容でございますけれども。──それでは実践と参りたいことですが、あいにく今日はまだ魔石の準備がなく……」
「魔石でしたら私のコレクションと、私が魔力付与したものがございますわ!──それに私は紫の髪色ですので、水系統と火系統は魔石が無くとも使えます」
「魔力付与した魔石!?……そ、それにもう魔石が無くとも魔法が使えるのでございますか?」
人は皆、自分の体色に属した魔法を使うことが出来る。
しかし魔力が不安定な子供は魔法をコントロールすることが難しいため、貴族の子供は基本魔石を使って練習を始めるのだ。
魔石に魔力を通すと、髪色に関係なく誰でもその石と同じ色系統の魔法が使えるようになる。しかし発動には自身の魔力が必要なため、強大な魔法を使えるかどうかは本人の魔力量次第になる。
しかも魔石は非常に高価なため、庶民は魔道具に埋め込まれた専用の微小な魔石以外、ほとんど手にすることは出来ない。
結局どんな魔法がどれくらい使えるかは、自身の体色による適性と魔力量、鍛錬の経験値と魔石を買えるかどうかの財力の差によって、大きく左右されるのだ。
その後魔法の実践となったが、水球も火球も大人並みに操れるリラの姿に、パドマは目を回してしまった。
──過去に舞い戻ってから、記憶を頼りに鍛錬を続けてきた甲斐がありました……!
と、リラは心の中で涙を流す。
また魔石を使用することで、その他の属性魔法も初歩的なものは及第点をもらうことが出来た。
「やりました!独学で魔力付与した魔石の精度は自信がなかったですが、普通に使用出来ますね。このまま精度を上げていけば、市井に私の魔石を流通させていくことも可能に……!」
リラが夢に思いを馳せて打ち震えている横で、パドマは違う意味で震えていた。
──これじゃあ、教えることが全く無いじゃあないの!せっかく王命で高い給料でございますのに、数日でお役御免では笑えませんわ!
「お姉さま……ぼくは魔石の力を借りても、魔法を使うことは出来ませんか……?」
テディからの「お姉さま」呼びに未だに慣れないリラは、上目遣いの弟を見てあまりの可愛さに卒倒しそうになりながら、こう返した。
「テディは魔力がほとんどないので、魔石に力を込めると体内の魔力が枯渇して、倒れてしまう可能性がありますね……」
「そうですか……。ぼくも魔法、使ってみたかったな……」
しょんぼりとするテディを見て、リラは居ても立っても居られなくなってしまう。
うーん……としばらく考え込んだ後、ぽん!と手を打った。
「私が手を繋いで魔力付与をしながら、というのはどうでしょう!パスが繋がっている状態なので、枯渇することはないはずです!」
リラはテディに赤い魔石を握らせ、その上から自分の手で包み込むように握りしめる。ゆっくりと魔力付与を行いながら、テディに目配せをした。
「『燃焼〈ファイヤー〉』」
テディがおそるおそる呟くと、立てた指先に小さな炎が灯った。
「お姉さま!お姉さま!!できました!……ぼく、はじめて魔法が使えました!」
「ええ!とっても上手でしたよ、テディ!さすが私の弟です!」
「これが人体への魔力付与でございますの!?ライラック嬢、そのやり方は……」
慌てて尋ねるパドマをよそに、二人はうれしさのあまり手を取ってピョンピョンと跳ね回っていた。
パドマは教師としての初めての挫折を味わいながら、窓の外を眺めて深いため息をついた。
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