第5話 王都、そして王城へ

 血の契約──それは、ヴァンパイヤの末裔であるルビー家と、契約者との間で交わされる呪いである。


 ルビー家の先祖はヴァンパイヤと交わり、人の身体でありながらも高い魔力を得た。

 しかしその一方でヴァンパイヤの性質も受け継ぎ、その能力を使うには他人の血が必要となってしまった。


 ルビー家の一族は契約者から血を貰うことで、真っ赤な髪が漆黒に染まり、非常に高い魔力と治癒力を使うことが出来る。

 しかし契約者の命令に逆らうことは出来ず、治癒力を使う相手も契約者に限定されてしまう。


 王族はこのルビー家の魔力に目をつけ、代々契約をして一族を縛りつけてきたのだ。

 そしてその契約が行えるようになるのが──7歳の誕生日。

 

 まさに今日、ノアと王族との契約が行われるのだ。


 前回までのループでは、椅子から落ちて頭を打ったことを理由に王城行きが延期され、この日ノアに会うことはなかった。


 7回のループの中では、ノアは兄であるアレキサンダー王子に良いように使われてきた。

 

 兄の行動を諌めながらも契約のため逆らうことが出来ず、他国との戦場に派遣されては虐殺を強制されていた。

 

 心根の優しいノアは自分のしたことで精神を病み、人との交流を避け心を閉ざしてしまう。そして、戦場の悪魔と呼ばれるようになるのだ。


 ──心優しいノアが辛い思いをするのは、絶対に避けなければなりません!

 リラは王城へ向かう馬車の中で、拳を固く握りしめる。


「それで?神様とはどんな話をしたのかしら」

 

「神様はどんな方だった!?」

 

「ええっと……」


 両親からの質問攻めに、リラは昨晩考えた神との出会いのあらすじを語る。

 

 おちゃらけた神の姿への明言は避け、荘厳で優美なイメージを残しつつ……。また、サクラや未来の出来事、ループについて語るわけにもいかないので、あくまで手短に。


「ほう……。にわかには信じられないが、この金色の瞳がなあ……」

 

「リラ、今の話は信用出来る人にしか話してはいけないません。夢に過ぎないと馬鹿にする人もいるでしょうし、その力を利用しようとする悪い人たちも出てくるでしょう」


 母親は、リラの手の上に優しく手を重ねる。


「はい、わかりました。お母さま」

 

「良い子ですよ、リラ」

 

「それはそうと──今日はアレキサンダー王子との顔合わせなのだよなあ……。俺としては、婚約者など100年早いと思うのだが……」

 

「あなた、それでは誰とも結婚出来ませんよ」


 父親はガックリと肩を落とし、大きなため息をついた。

 

 ──そうなのだ。今日はリラとアレキサンダーとの婚約顔合わせの日でもあるのだった。


「でもねリラ、今回は家同士の古い取り決めで婚約となりますが、リラが大人になって別に好きな人が出来れば、その人と結婚しても良いのですよ」

 

「そうだぞ、父さんたちみたいにな!」


 リラの母親と父親は、貴族家には珍しい恋愛結婚だ。


 庶民ながらその尋常ではないパワーと身体能力で騎士団長まで上り詰めた父親が、アメジスト家当主であった母親に一目惚れし、熱心にアプローチをしたのだ。

 

 貴族同士の腹黒いやり取りに疲弊していた母親も、その純粋な愛情(と大型犬のような容姿)に心惹かれ、父親が婿に入った形で結婚したのである。


「王族との婚約破棄はかなり難しいでしょうけれど──まあ、アメジスト家ならば大丈夫です!リラの幸せに代えられるものはないですから」

 

「その通りだ!嫌になったらいつでも言うが良いぞ!」


 アメジスト家は女性ながら敏腕な当主である母親のおかげで、王国でも有数の影響力を持つ家門となっていた。

 山と海の両方を領地に持ち、農業も盛んで領民も増える一方だ。

 

 しかしいくら栄えていても、王子との婚約破棄となれば話は別だろう。

 最悪家が傾き、伯爵位取り消しにもなりかねない。

 

 それでもリラの幸せを家門よりも大切と考えてくれる両親の愛に、リラは涙をにじませる。


「はい。お父さま、お母さま……。ありがとうございます」

 

「まあ王子を気に入れば、それが一番なのだけれどね。将来的に皇后に……王国の母となるのだから、それは名誉なことよ」

 

「心優しいリラならば、国民を愛する良い皇后となるだろうしな!」


 そうこう話している内に、馬車の揺れが静かになってくる。王城への道に入ったようだ。


「リラは王都は久しぶりだったよな。外を覗いてごらん」

 

「──わあ……!」


 カーテンをめくって外を眺めると、そこには華やかな王都の街並みが広がっていた。

 

 煉瓦造りの建物の前には屋台が並び、色とりどりの果物やアクセサリーを売る人々の声が響いている。

 白いドレスを着た人や礼拝服を着た子供達、活力に溢れた冒険者など、すれ違う人も様々だ。

 街道沿いには、至る所に白いマーガレットの鉢植えが置かれている。


「今日は花祭りですからね。中央はもっと華やかですよ」


 上の方を見上げると、花びらを象ったガーランドが建物から建物へと吊る下げられていた。

 小さな子供達が手に持った籠から花びらを撒きながら、馬車の横を楽しそうに走り去っていく。


「今日は王都に一泊するからな。祭りも明日まで続くし、お店を見て回ろうな!」

 

「わあい!ありがとうございます、お父さま、お母さま!」


 リラは嬉しさのあまりぴょんと飛び跳ね、我に返って頬を赤くした。18歳までの記憶はあるが、どうやら精神年齢が6歳の体にひっぱられているようだ。


「ハハッ!リラはお行儀が良くていい子だが、たまには子供らしくしても良いのだぞ!」


 急いで大人になったら父さん寂しいからな、と父親がウリウリと荒っぽくリラの頭を撫でる。


「……そろそろ着くようですね」


 母親は杖を取り出し、ポンとリラの頭を杖先で触ってボサボサになった髪を整えた。

 

 今日はマリーお得意の三つ編みのおさげを、輪っかにしてレースのリボンで結び、とびきりかわいく仕上げてきたのだった。

 

 服装も、小花の飾りがついた白と水色のグラデーションワンピースに、黄色い編み上げリボン付きの靴と、花祭りの主役であるマーガレットをイメージしている。


 馬車が止まり、父親のエスコートで外へと降りる。

 門の前には王城の執事が待ち迎えており、いよいよ城内へと足を踏み入れた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 執事の案内で建物へと続く道を歩いていると、巨大な噴水が目に飛び込んできた。

 土台となるタイルや中央の柱には、大きく輝く青い宝石が埋め込まれている。


「あれは……!水の魔石ですね……!」

 

「さようでございます、ライラック様。王家が管理する魔石の中でも、特に貴重なサファイアです」

 

「ふふっ……リラは魔石が大好きだものね」

 

「はい!大大大大大好きです!」



 リラは宝石もかくやというほどに目を輝かせ、上気した頬で魔石を見つめる。


 この世界において魔石は、魔力の属性を変えられる色眼鏡のようなものだ。魔石に力を込めれば、同じ色系統の魔法が使えるようになる。

 

 そのため、安価で小さい魔石は街のいたる所にあり、生活の一部となっているのだ。


 魔石にはもともと魔力が秘められているものや、後から魔力を込めたものもある。

 しかし石に魔力を込めるのは至難の業で、それ専門の職もあるくらいである。


 リラは周囲が手を焼くほどの魔石ジャンキーで、前回までのループでも魔石を収集したり、魔力付与の研究を独学で続けたりしていた。

 

 ほう……とため息をつきながら魔石に熱い視線を送るリラに、執事は「近くでご覧になられますか?」と声をかける。


「いえ……大丈夫です」


 今まで何十時間も見てきましたから……と言えるはずもなく、心の中で呟く。


 前回までのループでは、延期後の婚約顔合わせの際にこの魔石に一目惚れし、長時間居座って両親を困らせたものだった。

 

 正式に婚約者になって王城への出入りが許されてからも、この噴水を眺められるベンチが、彼女の定位置だった。


 何時間見ても飽きないものですけれどね……と、冷めやらぬ興奮を胸に秘めて足を進めていると、庭の奥にある真っ赤な薔薇の花が目に入った。


「あ!あの……」

 

「何でございましょうか?」

 

「私……あそこのお花を、少し……ほんのちょっとだけ、見たいのですけれど……」


 突然の申し出に大人達は面食らったようだが、王との面会までは少し時間があるということで、お許しをもらった。

 

 薔薇の方へと一目散にかけていくリラを、あの子が魔石より優先するものがあるなんて……と、両親は不思議そうに見守っていた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 リラは走りながら、過去のノアとの会話を思い出す。


「小さい頃の僕は、城の中に居場所が無くてね……ずっと薔薇の庭園にいたんだ」


 この真っ赤な頭が目立たない場所が、城の中にはそこしかなかったから……と、記憶の中のノアは寂しそうに微笑む。


 リラは薔薇の庭に着くと、ぐるりと周囲を見渡した。

 真っ赤な薔薇が咲き誇る中に、一際美しい燃え上がるような紅が見え隠れしている。


「あの……!」


 息を切らせながら彼の元まで走ると、膝を抱えてしゃがみこんでいたノアが、ビクリと体を震わせながら顔を上げ、二人の目と目が合うのだった。

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