66てぇてぇ『休むってぇ、時に怖い事なんだってぇ』

『いやあ、今日はまいったねー。折角のナツとデートだったのにさあ』

『いや、マジで流石と思った。湿度高い女連れてくと駄目だね。雨降るわ』

『湿度高い女言うな! 泣いてもっと湿度上げるぞ!』

〈湿度高い女w〉

〈流石、名刀長曾祢虎ナツ〉

〈ツノ様の角が折れてしまうからやめてもろて〉


 俺は今、ナツノオフコラボ晩酌配信を見ている。

 何故か姉さんと一緒に。


「累児、楽しい?」

「うん。でも、姉さんは? 寝ないの?」

「明日が楽しみすぎて寝られないから」


 姉さんは、早めの配信だったので、配信を終え喉ケア用に俺が作ったドリンクを片手に俺にぴったり貼り付いて配信を見ている。

 ナツノも言っていたが今日はいきなり雨が降り出し、しかも、豪雨。

 ちょっと湿度が酷い。でも、除湿はつけない。姉さんの喉には今このくらいがちょうどいい。

 ただ、姉さんがくっついてるので、すっごい熱い。


「累児が寝たら、寝るわ」


 なんだかんだで本当に優しい姉だ。俺が心配なのだろう。


「寝ないことしたいなら、私も寝ないから大丈夫よ」


 そのライン越えジョークは本当にやめてもろて。

 俺は姉さんの言葉に曖昧に笑って配信を見る。


 ナツノのコンビネーションは流石だ。

 多少のブランクは感じるがそれでも二人とも視聴者を飽きさせない、盛り上げる言葉選びで、笑いを取っている。

 ナツさんの喉の調子も悪くない。悪くない。

 そう、悪くないのだ。良くもない。

 いや、多分喉の調子じゃないんだろう。声のトーンが、低い。僅かに。

 そんな気がした。


『いやあ、それにしてもさあ、ツノいつの間にか、200万人目前って、湿度高い女は流石だね、しっとりくっついてはなさんね』

『は、はあ!? 誰が、捨てないで一緒に居てー! って激重オオサンショウウ女だよ!?』

『いや、言ってねーわ。口では』

『口ではかよ! 心では言ってんのかよ!』

〈ナツ様、容赦なし〉

〈ツノ様激重オオサンショウウオンナと国認定〉

〈ナツさん切れ味鋭すぎん?〉


 気付けば、少し背中がしっとりしていた。

 雨で湿度が上がったせいだろうか。

 それとも、姉さんが凝視しているからだろうか。

 いや、誤魔化せない。何か焦りを感じている。


 ナツさんが数字を出すのが珍しい。

 そういう事を言うタイプではなかったから。

 そして、ちらちら視線を落としている。あれは、きっと……。


『ああー! こちとら、休み頂きすぎてどんどん減ってるんですよお! ちょっと分けてくださいよお!』

『おいぃいいいい! ナツが悪酔いし始めるんじゃないよお! あんたが悪酔いしたら、あたしはいつ悪酔いできるのよおぉおおお!』

〈悪酔いする気ではいるのかw〉

〈ツノバブちゃん、ナツお母さんだって酔いたいときはあるのよ〉

〈珍しいナツノ〉


 コメントは盛り上がっている。

 だが、同時に少し疑問を持ち始めた視聴者もいるようだ。

 俺も違和感が膨らみ続けている。


『……ちょっと、はいてくる』

『おいぃいいいい! フォロー出来ない言い方するな! せめてトイレで運動してくるとか言え!』

〈いや、もうそれほぼ言うてますやん〉

〈今日はナツさんが自由人〉

〈ナツさん酔い杉じゃね?〉


 俺は、直ぐに立ち上がる。が、ふらつく。あれ?

 一瞬起きた立ち眩みに慌てていると、そっと背中に手が。


 姉さんだ。


「累児、ごめんね。姉さんはこんなことしか出来ない」

「十分だよ」

「明日は絶対休もう」

「二人とも、ね」


 そっと姉さんが背中を押してくれる。

 姉さんは分かってる。多分、今、彼女と話が出来るのは俺だけだ。

 ワルプルギスでトップを張る姉さんや上位のみんなには吐き出せないものが彼女にはある。


 俺は、閉め損ねているツノさんの部屋の扉を戻そうと手をかける。

 ツノさんと目が合う。

 俺は精一杯の笑顔を見せて、扉を閉めて走り出す。

 ナツさんが飛び出したであろう家のドアを開け、彼女を追って。


 外は雨だ。

 それにナツさんもインドアの上、休んでいた。

 そこまでの体力はないし、ぶっちゃけ、あの人運動音痴だったはず。


 すぐに追いつく。

 そこは近くにある小さな公園だ。


 勿論、雨で夜だから、人は誰も居ない。


 ナツさんは膝に手をつき、肩で息をしながら、突如、吐き出した。

 ちゃんと水道の所まで駆けて吐き出すのがらしいな、なんて場違いな事を考えていた。


 彼女は、俺に気付くと、笑いながら雨だから大声で俺に話しかけた。


「ああ、ウテウト君じゃない! どうしたの?」

「ナツさんが外に飛び出すのを見て!」

「やだなあ! 飛び出すってほどじゃないでしょ! ちょっと外の空気吸いに来ただけだよ! あと、ワルハウスのトイレで吐いちゃうの申し訳ないし」


 雨の中飛び出すほうがよっぽどおかしいことは本人も分かっているだろう。

 曖昧に笑いながら大声で言っている。


「すごいよねー、ワルハウス! ワルプルギスの上位メンバーが暮らせる家って! ワルプルギスも大きくなったよね! ツノやうてめも! 登録者もうすぐ200万人って、どんだけだよって感じだよね! あたし……あたし何やってんだよって話だよね!」


 ナツさんは、ツノさんと仲が良かった。

 だから、そう言う事も考えちゃうんだろう。

 彼女の復帰配信はちらちらと視線が揺れていた。多分、登録者数に目がいってたんだと思う。


「あたしはさー数字全然伸びなくてさ! 辛くなってきてさ! 休みをすすめられたんだよね! で、あたしもそうだなーって休んだ!」


 そう、俺も休んだ方がいいとは思っていた。

 もしよければ一度会いたいとは姉さんにも言ったが、その前に最初の休みに入ってしまった。


「でもさ、事務所所属Vtuberの休みってさ、結構キツイよ! 社長からは、出来るだけSNS離れしろとか言われてさ! いや、無理だろ! とか笑ってたけど、ほんとにSNS離れすべきだったよね! 見るんじゃなかった」


 他のVtuberや自分の登録者数を見てしまったのだろう。

 休んでいれば当然増えることはほとんどない。減る方が普通だろう。


「早く戻りたいって焦れば焦るほど、また疲れて、復帰しても思ったように増えなくてまた疲れて休んじゃって……それの繰り返し! その間にね、Vtuberの数は増えてくのよ! どんどん! あたしより努力してなくても、苦労してなくてもきっと過激やズルで伸びてくVtuberが! こんなことばっか考えちゃうの!」

「ナツさん!」

「気休めはいいからね! マジで! そんなのしんどいだけだから! 何しても何されてもしんどいだけなんだよ! 全然休めない! 休んでる! なのに、心はすり減ってる! どんどんどんどん! 数も心も減っていくの!」


 ナツさんの声はどんどん大きく荒くなっていく。

 それに呼応するように雨も酷くなっていく。


「君に分かる!? 毎日毎日、いや、毎秒毎秒、数字が増えた減ったで心動かしていく人間のしんどさが! ねえ! わかる!?」


 雨の中、ナツさんの悲鳴のような声がザーッという音に埋もれていく。

 目の前のナツさんはもう雨で顔びしゃびしゃでどのくらいが涙で、どれくらいが雨なのかも分からない。

 そして、分からない。俺には。


「すみません。俺にはそのしんどさは分からないです!」


 雨の中でも届くよう出来るだけ大きな声で叫ぶ。


「そう、だよね……そりゃ、そうだ……はは……」

「想像しか出来ないし、とてもしんどいんだろうなあ! としか思えません! 俺はVtuberじゃないから! だけど、何の足しにもならないかもしれませんが、俺からVtuberファン、リスナー、応援する人間として言わせてください!」

「え……?」

「俺はっ! ファンをやめていませんっ!!!!!」


 雨の中でも聞こえるように、届くように、俺は叫ぶ。俺の喉なんかどうでもいいわ!

 ナツさんはVtuberの叫びを聞かせてくれた。

 じゃあ、俺はファンの叫びで返すだけだ!


「俺はっ! てぇてぇ言葉をくれたあの時からずっとずっとあなたのファンをやめていません!」

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