17てぇてぇ『だからてぇてぇってぇ、簡単に生まれるもんじゃないんだってぇ』

【63日目・ルイジ視点】



『じゃあ、次の曲行きます』

〈流石うてめ様疲れ知らず〉

〈てめーらはついていきます〉

〈がんばれー〉


 神秘的な緑の部屋で歌い続ける緑の女神が居た。

 いや、戦い続ける女神がそこにいた。


 高松うてめ。

 100万人を目前とした彼女が今行っている配信は耐久歌枠だ。

 目標人数を定め、それを達成するまで歌い続ける過酷な配信。

 ただでさえ、うてめ様は最近、ほぼ毎日配信を行っていた。


 正直、俺は弟としてもてめーらの一員としても止めた。

 姉さんの体力やのどが心配だった。


 特に喉はVtuberにとって命だ。

 ファンの為に無理をして、長期休む事になったVtuberはいっぱいいる。


 姉さんの喉は特別弱いわけではないが、数時間喋り続ける負担というのは半端ない。

 この耐久歌枠も、信じられない程の美声を聞かせているが、弟としては本当に信じられない。制限時間を設けることしか出来ず、しかも、それも短い時間にしてもらうように説得できなかったことが悔やまれる。


『累児のごはんやケアのおかげで最近本当に調子が良いの』


 姉さんはそう言ってくれたし、確かに調子はいいとは思う。

 でも、確実に姉さんは疲れていた。俺には分かる。


 耐久枠は、感動を呼ぶ。それは、やはり分かりやすく過酷だからだ。

 目に見える事は大事だ。特にVtuberは、裏にある色んな苦労が見えない、もしくは見せられないことが多い。

 例えば、分かりづらいのは、ゲーム配信。ゲームやってるだけでしょ、動かすのはキャラクターだし、と言ったりするが、指や目、脳の疲労は本当に凄い。

 必死に登録者を増やそうとして手がおかしくなっていた子もいた。


 歌は勿論、喉、そして、体力だ。それに、疲れれば疲れる程、目に見えて歌のクオリティが下がってくる。何故なら、声しか分かりやすく変わらないから。


 姉さんの声もちょっと弱ってきているように見える。

 100万人まであとちょっと……でも、そのあとちょっとが遠い。


 うてめ様の得意レパートリーや人気曲はかなり歌い終わった。

 どうするつもりだ……まだ、やるのか?


『ありがとうございました。じゃあ、ここからは第二部ということで、まずはこの曲』

〈なんだこの曲?〉

〈初出〉

〈あんまイメージにないわ〉


 うてめ様が歌い始めたのは、今まで歌ったことのない曲。

 というか、俺も初めて聞く。いや、タイトルは知っていた。

 というか、俺が口に出したこともあるタイトル……これは……。


〈努力の跡は見える〉

〈ツノ様向きやろ〉

〈新ジャンル開拓か〉


 コメントは賛否両論。

 歌い終わったうてめ様が、トークし始める。


『これは、うてめの同期の神野ツノをイメージした歌です。前にオフコラボ配信で話したと思うけど、つのは本当に頑張り屋さんで……』

〈そう来たか!〉

〈うてつのてぇてぇ〉

〈ちょっとあざといな〉


 ツノ様の好きな所や思い出を話し始めるうてめ様。

 さっきまでの第一部と違いトークが長くなる。

 ただ、話すのも喉は使う。

 そして、耐久歌枠である以上、トークは伸ばし過ぎるのと冷める視聴者もいるから危険だ。


『……というわけで、ツノは凄い子です。そして、うてめの……ライバルです。絶対につのより先に100万人の壁を越える……! 負けません……!』

〈オーラが見える〉

〈鬼気迫ってるな〉

〈ライバルか〉

〈ええやん〉


 うてめとツノは明言されてなかったが、同期で伸びも近い為、よくライバル関係と言われていた。

 それが、今回、明確にうてめ様が宣言したことで盛り上がる。

 うてめとツノは競い合う。それがまたファンに熱を与える。


『次の曲、行きましょう』

〈また初出〉

〈これは分かる〉

〈あの子イメージやな〉


 そこからのうてめ様の曲はうてめ様から見たメンバーのイメージソング、そして、メンバーの曲だった。

 姉さんは、塩ノエさんとのオフコラボのあと、より変わったように思う。


 Vtuberはそれぞれがライバルでチームメイトだ。そして、住み分けがある。

 誰々が歌なら、私はトークで、誰々の歌がロックなら、ラップ。みたいな感じに。

 色んな思惑がありながら、協力し合ったり、競い合ったりする。

 そして、その上で、事務所というチームでの役割が生まれてくる。


 ノエさんが過激な発言で注目度を高め、他の後輩に注目させたり好感度を上げたりしているように、ただ登録者を増やす以外にもやれることは色々ある。


 姉さんは、この歌枠で目標を達成すると同時に、【ワルプルギス】をもっともっと輝かせたいと考えていたのではないだろうか。


 ただ、コメントにもあったけどあざとく感じる人もいると思う。

 敵は増える。それでも、姉さんは、うてめ様はその道を選んだ。

 俺は、弟としててめーらとして誇りに思う。


 その時、一つのコメントが流れてくる。




〈神野ツノ:さっさと100万人イキなさい! ツノもすぐイクからね!〉




 ツノ様のコメントが流れる。

 思わず笑みが零れる。

 これを見落とすてめーらじゃない。


〈うおおおおおおお! ツノ様キタ!〉

〈ベジー〇やん〉

〈これは熱い〉

〈流石ツノ様〉

〈ツノ立ってきたー!〉


 そこから次々と事務所のメンバーたちからの応援コメントも流れ始める。

 その中には、ファンから教えられたメンバーも勿論いるだろう。遅れて流れてくるコメントも。


 メンバーのコメント、そして、それに反応し続けるファン達により恐ろしい程のコメントの嵐が生まれる。


 風が来てる。


 とてつもない嵐が生まれる。


 その嵐は、もう誰もが分かるほど疲れているうてめ様の背中を押した。


 これはリアルだ。

 リアルな感情が飛び交う本物の世界だ。

 彼女達の戦場だ。


 うてめ様は少し肩で息をしながら、コメント欄を見たのであろう。ふっと笑って。


『てめーら! まだまだたかまつてるよね!!! みんなで越えるよ! 100万の壁!』

〈たかまつてます!〉

〈うおおおおおおおおおおお!〉

〈みんなで!〉

〈やってやりゃあああああ〉

〈ついていきます!!!!〉


 流れてきたのはうてめの曲。静かなイントロにみんながたかまつてるのを感じる。



― ♪花咲く日を夢見続けて 暗い土の中もがき続ける ―



 【つぼみ】という名のうてめ様のオリジナル曲は、静かなイントロから一気に華やかに盛り上がっていく。


 みんなの熱が、思いが、固く閉ざされていたつぼみを膨らませ、開く。



― ♪やっと会えたね、本当のキミ、本当のワタシ ―



 その時のうてめの歌は圧巻だった。


 俺は、涙を流していた。


 うてめは一人画面の中で歌っている。


 けれど、一人じゃなかった。


 スパチャで支えるファン。

 コメントで盛り上げるファン。

 画面の向こうで知り合いに呼びかけているファン。

 応援しているメンバー、事務所の人たち。


 みんながいた。



― ♪次の夢の種はキミの元に ―



 そして、曲が終わり、うてめ様がこちらを見て口を開く。



『……ふう。100万の壁……越えられたね。みんなで』


〈うああああああああああああああああああ〉

〈やったあああああああ〉

〈おめでとうー――!〉

〈鳥肌が……〉

〈涙〉

〈すげえええええええええええええええ!!!〉

〈てめーらよくやった!〉

〈おめでとうございます感動しました〉

〈8888888888〉

〈達成した瞬間から泣いて画面見えてなかったわ〉

〈おめでとう!〉



 高松うてめは、【ワルプルギス】で初めて100万人の壁をみんなと越えたのだった。



『ありがとう。そして、お誕生日おめでとう、弟君』



 やらかした。最後に姉はやらかした。もうそこは感動のフィナーレでいいだろう。


〈ウテウト誕生日?〉

〈まさかその為に?〉

〈おいおいおい〉


 勿論嬉しくないわけではない。でも、その為に無茶するなんて言語道断。怒らねば。

 なのに、嬉しくて頬が緩む。

 まあ、自分の誕生日だからもしかしてとは思ったけど。けど! 配信で言う!?


〈流石うてめ様〉

〈ブレねえなw〉

〈まあ、でも、感動したわ〉

〈色んな意味でな〉


『みんなありがとう……弟のお祝いの為に今日越えたかったって言うのは本当だけど』

〈本当なんかい〉

〈うてめ様流石です〉

〈www〉


『……でも、越えられたのは、本当に、みんなの……! お陰でっ……!』

〈え?〉

〈うてめ様泣いてる?〉

〈初めてじゃない?〉


 初めてだ。デビューしてから全ての配信を見てきた俺は知っている。

 初めて、姉さんが、いや、Vtuber高松うてめが泣いた。


『ほんとうに……ほんどうに……ありがっ……! ありがとう!』

〈こちらこそありがとう〉

〈うてめ様についてきてよかった〉

〈泣かないで〉


 数字が全てじゃない。でも、Vtuberにとって数字は大きい。

 そして、この数字の数だけ人が居て、ずっと揺れ動いている。

 本人の努力以外でも増えたり減ったりする。

 でも、それは気まぐれもあれば、その人の生活環境の変化や心の変化もある。

 理不尽でどうしようもない事が世の中にはいっぱいだ。

 ファン達だって人間で生活がある。


 だからこそ、その『1』は大きく、その大きな『1』が積み重なった山は大きく重たく、それでも積み重ね続けなきゃいけない。そこには色んな愛があるから。


『てめーらっ! まだまだ、上目指してたかまつていこうね! 大好き!』


 てぇてぇ『1』が積み重なった100万の上で、緑の女神は、決して画面では見えない、でも、ファンには絶対に見えてるてぇてぇ涙を流しながら笑っていた。

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