【18】聖女フィアは、悪い子じゃないと思います……
妖精節の夜宴は、大きなトラブルもなく無事に終了。
1つだけ、ハプニングがあった。――それは、王太子が連れてきたフィアという少女が、倒れてしまったこと。
屋敷にある最上級の客室で今、フィア様はお休み中だ。
「ミュラン様……。フィア様、だいじょうぶですかね」
夫婦の寝室で、わたしはミュラン様の背中に向かって問いかけてみた。
ミュラン様の返事はない。
さっきからずっと、深刻な顔で考え事をしている様子だ。
(ミュラン様、何考えてるんだろう)
明らかだった。絶対に、フィア様のことをずっと考えているはずだ。……ちょっと、嫉妬してしまう。
「…………なぜ、フィアがこの時代にいるんだ?」
え?
ベッドに腰を下ろしているミュラン様の隣に、わたしもそっと座ってみた。ミュラン様、すごく怖い顔をしている。
フィア様を、なんで呼び捨てしてるの?
この時代って……どういうこと? 質問したいけど。なんか、今のミュラン様は怖い。
わたしが戸惑っていると、ミュラン様は唐突にわたしを抱き寄せてきた。
「ど、どうしたんですか!? ミュラン様……」
「設定が狂っている」
「せ、設定??」
ミュラン様はわたしの目を覗き込み、真剣な顔で言った。
「フィアは、この乙女ゲーの
「えっ!? まだオトメゲーとか言ってるんですか!?」
「僕は真剣だ。……この前説明したように、平民の少女フィアが、ある日突然に聖女の能力に目覚めて、国を救いながら王太子たち男性陣に愛されていくのが、この乙女ゲーの物語なんだが。……だが、おかしい。時代が違う」
時代……?
「聖女フィアが登場するのは、僕たちの娘・悪役令嬢ミリアが生きる時代だ。……おそらく、15年くらい早い。なぜこんな事態になってしまったんだ!?」
ちょっと待って……。
また、ミュラン様がトチ狂ったこと言ってるけど……。
「だ、だいじょぶですか、ミュラン様」
「大丈夫なものか。何が起こるか分からない! ……おそらくこの時代バージョンでの、フィアを中心とした逆ハーレムが形成されようとしている」
なんなのよ逆ハーレムって……
「嫌な予感がするんだ。ともかく、僕らはフィアに近寄らない方がいい。君も、彼女を避けてくれ。分かったな!?」
横暴な態度で「分かったな!?」と命令されて……わたしは、ちょっと不機嫌になった。
「ミュラン様。もし、本当にミュラン様の言う通り、オトメゲーの主人公さんがこの時代に生まれていたとしても。悪い子だと決めつけるのはどうかと思います……」
「何を言ってるんだ!」
「だって。主人公なんでしょ? だったらきっと、良い子なんじゃないですか? 聖女だったら、なおのことです」
わたしはミュラン様の腕をほどいて、真正面から彼を見つめた。
「……さっき夜宴会場で会ったとき、あの子、すごく寂しそうでした。平民だから、ドレスが着れないそうです。きっと、いろんな貴族に意地悪なこと言われたんだと思います……」
夜宴の女主人をしていたわたしにさえ、意地悪なことを言ってくる人はたくさんいた。
ミュラン様のアドバイス通り、受け止めずに流すようにしてたけど。それでも、あまりいい気分はしない。
「まだ、フィアが本物の聖女か分からない。平民だから、素性だって……」
「身分とか家柄とかで差別するのって、わたし、嫌いです。……やっぱりミュラン様も、そういう差別をする方ですか?」
そういえば、貧乏伯爵家出身のわたしのことを、ミュラン様も最初はバカにしていた。
なんか……寂しいな。
「ちょっと、夜風に当たってきますね。ミュラン様」
わたしはガウンを羽織って、寝室を出ようとした。
「待て、リコリス」
「すぐ戻ります」
なんか、気まずい。夜宴をがんばったら、あとでミュラン様がいっぱい褒めてくれると思ってたのに……
ヒロインとか聖女とか、身分とか。頭の中が、ごちゃごちゃになっちゃった。
* * * * *
わたしは、夜の庭をひとりで散歩していた。
(ミュラン様を一人で残して来ちゃった。……すごく疲れてたみたいだけど、大丈夫かな)
この世界の主人公、フィア。
ミュラン様のお話を、わたしはまだ信じられずにいた。
でも……もしこの国に本物の聖女が現れてくれたなら、それは嬉しいことだと思う。
疫病や災厄、魔物を鎮める、奇跡の力を持つ聖女。
聖女がいないから、この国では代わりに「四聖爵」が妖精の力を借りながら浄化作業を行っている。
(もし、聖女が生まれてくれたなら。四聖爵はもう、必要なくなるのかな……? そしたら、ミュラン様はもう、後継者問題で苦しまなくてもよくなるの?)
フィアのことを考えてたはずなのに、わたしはいつの間にか、ミュラン様のことばかり想ってしまっていた。
……だって、大好きなんだもの。
(この時代に主人公が登場したとしても、きっと、何の問題もないわ。むしろ、皆で一緒になかよく協力したらいいと思う。そしたらきっと、全員が幸せになれる。ミュラン様も、きっとたくさん笑ってくれる)
気持ちの整理が、ちょっぴりついて前向きになった。
「よし。ミュラン様のところに戻ろう!」
深呼吸して、わたしは寝室に戻ろうとした。――でも、そのとき、
「こんばんは、リコリス奥様」
唐突に、うしろから声を掛けられた。
フィアだった。いまは修道服ではなくて、簡素なドレス姿。
ゆったり休めるようにと、わたしはフィアに、着心地の良いドレスを貸していた。
やっぱりこの子、すごく美人だなぁ。と思いながら、わたしはフィアに礼をした。
「フィア様。具合はいかがですか?」
「えぇ。すっかり良くなったわ。かわいいドレスもありがとう」
華やかに笑うフィアは、女性のわたしでもドキッとするくらい可愛い。
フィアは親し気な様子でわたしに近寄り、わたしの手を握った。
「ねぇ。わたし、リコリス奥様ともっとおしゃべりしたいの。いいかしら?」
わたしで良ければ。と返事をすると、フィアは大輪のバラみたいに笑った。
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