冒険者になってケット・シーと森の奥で暮らしています
花屋敷
第1話 冒険者リンド
「はい。じゃあこれが薬草の買取代金よ」
受付嬢がカウンター越しに薬草の買取代金を渡す。
「そうそう。ギルドポイントも溜まってきてるわね。あと2回程でランクDになれるわよ」
「そりゃいい情報だ、どうもありがとう」
受付嬢からお金を受け取ったリンドはギルドの中にある酒場には見向きもせずにそのまま扉を開けて外に出ると自分の常宿に戻っていった。
リンドは18歳。17歳で貧しい田舎から出てきてこのミディーノの街で冒険者登録をして1年近くになる新米冒険者だ。
冒険者になるとまずはランクFとなり、市内のクエストをしてから徐々にランクをあげていくことになっている。ランクFでクエストをこなしてギルドの査定ポイントを貯めたリンドは今はランクEとなり、街から出たところにある薬草を採る資格ができていた。
ランクF、Eも一応新米冒険者と言われているが、実際は冒険者とは名ばかりで、市内のお使いクエストをこなしたり、街の周辺での薬草採取らがメインで外で戦闘をすることは許されていない。ランクDになるとギルドから街周辺の魔獣退治のクエストを受けることができることになる。つまりランクDが本当の新米冒険者というのが一般的な認識だ。
通常はランクFで冒険者登録をしてランクDになるまでは毎日ギルドのクエストをこなしても1年程かかるが、この期間の地味な仕事に我慢できずに辞めていく者も多い。
もっとも誰もがいきなり魔獣討伐なんかできるわけもなく、ギルドとしても冒険者の適正を判断する意味でもこのランクF、Eは重要であった。ここでしっかりと地味な仕事をこなせる者が魔獣を討伐する資格があると見ていた。ここで我慢できずに逃げ出す様な奴は冒険者になっても大抵早死にをするかピンチの時に自分だけ助かろうとする身勝手な奴だというのがギルドの認識だ。そしてそれが正しいことは過去からの冒険者達が証明してきている。
世にいるランクSやランクAのトップランカーもスタートは皆ランクFからで、彼らも当初は今のリンドと同じ様に市内のお使いクエストをし、薬草を集めていたのだ。
当人の出自は関係なく実力で評価をするギルドはリンドにとっても非常にありがたいシステムになっていた。
リンドは市内にある初心者冒険者御用達の古い宿に戻ると、今日の稼ぎから幾許かの銅貨をテーブルに置いて料理を頼んだ。
この宿は古く部屋も狭くもちろん部屋に風呂もトイレもないがとにかく安いのと料理が値段の割りにそこそこいけるのでミディーノの駆け出し冒険者にとっては有名な宿だ。宿の女将さんも冒険者という職業を理解している口は悪いがいい人だ。
現に今も一人の冒険者に料理を運んだ時に女将さんがその彼に捲し立てている。
「いつまでこの宿にいるんだよ、先月ランクDになってんだろう?とっとと出ていきな」
「ちょっと待ってくれよ、まだ金がないんだよ」
「ランクDになって酒ばっかり飲んでるからだよ。うちは初心者向けの宿なんだよ。ランクDになってこんな宿に住んでるなんて周りに馬鹿にされちまうよ?」
「わかったよ。あと3ヶ月、いやあと1ヶ月だけ頼むよ。そしたら出ていくからさ」
その言葉にだめだねと大きく首を振り、
「後がつかえてるんだよ。あんたの部屋の前の住人もランクDになったら出ていった。だからあんたも今ここに泊まっていられる。今度はあんたが後輩の事もちゃんと考えてあげな」
「わかったよ。確かに俺が居続けると後の新米冒険者が住む場所がないよな」
その言葉にうんうんと頷いている女将。
食堂には数名の冒険者が同じ様に食堂で夕食を取っている。あるものは一人で、またあるテーブルには複数名のリンドと同じEランクの冒険者達だ。
ランクEからDに昇格する期間に差があるのはパーティを組んでいるかいないかという要因が大きい。パーティを組んでいると効率が上がりランクDに昇格するためのポイントが貯め易いというメリットがある。
従い、ランクE、Fの中にはとりあえずランクDになるまでという条件でパーティを組んで活動をする人もそれなりにいるが、リンドは何度かあった誘いを断っていた。
それは人付き合いが余り得意ではないことと自分のしたい時にしたいことをするという考えがあったからだ。彼は決して孤高の人でもなければ人嫌いな訳でもない。ただパーティを組めばチームでの行動が求められ、時間が決まり行動予定が決まる。それにリーダーとなる人の性格や考えで活動されるという制限を受けたくなかったのだ。のんびりと自分のしたいことをするというのがリンドの生活ポリシーだ。
ランクDに上がるのが半年程度遅れるくらいで済むのなら気楽なソロがいいというのがリンドの考え方だ。
冒険者になってはいるがガツガツ上を目指すのではなくあくまでマイペースで食うに困らない程度に稼げればいいなと思っている。元来ののんびりとした性格はそう簡単には直らない。
そんなリンドだからDになるまでの期間はもちろん、その後のランクアップについても全く拘りがなかった。とにかく自分が食えればいい、スローライフの冒険者というのがリンドの最終目標だ。強くなって上を目指すという気もない。普通の冒険者とは異なる人生観を持っている男だ。
食事を終えたリンドは2階に上がって扉を開けて部屋に入る。そうするとリンドの帰りを待っていたかの様に古い木のベッドの下から1匹の黒猫がゆっくりと出てきた。
「ミー、ほらっ晩飯だ」
部屋にある木の皿に自分が食べていた夕食の残りを乗せて黒猫の前に置くと、顔を近づけて皿の中の食事を食べる黒猫。
この黒猫はリンドがランクFで市内クエストで走り回っている時、路地裏で蹲っていたのを見つけて拾い上げて宿の部屋に連れてきて以来この部屋に住み着いている。昼間リンドが部屋を出ている間はどこにいるのか知らないが、夜になると大抵ベッドの下に潜り込んでいてリンドが帰ってくるとそこから出てきて食事をもらい、その後はリンドが寝ているベッドの上で一緒に寝て夜を過ごしたり、暑いときには開いている窓から外に出てどこかで寝ている。
宿の女将さんも知っていて
「部屋を汚さないなら構わないよ」
と一応公認だ。
ミーが食事を終えるとリンドは靴だけ脱いでそのままベッドに仰向けにドスンと横になる。古いベッドがぎしぎしと音を立てるがもう慣れたもので、
「ランクDになったらジョブを選ぶんだっけかな。何にしようかな」
ベッドの上に仰向けになって薄汚い天井を見ながら呟いているリンドを床の上から黒猫がじっと見上げていた。
ランクF、Eを経てランクDになる際にはジョブを選択することが必須となる。これは対魔獣戦でパーティを組んで攻略することが多くなるので各自のジョブをはっきりさせておいた方が何かと便利だからだ。
もちろん、パーティは必須ではなくソロのままでも全く問題はないが、ソロは厳しいというのが一般的な認識で、この国ではランクD以上の冒険者の9割以上はパーティを組んでおり、ソロで活動しているのはほとんどいないと言われている。
「マイペースで出来るソロでやりたいんだけどな。となると何があるんだろう」
そんな独り言を言っていると黒猫のミーがベッドに上がってリンドに寄ってきたのでその背中を撫でているといつの間にかリンドは寝てしまった。
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