閉じ込められて絆されて
扉をガンガン叩いても誰も気付いてくれない。
た、多分シャルロッテさんにドミニクさんに声をかけてくれるよう言っておいたから、大丈夫とは思うけれど。
既にクリストハルト様は、「私の花、落ち着きなさい」と物置に置いてあった古めの椅子に腰掛けてしまっていた。
「ですけどぉ、私とクリストハルトさんが一緒に閉じ込められていたら、勝手にいろいろ言われるかもしれないじゃないですかぁ」
世の中の女子を舐めないで欲しい。
一対一でいたら、どんな組み合わせであっても妄想するという属性が存在するのだ。なによりも、私とクリストハルト様のことはコンサートホールの一件のせいで周りにバレてしまっているため、惚れ薬のことはさておいて、「こいつ玉の輿に乗るためやっていいことと悪いことがあるだろ」とキレられても仕方ないんだ。
……前にドミニクさんに「アホなくせにせせこましい」と言われたことが頭をよぎった。
全くもってその通りでございます。
しかし意外なことに、ふたりっきりになったらもっと暴走するかと思いきや、クリストハルト様と来たら私と中途半端に距離を置いて座っていらっしゃる。
「私も君に嫌われてしまうのだけは堪えるからね。距離を開けておいたら、君もドミニクに怒られることもないだろうさ。多分気付いて助けに来てくれるだろうから、もう少し待とうか」
「……余裕ですね?」
「別に余裕がある訳じゃないけれど、愛しい君の前で、何度も恥ずかしい真似はできないからね」
はあ。これを惚れ薬なしで言われたら、私は爆発してその場で瀕死で倒れていたと思う。でも残念。私の自業自得の結果なのでした。やれやれ。
とりあえず私も物置で座っても大丈夫そうなテーブルを見つけてきて、埃を払って腰掛けた。私が座ったのを見計らってから、クリストハルト様が声をかけてくる。
「ところで君のお父上からの返事はまだかい?」
「また届いてないって寮母さんがおっしゃってました」
「早馬には返事も持たせるよう促しておいたから、多分帰ったらもう届いているはずだよ……もう君の家が破産する危機に陥ってないといいのだけど」
「優しいですねえ、クリストハルト様は。でも、他の方にも注意されましたけど、あまり私が調子に乗って勘違いしては駄目ですよね?」
「勘違いしてくれないのかい?」
そう真顔で言われてしまう。頬を赤く染めず、冷淡にも見えるような凜とした眼差しで見つめられたら、もしかして惚れ薬が切れたんじゃと錯覚しそうになるけれど。
ざぁんねんでしたぁ。私、魔法薬調剤の授業だけは優等生だから、そんな一日二日で効果切れるような使えない魔法薬を調合した覚えはないのでしたぁ……はあ、自業自得自業自得。
私は思わず持ったまんまの筆記用具で顔を覆ってしまった。
「クリストハルト様、いくら私のせいで惚れ薬を被ったからって、それ以上は駄目です。薬切れたときに、恥ずか死で瀕死になっちゃいますよぉ」
「君のために瀕死になるんだったら、本当にかまわないんだけれど」
「ほぉらあ」
「本当はここで大幅に勘違いされるような言動をして、ドミニクや君の友人に見せつけ、既成事実があったと誤解させた上で、外堀を埋めるようなこともしてみたいけれど、君に嫌われるのが一番困るから嫌だ」
「ひぃん」
待て待て待て待て。たしかに耳の穴かっぽじって甘い言葉は垂れ流されるというご褒美と拷問の間のなにかはされてないとはいえど、なんだかとんでもないこと言われてないか?
私は背中を仰け反らせて「ひぃ……」と逃げ腰になった途端に、「プッ……」と噴き出す声が響いた。
「アハハハハハハハハハハ……! 私の月見草は本当に面白いね!」
「か、からかったんですか!? い、いくらクリストハルト様でも、言っていいことと悪いことがありますよ……」
「からかったんじゃないけどね。ただ、私は君の裏表のない性格を好んでいるだけだよ。本当だ」
これはどっちだよ。もっと熱を帯びて口説かれ続けていたら、「はいはい惚れ薬惚れ薬自業自得自業自得」で己を納得させられたのに、そんな普通に言われてしまったら、どう取ればいいのかがわかりゃしない。
それにしても。ここの小屋が日陰になっていて、日が差し込まないせいか、閉じ込められているにしてもだんだんと冷え込んできたような気がする。
「ここって結構冷えますね?」
「そうかな? でもあまり日当たりのいい場所だったら、物置なのに日に焼けて物が劣化してしまうからねえ」
「それもそうかもしれませんけど……うう、寒い寒い」
「おや、私のアネモネ。冷えてしまったのかい?」
あ。これ多分まずい奴だ。
私は思わずテーブルから立ち上がると、そのまま自領でたびたびやっていた体操をはじめた。
「だ、大丈夫です! むしろクリストハルト様のほうが大丈夫ですか? フットサルなさってて汗掻いてらしたでしょう?」
「これくらいだったら、むしろ涼しくて快適なのだけどね。もうそろそろ助けに来てくれるとは思うけど」
「そうですかぁ! ならよかったです!」
私はそう言いながら、ぶんぶんと腕を振り回したとき。自分自身の気持ちをなんとかなかったことにしようとがむしゃらに振り回したせいで、物の入っていない棚をひとつ揺らしてしまう。その上に積んでいた物が、グラグラと揺れはじめた。
「あっ」
「……危ない」
上から落ちてきたのはマットレスだった。
多分頭から落とされてもそれ自体はそこまで痛くもないのだろうけれど、私はそのままクリストハルト様に押し倒されてかばわれてしまった。
「ご、ごめんなさい! クリストハルト様! 背中! 大丈夫ですか!?」
「うう……大丈夫だよ。私の小鳥……近いね」
「はっ……!」
いつも遠巻きに見ていた、綺麗な顔立ちが、今目の前に存在している。手を繋がれたときでも、コンサートホールに出かけたときも、こんなに顔が近くにあることはなかったのに。
……そりゃそうか。クリストハルト様は王都の貴族や王族の中でも比較的に身長が高いのに対して、日頃から自領の仕事を手伝っていた私は身長は低くないだけで取り立てて高くもない。
押し倒されなかったら、こんなに顔が近くにあることはなかったんだよなあ……。
って、あー!!
「クククククリストハルト様、早くどかないと、本当に誤解され!」
「もういっそ誤解されておこうか。外堀を埋めるために」
「だだだだめですってば! 私が殺されちゃいますよ!」
「私は君が無事であるならば、それで一向にかまわないのだけど」
惚れ薬! 私いったいどんなものをつくったんだ!?
だんだん惚れ薬と素の境界線が曖昧になってきて、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。というより、そもそも森と畑に取り囲まれた自領で美形の人などひとりもおらず、見慣れてないから自分の価値観がぐらついて余計に訳がわからなくなってるんだ……!!
私がひとりパニックを起こしている間、物置の向こう側が慌ただしくなってくる。
「殿下! ご無事ですか!?」
「あの、イルザさん、大丈夫ですか?」
さすがにいつまで経っても帰ってこないから心配したらしいふたりが、物置のほうに声をかけてきた。それにクリストハルト様は私を押し倒したまま言う。
「ああ、ドミニク。ここの扉が壊れているんだ。むやみに壊す訳にもいかないから、開けたあとに使用人を呼んで修繕してほしい」
「わかりました。ひとまず開けますよ」
「あ、少し待って欲しい」
クリストハルト様が止める間もなく、扉が開かれてしまった。
結構暗い場所。ふたりっきり。押し倒されている私。押し倒しているクリストハルト様。
その状態を見て、ドミニクさんは血管がブチブチとキレそうな凶悪な表情を、対してそもそも修道院から還俗させられたシャルロッテさんは顔を真っ赤にして筆記用具で顔を隠してしまうという、それぞれの反応をしてみせた。
「貴様ぁぁぁぁ!? このアホ娘! 殿下から離れんか!?」
「私がされてません!? 私がされてません!? あとこれ本当に冤罪なんですけど法廷は勘弁してもらえませんかね!?」
「殿下! もうこれは一刻も早く不敬罪でしょっ引きましょう」
「しょっ引かれると私がとても悲しいから待ってもらえると嬉しいかな」
「イルザさ……もう、大人に……」
「違うから! 本当にお願いシャルロッテさん! 顔を合わせてこっち見て!?」
さっきまでのラブコメオーラは一気に霧散してしまい、この場は混沌としてしまう。
結局私たちはどうにか次の授業には間に合ったものの、しばらくの間シャルロッテさんは挙動不審になってまともに話をすることができなくなってしまった。
……本当にごめんなさい、シャルロッテさん。
****
ようやっと全ての授業が終了。
今日はサロンもないから、真っ直ぐに寮に帰る。お父様の手紙も気になるし。
私は必死の説明と言い訳で、やっとのことでシャルロッテさんとの友情を取り戻したのだった。惚れ薬のせいで、まさか友情まで失われる危機になるなんて、思ってもみなかった。
「はあ……」
「お疲れ様、イルザさん。まさかその……そんなことになったなんて」
「でも、私のつくった惚れ薬、ここまでの効果なんてないはずなんだけれど」
「えっ?」
シャルロッテさんは少し驚いた顔で、こちらに振り返った。私は基本的にポンコツでも、魔法薬調剤だけは優等生だから、惚れ薬の効用は一応知っている。
「一応本当に相手をその気にさせるような高度な惚れ薬は、私も調剤が難し過ぎてつくれないから、初歩的なものだったんだけれど。それはいつもの三割増し魅力的に見えるってもので、今のクリストハルト様みたいにキャラ変更してあれこれしてくるってものじゃなかったはずなんだけれど……」
「ま、間違ってものすごい惚れ薬をつくってしまったっていうのは?」
「うーん……それ無理だと思うの。まずは原材料を新月の下に放置したあと、全部一旦黒い布に包んでは、今度は満月の下に……」
「……た、たしかにそんな調剤、一朝一夕じゃ無理ですね?」
「そうなの……」
さすがに私も、惚れ薬の効果は知っているからおかしいって気付けたけど。
私、いったいなにを盛ってしまったんだろう?
帰ると寮母さんから「お手紙が来ていますよ」と言われたので、それを受け取って部屋に戻った。
とりあえずレターナイフで封を切ると、中にはお父様の文字が。
クリストハルト様が指摘した通り、中間搾取が確認取れて、それを追求したら中間搾取側の業者を摘発できた上に、借金もかなり減り、大富豪の借金もさっさと返せそうだった。この分だと私も恐怖の四倍差婚をせずに済みそうだ。
「よかった……本当によかったぁ……」
そう心底ほっとしていて、気が付いた。
一応惚れ薬は、惚れ薬をかけた相手を三割増し魅力的に見せるもの。そして惚れ薬を使っている間は常に頭がボーッとしているはず。
惚れ薬を被った以上、クリストハルト様だってそんな状態のはずなのに。なんで冷静にうちの家の問題を指摘できたんだ。
「んー……?」
ひとまず机に立てかけている魔法薬調剤の教科書を取ると、それをパラパラめくりはじめた。
「……材料も作り方の手順も問題ない……だとしたら、いったいなにを間違えた?」
クリストハルト様の顔を頭に思い描く。
入学式で衝撃が走った、おそろしいほどの美貌。クールな表情。遠くを見るときの凜とした眼差し。
私を弁舌豊かに口説き倒す言葉。語彙の数々。そしてところどころ滲み出てくる品格。
……私がファンクラブに入った人って、どんな人だったっけ。
クリストハルト様のキャラはそもそもクールだと私が思い込んでいただけだったのか、キャラ崩壊してしまったクリストハルト様に私のほうが慣れてしまったのか、今はもう自信がない。
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