死んだら骨は拾ってください
空寝ひつじ
pink
「桜も、恋も、血液も内臓も、全部同じ色をしてるのはなんでだろうね」
俺に気づいているのかいないのか、目の前にいるセーラー服の生徒はそう言った。俺に背を向けて、桜を見上げている。
肩下まで伸びた長い髪が、木々と共鳴するように、風でサラサラとなびく。
確かに全部似た色だけれど、桜はよく見ると薄いピンク色……というより白に近い色だし、血液は鮮やかな赤色、内臓だって血液によって赤が混じったピンク色。恋に至っては色はイメージでしかない。そう思った。
「死体が埋まってるからじゃない?」
俺がそう言うと、彼は振り向いた。
「あぁ、なんか有名な言葉だよね。『桜の樹の下には死体が埋まっている』だっけ」
「原田、そんな髪長かったんだな」
原田とは去年同じクラスだった。耳の上から後頭部をぐるっと一周ツーブロックで刈り上げていて、その上の髪はいつもまとめてお団子にしていた。髪を下ろしている姿を見るのは初めてだった。
髪を下ろしていると女に見間違ってもおかしくはなかった。
そして、彼はたぶん、梶井基次郎を知らない。
原田の特徴はその長い髪だけではなかった。
桜の樹の前に立つ原田は、夜の暗がりに混じり、セーラー服ではなくていつもの学ランだったら見分けのつかないほど、肌が黒い。黒く光沢のある彼の肌は、木肌と相違なく、まるで彼からグロテスクな桜の花が生えているようであった。
クラスに混じった時の、パッと見の浮き出た原田ばかり見ていたから、俺はより一層その姿を異様に思った。
「原田、違う学校行ったんじゃないの?」
「そうだよ。武下も色紙にメッセージ書いてくれたじゃん。すっげぇ上辺の」
「だって全然喋ったことないし」
そう。俺と原田は全然喋ったことがない。
体育祭のクラスTシャツのデザインはこれでいいか、という確認の時と、数学のプリントを早く出せと頼みに行った時くらいしか二人で話したことはなかった。チャラくて頭が悪くて、クラスでは人気な方なのに異様に絵が上手いクラスメイト、という認識しかない。
「ねぇ、写真撮ってよ」
いつの間にか原田はしゃがみ込んで自分の鞄を探り、手のひらサイズのカメラを取り出していた。
「なにこれ」
「『写ルンです』」
使い捨てカメラ。撮れる枚数が限られ、撮った写真をすぐには見返せない、昔ながらのカメラだが、最近また流行り出していることは俺でも知っていた。
「それは知ってる」
「撮ってよ。桜をバックに。お前しかいないんだよ」
そりゃそうだ。ただでさえ始業式の今日は人がいなくなるのが早かったし、今は学校が閉まった夜中。原田の近くにも俺の近くにも、いるのはお互いだけだった。
俺は大人しく原田からカメラを受け取ると、言われるがまま、フィルムを巻いてファインダーを覗いた。
「フラッシュたけよ」
カメラなんてほとんど触ったことがなかったが、原田は俺の不安を見透かしたみたいに、すべて指示してくれた。
「この位置から撮って」
「もっと近づいて」
「後ろ姿も撮ってくれる?」
「下から見上げるように」
十枚ほど撮ると、彼は胸元のリボンをするりと外した。
彼から、赤色が零れる。
続けてセーラー服を脱ぐと、筋肉質で艶やかな肌があらわになった。
「な、なにしてんの? ここ学校だよ!?」
「そんな驚かなくてもいいでしょ。女じゃねぇんだからさ。……それに夜だから、暗くて見えないよ」
周りから見えなくても、少なくとも俺にはハッキリ見えていた。男の裸なんて自分で見慣れているのに、彼がセーラー服を着ているせいなのか、それともこの状況が優艶にさせるのか、俺の心臓はなぜかドキリと跳ねた。
半裸になった原田は、そのまま撮影を再開するつもりのようだ。俺はファインダー越しに、彼を囲む桜を撮影した。
ちゃんと撮れているのかは、わからなかった。
次の日、学校のどこにも原田の姿はなかった。
そして俺は、高校三年生になっていた。
昨日の帰り際、原田は現像したら写真を送ると言ってくれた。
「インスタ教えてよ」
「やってない」
「あー、じゃあツイッターでいいよ。あんま使ってないケド」
「……やってない」
「んじゃライン?」
「ごめん、それも」
「マジで現役高校生?」
原田は驚いていたが、結局メールアドレスを交換して別れた。俺はパソコンしか与えられていない。
まるで夢を見ていたかのような夜だった。転校したはずの原田がいて、慣れない写真を撮って、そして原田とメアドを交換した。
しばらく音沙汰がなく、あの夜は半ば夢だと思い始めていたが、一週間後原田からメールが届いた。
《カメラマンなったら?》
ただそのひと言と、写真が見れるであろうURLが貼り付けてあった。URLを開くと思った通り、あの日のピンク色に染められた原田の写真が、二十七枚。
暗いからと近づいたせいか、ピンボケした写真も多かった。しかし、逆にそれが彼と夜の区別を曖昧にしているように見える。彼に伸びた桜の花は映え、照らされた花びらは思っていたより、ずっとピンク色だった。
彼とはそれ以来会っていない。
俺が撮った写真は、気づけば保存期間が過ぎてもう見ることはできなくなってしまった。
ただ、桜も、恋も、血液も内臓も、全部同じ色をしている理由は少しわかった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます