恋人を奪われパーティーを追放された親切おにいさん「あの時助けていただいた〇〇です」が揃って恩を返しに来て気付けば前パーティーを追い抜いてざまぁしていましたとさめでたしめでたし
第18話 親切おにいさんは楽しそうに音をならしましたとさ
第18話 親切おにいさんは楽しそうに音をならしましたとさ
カインが冒険者ギルドを訪れると、目的の二人は既に準備を終えていた。
「ご、ごめん。遅れたかな」
「いいえ、カインさん。丁度くらいですよ。それに真面目なカインさんがギリギリになったのはあの娘が、カインさんが出ていくのをしぶったからでしょくそが」
「白いの……それ場合によってはカインさんに誤解されるぞ」
相変わらず怒りの微笑みという器用な表情を見せるシアと、溜息をついて窘めるグレン。
今回は、この二人と共にS級
「じゃあ、早速いきますか」
「あ、そ、その前にシアの腕輪をちょっと借りていい?」
腕を絡ませて、ギルドを出ようとするシアをカインが止める。
「その、ちょっと、思いついた術式があって設置させて試してみてもらないかな」
「マーキングですね。喜んで」
「い、いや、プログラミング、なんだけど」
「カインさん、気にすんな。先に進まなくなる」
グレンに言われ、それもそうだとカインは思いなおし、シアから腕輪を預かる。
真っ白な腕輪で紋様も何もない。けれど、シアが付けると高級に見えて腹が立ちますね、とココルが言っていた。
それを思い出してくすりと笑うと、シアが腕輪を奪う。
「え、どうしたの?」
「カインさん、カインさんから貰った大切なわたしシアの腕輪をよろしくお願いしますね」
「う、うん」
氷の微笑みを浮かべながら、間近で力強く訴えかけるシアをみて思わずカインは両手で受け取り、そーっと準備を始める。
「じゃあ、ちょっと織り込ませてもらうね」
「是非」
「そういえば、俺は初めてカインさんの
そんなことを言われ、カインは少し緊張した様子で
腕輪に向け、
橙色の魔字で織り込まれた術式を一つ一つ丁寧に確認しながらカインは頭の中で新しい術式配置をイメージする。そして、ブツブツと呟き、ふうと一息つくと精査の術式を解き、シアの方を向く。
「あの、シア、今回の提案は……」
「カインさん、提案じゃなくていいわ。カインさんの思う様にしてくれていいの。で、どういう風に変えてくれるの?」
シアはカインに全幅の信頼があることを落ち着いた声色でゆっくりと告げた。
「あ、うん。
「そう、ですね……その、通りです。あの、気づいてました?」
「あ、うん……吹雪の後ちょっと震えているように見えたから」
「……そう、ですか。あの、そうなんです。……ありがとございます」
シアが顔を俯かせると、白い髪の隙間から真っ赤な耳が見えた。
「普通にそうしてりゃあ、まだ可愛げがあるものを」
「……うっさい」
グレンが溜息を吐きながら言った言葉にシアが珍しく小さく反論する。
カインは仲がいいなと笑いながら、改めて腕輪を見つめる。
「じゃあ、やるね。
「
魔工技師の技術を教わった工房で教えられた口頭確認。しない人間も多いがカインはずっとし続けた。尊敬するあの工房では誰もが行った。しなければ死ぬほど怒られた。それに何よりあの場所で教えられたことは全部ちゃんとやりたかった。
カインは鍵盤に現れた緑色の魔字を使って時に減らし、時に増やし、新しく書き換えていく。
「音が……」
グレンはその幻想的な風景に見とれているうちに、何か聞きなれぬ音が耳に飛び込んでくることに気づく。シアがその目はしっかりとカインに向けたまま説明をしてくれた。
「これはね、カインさんの鍵盤の音。あの鍵盤はノピア型っていうんだけど、魔字を打つ際に使用者との魔力の反響で独特の音がするのが特徴らしいの。カインさんは流れるように打つでしょ。だから」
「歌ってるみたいだ」
カインが腕輪をしっかりと見ながら鍵盤に指を躍らせる。
指が魔字を打つたびに音が鳴る。魔字が繋がり術式が生まれるように、音が繋がり曲のようになる。その音の繋がりを聞きながらグレンはぶるりと震えた。
この曲は波風一つ立つことのない美しい水面のような静かな曲だった。
清きを受け止め、穢れを弾く。
いつまでも美しさが続くようにという祈りの歌のようだった。
シアは泣いていた。
自分でもよく分からない。
ただ、カインの術式設置は美しく饒舌で、口下手カインよりも伝わってくる。
シアの為に。
シアはカインの奏でる音一つも零さないよう、全身で受け止めるようにじっと身動き一つせず流れる涙を拭きもせずただカインを見つめた。
カインもまた、何故自分はこんなに鍵盤でだけは饒舌なのかと苦笑いしながら打ち込んでいた。術式設置特有の頭をかき混ぜられる感覚はある。ただ、大切な人たちを思い浮かべるとその感覚も少し変わる。
なんだろうな、これ。下り坂を一気に駆け降りる感覚かな。足を自分で動かしてるんじゃなくて、地面に流されるような。ぞわっとするな。
カインもまた言い知れぬ快感のような恐怖のような感覚にぶるりと震えた。
緑の魔字の中をカインは駆け抜けた。風切り音のような魔響音が気持ちいい。
歌え! 歌え! 歌え!
カインは最後の魔字を打ち込み終えるとふーっと息をついた。
「ご、ごめん。おまたせ」
振り返ると、シアが目尻を押さえながら微笑み、グレンがキラキラとした目でこちらを見ていた。その奥でギルドのベテラン受付嬢が誰かを抱きかかえ呼びかけている。
カインは自分が相当夢中になっていたことに気づき顔を真っ赤にする。
朝早くでよかった。
もう少しすればやる気にみちあふれた若手冒険者達がやってくるだろう。
その前に終わらせられたことに安堵し、シアに腕輪を渡す。
「最後に動作確認もしたから大丈夫、だと思う」
「はい、きっと大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「カインさん、俺にもいつか……」
「ああ、カインさん」
グレンが興奮した様子で何か話しかけようとするのをシアが制して話しかける。
「あの、その鍵盤ってココル、さんのですよね?」
シアとグレンにはココルについて詳しく話をした。
自分以外に彼女が遺物であることを知っている人がいたほうがいいだろうと判断してだ。
「あ、ああ、うん。で、でも、これはもうココルの部分が完全に抜かれたただの魔導具だよ。ココルがあの姿になった時全部ココルの部分は抜いちゃったらしい」
「そう、ですか。分かりました。あの、ありがとうございました。じゃあ、行きましょうか」
シアは微笑み、ちょっと足取り弾ませながらギルドの出口に向かった。
カインはその姿を見つめながら背中に冷たいものが流れるのを感じた。
『と、あの女にそういうことを聞かれたら言ってください。』
ココルに事前に言われたことをカインは繰り返しただけだった。
そして、何度も復唱させられスラスラと言えるようになったら、その後に
『確かに、この鍵盤は私の核となる方の魔石を抜きましたが、元々は私が居たのです。私のカイン様と過ごした思い出はここに残してあります。これはもういわば私の分身です。私だと思って可愛がってあげてください』
と言われ、ココルには分身がいっぱいあるんだなあとカインは思いながらその言葉を飲み込んでいた。
同じ男同士というのもあり、なんとなく察したのかグレンは相変わらず溜息をついて、
「カインさん、大変だな……いつか、二人で酒でも飲もうぜ」
と、ぽんと肩を叩き、ギルドの出口に向かっていくのであった。
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