第31話 1.4.7 ミスコン④

「この後、10分間ほど休憩時間とします。各自お手洗いなど済ませてください。次のシチュエーションのお題は『 妹』です。美少女である候補者たちが演じる妹……。非常に楽しみですね! ︎︎観客の皆さんも期待度120%で待機していてくださいね」


「ちょっと俺、トイレ行ってきますね」


 これは嘘だった。ミスコンの『 猫耳』シチュを終えた結衣ちゃんの様子を見にいこうと思ったのだ。そして俺は結衣ちゃんたち候補者のいる控え室に向かった。


「結衣ちゃん、お疲れ様」


「あっ、光真君。光真君もお疲れ様」


 俺に気づいた結衣ちゃんはたちまち青空のような朗らかな笑顔になる。


「結衣ちゃん……あの……その……『 猫耳』シチュ、可愛かった」


 ダメだ。事前に結衣ちゃんに伝えたい言葉はいくつもあったのに本人を前にすると可愛かったという言葉しか出てこなかった。


「ありがとう、光真君。でも私が緊張して最初言葉が出なかったのはさすがに分かったよね?」


「うん。結衣ちゃん大丈夫かなってめっちゃ心配した。特別審査員じゃなかったら結衣ちゃんのところに駆けつけて大丈夫だよって抱きしめたかった」


「ふふ、ありがとう、光真君。……私、あのときステージでどんなセリフを言うか事前に決めてたんだ。……でも」


「でも?」


「でも大勢の観客を目の前にしたら頭が真っ白になったんだ……。何か言わなきゃ、何か言わなきゃって焦ってたんだけど頭が真っ白のままで言葉が出なかったんだ」


 俺は結衣ちゃんをギューと抱きしめる。


「結衣ちゃん、頑張った、頑張ったね」


「ありがとう、光真君。でも一言言えたのは光真君のおかげなんだよ」


「俺のおかげ?」


「光真君の『 大丈夫、大丈夫だよ。結衣ちゃんならきっと上手くいく。だって俺も結衣ちゃんのことがこんなにも好きだから。好きパワーをいっぱい送るね』って言葉を思い出して一言にゃあって言う勇気が出たんだ」


「俺の言葉が結衣ちゃんの力になったのならこんなに嬉しいことはないよ!! ︎︎……好きだよ、結衣ちゃん」


「えへへ、私も大好き」


「あー、あー、二人とも。私たちもいることを忘れないでね」


「そうですよ、お兄ちゃん。妹の前でイチャつかないでください」


 いつの間にか優奈とシルヴィアが近くに来ていた。


「ね、ね、コウ君、私の『 猫耳』シチュ良かったでしょ!! ︎︎最後にコウ君を指さしてウインク、ドキッとしたでしょ!!」


「俺のこと指さしてるのバレないかヒヤヒヤしたわ」


「えへへー。最後のウインクでのアイコンタクト分かった?」


「アイコンタクト? ︎︎何だそれ?」


「もー、コウ君は鈍ちんだなあ」


 そう言って優奈は俺の耳元でこう囁いた。


「大好きだよコウ君って言ったんだよ」


 知ってた。俺は優奈がステージでこうアイコンタクトしたのは分かってた。でもそれを正直に話さなかったのはこんなことを言ったら優奈が得意気になって


「私たち以心伝心だね、嬉しい……!! ︎︎私が一番目の彼女に昇格かな!!」


と言うのが分かってたからだ。初恋の彼女、結衣ちゃんの前でそんな展開は避けたかったのだ。やべぇ、俺って策士じゃね?


「ふっふっふ、コウ君、今、ドキッとしたでしょ?」


「え? ︎︎いや、俺は別に」


「分かってる、分かってるよ、コウ君、みなまで言わなくても」


「いや、だから俺は」


「いくら鈍感なコウ君でも耳元で大好きって囁かれたらドキッとするよね!! ︎︎ふっふっふ、コウ君が私のこと大好きなの百も承知だから安心してね!!」


「いやいやいや」


 優奈の奴、いきなり何を言い出すんだ!? ︎︎初恋の彼女である結衣ちゃんがいる前で!?


「普通に大好きって伝えるんじゃなく、あえて耳元で囁く。これでドキッとしない男の子はいないよね!! ︎︎私って策士だなー。コウ君は私のこと日本で一番、世界で一番、宇宙で一番好きなのは分かりきったことだけどね!!」


「優奈さん、あんまり調子に乗らない」


 そう言ってシルヴィアが優奈にチョップする。


「い、痛いよ〜、シルヴィアちゃん」


「優奈さんはあくまで、あくまで二番目の彼女ですから。の」


「ぐっ、二番目強調すんなし」


「優奈さんのお兄ちゃんに対する独占欲は私のハーレム化計画に支障をきたします」


「わ、私は今でもコウ君の一番の彼女になりたいよ……。だからそのハーレム化計画には賛成できないよ……」


「ハーレム化計画は今の私たちにとって最善の方法です。そうですよね、お兄ちゃん?」


 おい、とんでもないところで俺に振ってきたな。


「いや、俺は前々からそのハーレム化計画には反対だからな。結衣ちゃんと付き合っているのにそんな不誠実なことできねーよ」


「これはお兄ちゃんが好きな私たちの最善な方法なんです。だってお兄ちゃんは従兄妹の花恋さんが許嫁になることが決まってるじゃないですか。そうしたら私たち三人はどうなるんですか? ︎︎私たち三人は黙って負けヒロインになることを認めろって言いたいんですか? ︎︎私たちがお兄ちゃんを共有するハーレムを作る、これが私の考えた最善な方法なんです」


「……」


 俺は結衣ちゃん、優奈、シルヴィアが俺が好き、いや、大好きなのは重々承知していた。でも実家に帰省したとき花恋の許嫁になることが決定してしまった。俺は花恋が俺に好意を抱いてることは分かってた。花恋だけじゃない。後輩の翼、彼女の妹の芽衣ちゃんまで俺に好意を抱いていた。俺は本当に罪深い人間であることを自覚している。こんな美少女たちから好意を向けられて嬉しくないかと問われれば嘘になる。嬉しい、めっちゃ嬉しい。……けど。けど俺はそれ以上に初恋の彼女結衣ちゃんが好きなのだ。どうしようもないくらい好きなのだ。俺は本当に悪いと思ってるんだ。


「……シリアスな話はここまでです。お兄ちゃん、猫語によるコミュニケーションはどうでしたか?」


「ああ、驚いたよ、本当に」


「シルヴィアちゃん、あれどうやってやったの?」


「……実は私、動物の言葉が少し分かるんです」


「ええええ!?」


「えっ、ガチで?」


「えっ、すごいすごい!!」


「分かると言っても動物の雰囲気から察してこういう気持ちなんだろうなと分かる程度ですが……」


「それでも十分に凄いよ、シルヴィアちゃん!!」


 ☆


 それから俺たちがシルヴィアの動物の言葉が分かるという特技についての話で盛り上がってたときだった。


「あー、君たちちょっといいかな?」


 エントリーナンバー1番、昨年のミスT大の高橋さんが話しかけてきたのだ。


「はい?」


「君たち、ちょっぴり、ちょーっぴり声のボリュームが大きいかな。もう少し下げてくれたら嬉しいかな。ミスコンを目の前に集中したい子もいるだろうしさ」


「す、すみません」


「ごめんね!! ︎︎私もこういう注意は本当はしたくないんだ。でも私は昨年のミスT大で代表みたいなところあるしさ。……お詫びにおしゃぶり昆布食べる?」


 いや、どういう流れだよ。なんでおしゃぶり昆布常備してるんだよ。


「は、はあ、いただきます」


 そう言って俺たちはおしゃぶり昆布を食べた。何だ……このおしゃぶり昆布、ウマいな!!


「コウ君、コウ君、このおしゃぶり昆布!!」


「ああ、ああ!!」


「すごく、すごくおいしいです」


「それは良かったよ。私の出身の富山県の店で買った一級品なんだ」


「あー、富山県って昆布の消費量日本一ですもんねー」


「そうなんだよ!! ︎︎よく知ってるね!!」


「実家が金沢なんで話は聞いてます」


「何っ!? ︎︎石川県は富山県のライバルじゃないか!!……ちなみに北陸の首都は?」


「えっ、金沢ですよね」


「かーっ、何を言いよる、この若者は!! ︎︎北陸の首都は富山や!!」


「えっ、でも人口は金沢の方が多いですよ」


「北陸電力の本社は富山やし、北陸銀行の本店は富山や!! ︎︎それに世界一美しいスタバも富山にある!!」


 高橋さんがドヤ顔でそう言い切る。


「……なんてね。なんてね冗談だよ。さすがに金沢が北陸の中心都市であることは分かってるから」


 高橋さんはクールな見た目と裏腹におちゃめな冗談を言う人だということが分かった。







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