切り崩し

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カマラさんの知能バトル回です

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「一体何をしている!これは何事か」


「これは、アポニアとドーキン様……」


 木剣を取った漢はそれを背後に隠し、さっきまでシリウスさんとその相手をはやし立てていた者たちも、すっかり酔いがさめたようにして立ち上がりました。


「いえ、この者にその、稽古をですね?」


「騒ぎを起こすなと言ったはずだな」


「えぇ、それはそうですが……」


 その視線はドーキンではなく、黒衣の女性に注がれています。

 なるほど、彼女がここを取り仕切っているようですね。


 甲冑を着込んだオークの青年が間違いなくドーキンさん。


 そして、黒衣に上品な黒鉄の装飾を身に着けている彼女がアポニアでしょう。

 彼女の瞳はこの陽光の中にあっても寒気を感じるものでした。


 彼女の身に着けている、黒鉄の板をつなげたベルトには見覚えのない紋章が刻まれています。あれはシリカ王国のものでも、ましてや帝国になった今のシリカのものでもありません。彼女は一体何者でしょうか……?


 しかし本人が出てきたのは好都合です。

 私は前に歩み出て、シリウスさんと並び立ちました。 


「白魔女のカマラと申します。お見知りおきを」


「あっ……まあこうなっちゃいいか、捨て犬のシリウスだ。よろしく」


「シリウスってあの?」

「強盗騎士じゃん、強ェ訳だよ」


 傭兵たちの声に、捨て犬さんは顔をしかめました。


「せめて盗賊騎士ってよんでくれ。それに強盗じゃなくて、決闘フェーデだ。そこは間違えんなよ」


 手をひらひらとふって傭兵たちに釈明するシリウスさんですが、どうもピンと来てない様子です。まあ、私も正直ピンと来てはいませんが……。


「それで、その捨て犬と灰魔女が何をしに来た?」


 冷たく言い放ったアポニアに、私は目的だけを伝えます。


「単刀直入に言います。ドーキンさん、ドボールさんの元に帰りましょう」


「ッ……それはできない!」


「さてはあんたら、親父から依頼でも受けてきたのか?」

「それなら俺とドボールの間で、何があったかは知っているだろう」



「なら……」


「ええ、ただ帰れと言うつもりはありません。ドーキンさんに私たちの調査の結果を色々お伝えしたいのですが、よろしいでしょうか」


「……捨て犬が飼い主を見つけたようだが、食い残しの肉でももらったか?」


  口端を上げて、嘲りの色が混ざった声でアポニアは言った。


「ああ。連れ戻したら通行証とかいう、紙切れ一枚をくれるってさ」

「ずいぶんこの辺りが物騒になってるっていう話でね、それがないと俺は家にも帰れないんだ」


「そういうわけです」

「そもそもの問題、ドーキンさんの花嫁はどこに消えたのでしょう?」


「追い払え」


「ハッ」

「待て!」


 動き出そうとした傭兵を止めたのは、ドーキンだった。

 彼の目には動揺の色がある


「彼女が今どこにいるのか、知っているのか?」


「えぇ、彼女はベッドの上でドボールさんに抱かれ、おそらくそのまま消えたことでしょう『残骸』がありましたので。」


「何をバカな……?!」


「ドーキンさんに近づいたのは、サキュバスと言う妖魔です。そしてそれはドボールさんを誘惑しました。これはあなた達親子の関係を裂くのが目的だったのでしょう」


「今の状況、その結果を見れば明らかですからね」


「待て、では彼女は……そもそも存在しなかったのか?」


「その通りです。恐らく花嫁は魔術で作り出された存在です」


「面白い話だ……その証拠はあるのか?」


 私に鋭い視線を飛ばすアポニア。おそらくわかってて言っているのだろう。

 現場に証拠などないと。


「正直な話、現場に残されていた屍蝋くらいですね。見事なものです」


「ふん。妄言だな。彼女は身を隠しているかしているのだろう。ドボールが生きている今、彼女はその身の安全のために身を隠しているほうが妥当な考えと思うが?」


 なるほど、そう来たか。

 アポニアが魔女ならば、彼女ならまた同じようなものを生み出せる。

 

 さて、どうしたものでしょうかね……?


「存在しない物を探しても見つかるはずはないでしょうし、消えたものを証明するのがそもそも無理ですからね」


 思うに現状はかなりこちらの主張が不利だな。

 私は考えてみる。ふむ。


 単純にドーキンを戻したとして、アポニアがサキュバスを作り、再度けしかけることができるし、そうする可能性が高い。


 となると彼を単純に連れ戻しても意味はない。繰り返しになってしまう。


 であるなら、ドーキンから切り崩すしかない。


 私たちの目的はドーキンを連れ戻すこと。


 そして彼はドボールを信じられない。

 それが転じて、ドボールの雇った私たちを信じられないというわけだ。


 なのでまずはドボールと私たちを切り離すことにする。


「まず念を押すように言っておきたいのですが、私たちは特にドボールさんの味方でもありません。現場にはちゃんと花嫁の残骸と彼の体液が残っていたわけですし」


「依頼の為に色々と話しをした感じでも、まぁこれはドーキンさんも出て行ったのがわかるなぁと言った具合です」


「ハッ、ならば彼をそっとしておいたらどうだ?」

「お前たちに関係のある事ではあるまい?」


「それがですね、メイビルに向かうには通行証が必要で、それには名主のドボールさんが、通行証に印章を押さないといけないんですよね」


「状況を人質にされてしまっているので、関係ないわけでもありません。ドーキンさんと同じく、私もドボールさんの事は特に好きではありません。」


「ふん、減らず口を叩く」


「……」


 ドーキンの顔は先ほどより警戒の色が薄れている。

 どうやら同じような意見を持っているものとして安心してくれたようだ。


 これなら私の話が耳に入ることだろう。


「それに、ここにドーキンさんがいることでメイビルとシリカ帝国の間で緊張が生み出している以上、無関係ではありませんね」


「きんちょう?なんの緊張だ?」


 おや、ドーキンさんはよくわかっていない様子ですね。

 まあ肉体的には成人でも、実際の年齢が8歳なら致し方ありませんか。


 8歳にしてはそれでも聡明ですが、政治的な話は難しいですよね……。

 ではかみ砕いていきますか


 信頼のおけない彼の親とは別問題として、リバーミルとシリカの現状をドーキンの頭で考えてもらわないと、この事件は解決しない。


 彼がその身一つで引き起こせる問題は、彼自身よりも、もっと大きいことを自覚してもらわないといけないのだ。


 私は首飾りから起きたアルプの問題、そしてドーキンさんがそれにどう関係して、あの寝室で何が起きていたかをつまびらかに語った。


 そしてそれを語る私を見るアポニアと傭兵の視線には、次第に殺意が満ちてきた。

 これはどうやら当たりですかね?


 しかしアポニアがこれを為したという証拠は何一つない。

 私達に彼女の身の回りを調べる権限もない。


 なので私達にはドーキンに語り掛けるしか方法が無いのだ。

 いま真実を信じて行動できるのは彼だけだ。


 ドーキンはひどく悩んでいる様子だった。

 そして彼は自身の考えを振り切るようにして、ある提案をする。


「わかった、決闘だ、それで真実を決めよう」

「捨て犬のシリウスといったか、その騎士に決闘を挑む!」

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