第5話 現実は厳しいものです

部屋に戻ると、マリンがやって来た。


「だから申し上げたでしょう。これに懲りて、二度と殿下と婚約破棄したいなんて言わないで下さい。いいですね」


「もう、マリンまで怒らなくてもいいじゃない。でも、どうしてブライン様はわざわざお父様とお兄様を呼んで抗議したのかしら?」


「それはもちろん、お嬢様と婚約破棄をしたくなかったからでしょう?」


「いいえ、違うわ。きっと自分から婚約者に名乗りを上げ、ブライン様を縛り付けたのに、また私の我が儘で婚約破棄を言い出した事が気に入らなかったのよ。それにブライン様は、絶対に私と婚約破棄をしたがっているはず」


「ハァ~、お嬢様、そんな事を言っていると、いつまでたっても外に出してもらえませんよ」


頭を抱えながらため息を付くマリン。


「大丈夫よ。私、要領だけはいいでしょう?だから、しっかり反省したふりをするわ」


「お嬢様は全く…」


「ねえ、それより婚約破棄ってどうすれば出来ると思う?お父様は我が公爵家が没落するぐらいしか、婚約破棄は出来ないって言っていたけれど…」


「その言葉通りではないのですか?それくらい王太子殿下との婚約は、重い意味があるのです。それかお嬢様がすべてを捨てて、他国に逃げるとか」


「そんな事をしたら、お父様やお母様、お兄様やお義姉様が悲しむわ。それに、もしかしたら私を止められなかったとして、マリンが処罰されるかもしれないし」


「そうですね、私はお嬢様を止められなかった罰として拷問を受けた後、処刑されるかもしれませんね」


「ちょっと、そんな恐ろしい事、さらりと言わないで頂戴。あぁ、マリン。大丈夫よ、私が必ずあなたを守るから。ごめんなさい、私のせいでそんな悲しい未来は絶対に作らないから」


シクシク泣きながら、マリンを抱きしめた。


「お嬢様、冗談です。でもこれで分かったでしょう?心のお優しいお嬢様には、逆立ちしても婚約破棄が出来ないという事を。分かったらもう諦めて下さい。そしてこの3日、しっかり反省してください。それから、自分の行いに責任を持って下さい。いいですね」


「分かったわよ。とにかくマリンは、私が必ず守るから。誰にも傷つけさせたりしないからね」


ギューッとマリンを抱きしめた。


「お嬢様、さっき言った事、まだ悲しんでいるのですか?全くお嬢様は…でも、そういうところ、私は大好きです。さあ、早く夕食を召し上がってゆっくり休んでください」


「ええ、そうするわ。お父様ったら今日を入れてくれたから、実質2日間だものね。そういえば、もうすぐ貴族学院も始まるし、さっさと反省したふりをするわね」


「お嬢様!!しっかり反省してくださいませ」


すかさずマリンが怒る。

その後夕食を食べ、湯あみをしてベッドに横になった。


それにしても、婚約破棄ってうまく行かないものね。やっぱり私には無理なのかしら?そんな事を考えながら、眠りについたのであった。



翌日、憎らしいほどの快晴だ。こんな日は中庭でお茶をしたい。でも生憎私は、部屋の外から出る事を禁止されている。


そっとドアを開けたのだが


「お嬢様、部屋の外に出てはいけません!すぐに部屋に戻ってください」


と、護衛騎士に怒られてしまった。お父様ったら、私の部屋の前に、3人も護衛騎士を付けるだなんて。本当にもう!


せっかくだから、本でも読もうと思ったのだが…なんと王宮から、以前私の王妃教育を担当してくれた教育係がやって来たのだ。


彼女は本当に優しくて褒め上手で、大好きだった人だ。嬉しくてつい頬が緩んだのも束の間…


「いいですか、オニキス様。あなた様は王妃になられるお方です。あなた様は非常に優秀で、人の痛みもわかる人間です。あなた様の様な人間こそ、王妃様にふさわしいのです。それなのに、何をどうしたら殿下と婚約破棄をしようとなったのですか?いいですか?貴族というのは、自分の感情だけで動いてはいけません。あなた様1人の行動で、家がつぶれる事もあるのですよ。賢いあなた様ならわかるはずです。それなのに、この期に及んで婚約破棄だなんて…」


いつも優しい教育係の先生が、今日は目を吊り上げて私にお説教をしている。このお話、いつまで続くのかしら?


「聞いていらっしゃるのですか?」


「はい、聞いておりますわ」


どうやら他の事を考えていた事がバレてしまった様で、先生に怒られてしまった。さらに午後からも、先生のお説教は続く。結局今日は、何も行わないままただ先生のお説教を聞くだけで終わった。


「オニキス様、明日も参りますから。明日はあなた様の何がいけなかったのか、きっちりお話しましょう」


そう言い残して帰って行った先生。


さすがに今日は疲れた。王妃教育でもこんなに疲れた事はなかったのに…ぐったりベッドに横になる。


「お嬢様、何ですかそのだらしない格好は。しゃきっとしてください!」


すかさずマリンが怒っている。急いで起き上がり、ソファーに腰を下ろした。


「ねえ、マリン。先生ったらどうしちゃったのかしら?あんなにお優しかったのに。今日はまるで、鬼の様だったわ」


「それだけお嬢様が間違った事をなされたのです。これに懲りて、二度と婚約破棄をしたいなどと口にしない事ですわね」


そうマリンに言われてしまった。


翌日も先生のお説教が続いた。そして、もう二度と婚約破棄なんて事を口にしないと言う契約書と、自分の浅はかな行動を反省する文章をかかされ、やっと解放された。


この2日間、本当に大変だった。それにしても、現実は厳しいものだ。さすがの私も懲りたので、もう二度とブライン様に婚約破棄をしたいなんて言わないと心に誓ったのである。

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