第七章 フルートリオンへの帰り道

79. フルートリオンへ向けて出発

 準備期間の二週間はあっという間に過ぎ去り、いよいよフルートリオンへ帰る日がやってきた。

 フルートリオンについてくるのはアストリート様とローレンさん、それからアストリート様の侍女のニケさんと女性騎士のヘレネさんの四人。


 公爵様からは医療用の各種器材を三人分もらっている。

 なにか治療で使うことがあればこれを使うようにということだ。


 それから、移動用に幌馬車と馬二頭ももらった。

 これもまた移動用に使ってほしいと渡されたものだ。

 今後、アストリート様を連れて村々を回ることもあるそうなので、その時に使うらしい。

 それ以外のときは私の家にある空きスペースにしまっておこう。

 馬については、牧場で預かってもらうことにする。

 私の家に馬をつないでおくためのスペースなんてないもんね。

 作るだけのスペースもないし、こればかりはどうにも。


「さて、帰りの準備はこれで全部か?」


 帰りも一緒に来てくれるアーテルさんが荷物の確認をしてくれている。

 私も一通りの確認を終えたし、頷き返しながらこう告げた。


「そうですね。私の着替えなどは全部バッグの中ですし、アストリート様たちの着替えなどの持ち物もすべて馬車に積み終わりました。水や食料も積みましたし、あとはアストリート様たちを待つだけです」


「わかった。しかし、アストリートが医者ねぇ。大丈夫なのか?」


「さあ? 本人が努力すればなれると周りは判断したみたいですし、私たちがとやかく言う問題でもないですよ」


「それもそうか。それで、帰りは急ぎじゃなくていいんだよな?」


「はい。いまから帰ると二カ月近くフルートリオンを空けていることになりますが、急いで帰って馬車を傷めてもどうにもなりませんよね? これって公爵様が特注した馬車だそうですし」


 そうなんだ。

 この幌馬車だけど、普通の幌馬車とはいろいろと作りが異なっている。

 振動を直に車体へ通さないよう工夫がされているほか、幌馬車の入り口の下や幌の裏にはボウガンが隠されていたり、車軸が合板でできていて非常に丈夫だったり、車輪も普通の馬車に比べて非常に頑丈だったりといろいろギミック満載。

 おかげで街の木工所などでは修理ができないらしく、公爵様はあとからこの馬車の修理のための人員もフルートリオンへ送ってくれるらしい。

 フルートリオンの街へはユーシュリア医師ギルドの工事のために建築師たちも大勢来るらしいし、工事のためにたくさんの人手を集めるとも言っていた。

 街がちょっと賑やかになりそうかな?


「それにしても、アストリートたちは遅いな。なにをしているんだ?」


「まあまあ。家族ともしばらく会えなくなるんですし、急かさないであげましょうよ」


「そうは言ってもな。今回の旅はオケストリアムに来るときと違って護衛が豊富というわけでもない。夜休むのだって宿場町などに泊まれなければ、交代で見張りを立てる必要がある。できるだけ日が高いうちに出発して安全な場所を確保し休みたいというのが本音だ」


 ああ、なるほど。

 行きの旅はたくさんの兵士さんが交代で見張りを務めてくれたから、どんな場所でも私たちは落ち着いて休めていた。

 でも、帰りの旅は兵士さんたちがいないものね。

 見張りも自分たちでしないといけないのか。

 ちょっとワクワクしてきたかも。


「ん? どうしたんだ、そんな顔をして」


「いえ。夜の見張りとかワクワクするなって」


「夜の見張りをすることになってもお前は眠ってろ。子供の手まで借りないぞ」


「あー! また子供扱いして!」


「子供だから仕方がないだろう。そういう意味でも、今回の旅はもう少し護衛がほしい旅なんだが……」


 そっか、結構長い旅だから護衛がふたりだけだと疲れちゃうんだ。

 長旅って考えることがたくさんあって大変。


「おっと、ようやくアストリートたちが来たようだ」


「あ、本当ですね」


 お屋敷の中からアストリート様たちが出てきた。

 全員旅装ということで厚手の服装に身を包んでいる。

 アストリート様は着慣れない服装に居心地が悪そう。


「お待たせいたしました。着慣れない服装で戸惑ってしまい」


「いえ、気にしないでください」


「とは言っても、あまり遅くなられても困るぞ。これから先は危険な馬車の旅だからな」


「はい。わかっております。よろしくお願いいたします、アーテルお兄様」


「ああ。それと、俺がユーシュリア公爵家の人間であることは広く知れ渡っている。外ではお兄様と呼ぶのはやめろ」


「そうでしたね。私はユーシュリア公爵家の人間ではないのでした。これからはアーテル様と呼ばせていただきます」


「そうしてくれ。ほかの連中もそれでいいか?」


 アーテルさんは旅を一緒にする仲間であるほかの女性たちに声をかけた。

 まず最初に反応したのはローレンさんだね。


「はい。問題ありません」


 ローレンさんは魔法も扱えるらしく、マジックスタッフを持って来ていた。

 厚手の革のローブも身にまとい、いざというときは戦える服装である。


「ええと、大丈夫です!」


 二人目は侍女のニケさん。

 こちらは厚手の服装にところどころを革の防具で固めているだけ。

 短剣も持っているけどあまり戦う自信はないんだって。


「よろしくお願いします、アーテル殿」


 最後は女性騎士のヘレネさん。

 体全身を厚手の革を使ったレザーアーマーに身を包んでいる。

 見た目はしなやかなんだけど、背負っている武器はかなり大型のメイスだから膂力もあるんだろうな。


「よし。これで全員揃ったな」


「あの、アーテル様、少々お待ちを」


「なんだ、アストリート」


「お父様が商人に扮して私たちの護衛依頼を出してくださっていました。なので、その護衛たちも連れて行きたいのですがよろしいでしょうか?」


「父さんが護衛依頼か。その護衛は……父さんの部下が面通ししているだろうし、信頼できるだろうな」


「はい。女性四人とうかがっています。早速冒険者ギルドオケストリアム本部へ参りましょう」


 女性四人と聞いてアーテルさんは「アストリートの身を考えれば女性だけがいいだろうが男は俺ひとりかよ」とつぶやいていた。

 ともかく、オケストリアムの街にある冒険者ギルドで護衛の女性四人を追加した私たちはフルートリオン目指して出発するのだった。

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